What will be,will be


 通された部屋は、広くもなく狭くもなく、汚くもなく綺麗でもないような部屋だった。家具もあるし時計や電気スタンドもある。人が住んでいた形跡はあるが、長らく使われていない印象を受けた。ここの主の部屋にしては生活感がないし、良く見ると薄らと床に誇りが溜まっている。
 客用の部屋だろうか、と考えて、あんな男の元に泊まりで来るような客が訪れるものだろうかと首を捻った。もしかしたら女が来たり──そこまで考えて、男の事を碌に知りもしないくせに下世話過ぎたと気づいてやめた。
 碌に知りもしない。
 なのに此処に来た。あまり賢い選択ではない気もするし、傍迷惑なのは分かっているつもりだった。それでもこうして臆面もなく訪れたのは、逃げと云われればそれまでだ。俺には分からない事も、あの男になら分かるかも知れないと思った。あの男の顔しか浮かばなかった。それは《外》の世界にいる人間を、あの男しか知らなかったせいもあるのだが。
 いや、人間じゃない。
 良く分からないが、あの男は人間では有り得ない。かと云って悪魔でもない。なら何なのだろう。
 その答えが知りたかった。それはつまり、俺自身が何者なのかという答えに繋がる気がしたから。
 兎に角、逃げるようにして訪れた俺を、あの男は結局のところ追い返しもせずに迎え入れてくれた。期限付きとはいえ、こうして部屋まで宛がってくれたのだ。
 男の考えが分からないものの、取り敢えずほっとした。追い返された時の事は考えていなかった。考え抜いた末の行動のつもりだったが、自分で思うよりも追いつめられていたのかも知れない。そういえば酷く疲れている気がする。
 ザックとトランクケースを部屋の隅にあったベッドの足元に置いて、綺麗に伸ばされたシーツの上に腰を降ろした。自然と溜め息が漏れた。
 男は部屋に案内しただけで、特に何も云わなかった。一度下に降りた方が良いのだろうか。世話になる礼をまだ云っていなかった。ベッドに横になると埃っぽい臭いがしたが、気にせず目を閉じた。ここは遠い。俺は逃げて来た。


 一週間が経った。
 不思議な事に、男は──ダンテは三日経っても俺を追い返さなかった。まるで自分の云った事を忘れているかのような、端から俺が居候していたかのような態度で、変わらない日々を送っている。
 俺はと云えば、何か云い出さなくてはと思いつつも、あまりにダンテの態度が平然としているのと、追い出されると忽ち住むところに困ってしまうこともあって、何も云い出せずにいた。
 ダンテというのは不思議な男だった。まるで何もしないのだ。
 昼過ぎにベッドから抜け出し、近所迷惑も顧みずジュークボックスでお気に入りのロックを大音量で聴きながら、事務所のデスクに足を放り上げ、だらしなく踏ん反り返った姿勢で如何わしいグラビアに噛り付く。時折思い出したようにビリアード台でひとり玉突きを楽しむ以外、特に用事はないようだ。その間、俺は掃除をしたり洗濯をしたり、レパートリーの少ない食事を作ったりする。
 どれひとつ「やれ」と云われたわけではないが、兎に角何かすべきかと思ったのだ。
 ダンテは掃除機の音には嫌そうな顔をするものの、作った食事には文句も言わず口を付けた。その代わり旨いと云う言葉もなかったが。
 食事に事欠かないために俺を置いてくれているのかとも思ったが、二日に一度はピザを配達させている男が、手製の料理を有難がっている様子はない。
 男の生活に乱入した立場としては、彼のだらしない生活に難癖を付ける気はなかった。それでも怠惰過ぎる生活が続くと身体がなまって来た事もあってか鬱憤も溜まる。
 七日目の今日、俺はとうとうダンテに尋ねた。
「なあ、アンタ仕事は?」
「うちは週休六日が原則だ」
 開いた口が塞がらなかった。
「何だって?」
 思わず聞き返すと、ダンテはグラビアから目を離さないまま繰り返した。
「うちは、週休、六日だ」
 デビルハンターってそんなに儲かるものなのか?
 それとも親の遺した財産ででも生活していけるほど金に不自由してなくて、デビルハンターは趣味だとでも云うのだろうか。
 椅子に埋もれるように凭れている男を見る。すると視線に気づいたのか、男がちらりと流し目をくれて来た。
「どうした、坊や? 俺は男が見惚れるほどイイ男か?」
 何故だろう。
 この男は酷く疲れる。
 からかわれていると分かるだけに、いちいち反応するのも癪だった。
「ま、そろそろだろ」
 何が?──訊こうとしたところでジリリとけたたましいベルが鳴り響いた。
 一瞬、何の音か分からず、びくりと身体が反応した。笑われるんじゃないかと思ったが、ダンテは気づいた様子もなくデスクの上で組んでいた足を天板に叩き付けた。弾みで電話の受話器が跳ね上がり、上半身を殆ど動かすことなく受話器だけをキャッチする。どんな芸当だ、というか毎回あんな取り方をしていたらデスクが幾つあっても足りない気がする。随分ゴツいデスクだと思っていたが、まさかこの為だけに頑丈な物を選んだわけじゃないだろうな。
「"Devil May Cry"」
 歌うように応えて、受話器の向こうで面白いことでも云ったのか、ニッと唇を歪ませる。
「オーケーだ」
 話を聞くだけで、ダンテは殆ど何も喋らないまま受話器を置いた。立ち上がると壁に掛けてあった長剣を手に取り背負う。玄関近くまで移動したところでようやく「おい」と声を上げた。
「何処行くんだよ?」
「仕事だ」
 返答は随分あっさりしたもんだった。
 ダンテはその仕事をこなした後、宣言通りきっちり六日は仕事をしなかった。


 結局ダンテと俺の生活は始終そんなもんだった。
 俺は少しずつ不安に苛まれた。
 ダンテという男に、特別崇高な人物像を押し付けたいわけではなかったが、こんな男と一緒にいつまでもいると、俺は身も心も腐ってしまうんじゃないだろうか。
 そんなことを半ば真剣に考えていた。それこそ毎日のように。
 そんな気持ちに囚われていたせいか、此処へ飛び込んできた時のような切羽詰まった感情がいつの間にか薄らいでいたことに気づいたのは、もう少し後のことだった。

END
Title by テオ
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