(欲しいよ)
対峙する奇妙なほど似通った顔の持ち主――既にこの世のものではない双子の兄は、ひっそりと笑った。自嘲、と言ってもいいほどに薄い笑みだ。凡そ、弟である自分以外の誰も見たことがないもの。
(だって、ナル。麻衣は僕、…いいや、僕らにとって奇跡みたいな存在なんだもの)
世界には二人だけだと思った。お互いにお互いしかいらないと思っていた。他の誰がいても、誰もいなくても、ただ自分達だけが居さえすれば世界は成り立っていた。わざわざ言葉にしなくてもそれは暗黙の了解のようなもので、表面上は素っ気なくとも他の誰かに愛想が良くとも、根っこの方は共有し、依存し合っていた。
確かに身寄りのない双子を引き取ってくれた義理の両親には感謝をしている。押しの強い笑みを絶やさない上司や寡黙で能力の高い部下も、ある程度の領域までは入ってくることを黙認していた。
けれど、奥底まで潜り込むことを許されるのはお互いのみだった。その権利とも言える承諾は当然のことで、自分達だけが全てだと思っていた。
死という別れを持って、一番深くにある領域に入り込める唯一の存在は存在し得ない者となった。
ナルはそれでいいと思った。双子のジーンですら入り込んでくるのを煩わしく感じることもあったのだ。他人にそれを許すつもりも入り込む隙を与えるつもりもなかった。

(麻衣は、本当に不思議だね。気が付いたらこんなに深くまで近付いて来ちゃってるんだもの)
ね? 同意を求めるように傾げられる小首は返答を期待していない上に、まさか否定されるなど思っていない確信的な色合いを含んだ瞳でナルを見ていた。
否定も疑問も、更に肯定の言葉すらも挟ませない空気に――しかしジーンはあくまでも肯定だと思っている――ナルは不愉快そうに眉を引き寄せた。
その様子にジーンは一向に構う気配を見せず、言葉を続けた。
(良くも悪くも、お互いしか必要じゃなかった僕らにとって、麻衣という存在は希有なんだよ。勿論、分かるよね)
(…奴みたいなのは、一人いれば十分だ)
くすり、と喉の奥で笑い声が鳴った。薄い笑みを引っ剥がした、彼がいなくなる前によく見ていた悪戯好きの顔だ。
(ナルってば、相変わらず素直じゃないね。麻衣に愛想つかれちゃうよ?)
(別に、勝手にすればいい)

(駄目だよ)

売り言葉に買い言葉の延長線で終わるはずだったそれは、突如として硬くなったジーンの声によって初めて重い意味を持った。
(駄目だよ、ナル) 丁寧に言い聞かせるように繰り返すジーンに、自分の中に苛つきが募っていくように思えた。
(ナル、君だって分かっているだろう? これから先、麻衣さえも失ったら君にはもう心を許せる人が現れない)
(…)
(ナル、よく聞くんだ。僕はもう死んでしまった存在だよ。こうして、話していることはとてもじゃないけど、良いとは言えない。生きてる君には、生きてる人間が一番良いんだ。それは分かるだろう?)
否定のしようがなかった。死人と繋がりを持ち会話をするというのは異常だ。そうでなくとも、霊というのは不安定で生前の形を留めておけない場合が多い。感情に固着し、負のものへと豹変する霊というのは少なくない。

(本当はね、羨ましいんだよ)
ぽつりと落とすように零したジーンの言葉に、ナルはさっと思考を打ち消してジーンを見た。
無表情で黙っていれば、ジーンかナルか見分けが付かないとよく言われた。ジーンの最たる特徴である天使の笑顔は、今は欠片ほどもない。
軽く俯き、長い睫毛が白い肌に影を作る。早々お目に掛かれない、陽気なジーンの憂いの表情だった。
初めて、かなぁ…。そう呟くジーンの声を今すぐにでもシャットダウンしてしまいたかった。
(可笑しいよね、勿論分かってるんだけど。死んでから初めて恋をするなんてさ。でも、しょうがないよね。会ってしまったんだから。僕は、僕らは会ってしまったんだよ、…奇跡みたいな、麻衣に)
この世に存在しているナルは成長を遂げ、青年となった。対して、ジーンはこの世との実質的な関わりを断ってから一寸の違いなく姿を少年のままで留め、永久に少年だ。一卵性双生児である二人を見分けることは難しいとされていたが、ジーンとナルの違いははっきりと見分けられるくらいに広がった。最早、見間違うことはないだろう。

(麻衣は可愛いよね)
同じテノールであった筈なのに、いつの間にか青年となったナルと少年のままのジーンの間には差ができていることに気が付いた。
ジーンはことさらゆっくり、微笑んだ。何度となく見た笑みのはずなのに、初めて見るような心地がするのはきっと、視線の向かう先が麻衣だからだ。死んだ兄と生きている麻衣の逢瀬など、ナルは知らない。
(…羨ましいよ、ナル。――僕は、麻衣が)



ぶつり、と映像が消えた。鏡のようにそっくりだった兄弟はもうそこにいない。


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