どう足掻いても胸のわだかまりが取れることがなかった。
あの保健室での件があってからあの男に会う事は無かった。
名前もクラスもわからない、そんな男に夢を見ていた。
彼奴は、俺を変だと言わなかった。
固く閉ざされたドアから覗く小さな眩しい光のように思えてしまったのだ。
ずっとドアの中で生きてきた俺にとって珍しいもので、どう接していいかもわからずにされるがままで二人の時間は終わってしまった。
憧れを抱いた、羨望した、でも俺はあいつには成れない。
どう足掻いても、俺は彼奴みたいに素直には成れない。
授業には出ずに屋上に居座ってみる。
雲一つない青い天井が広がっているなんて事は無く、少しの雲が浮いていてその合間を縫うように飛行機雲が空を走って行く。
烏と鳶は今日も今日とて電柱の周りで喧嘩をしていて、我関せず存ぜぬでのんきに地面に嘴を寄せる雀。
肺に入ってきた田舎の空気を溜息として吐き出し、フェンスに凭れかかる。
ふと視線を前にやると、人の足が入り口として建てられているコンクリートの出っ張りの陰からちらりとのぞいた。
途端に湧き上がる好奇心を抑えることなどできずに見える足の方に歩みを進めてみる。
「えっ」
俺のけがの治療をしてくれた先輩がそこに本を抱えた状態で寝ていた。
未だ外は肌寒い春だというのに無防備に寝顔を晒して幸せそうに寝ている。
起こしてはいけないという気持ちと、起こして話がしたいという気持ちが自分の中でせめぎ合う。
「(話すのは別に今じゃなくてもいいだろう)」
寝苦しそうなその体制に学ランをかけてやり膝に頭を乗せるように誘導させる。
そこでまた、一息。
今日はタンクトップじゃなくて長袖でよかったと切実に思った。
起きたら真っ先にお礼と名前を聞いてやろう。
沢山話をしよう。
そんな俺と、睡魔に負けた先輩に呆れたかのように、授業終了のチャイムが学校敷地内に響き渡った。
チャイムの音に驚いた雀が飛んで行った。