Don't take it for granted that I do everything for you.


「随分と上の空ね」
 トリッシュが出し抜けに云った。
 いや、出し抜けというわけではなかったかも知れない。
 何か云われているのは知っていたが、興味が湧かなかったので適当に相槌を打っていた。
 それが上の空というのなら、確かに俺は上の空だったのだろう。
「何か嫌なことでもあったのかしら」
「……なんでそう思う」
「だって苦虫でも噛み潰したような顔してるわ。かと思えば、遠くを見るような目をするし。なあに、あの坊やにでも告白された?」
「………………」
 こういう時、どういう反応をするのが正しいのだろう。
 馬鹿な、と鼻で笑えばいいのか、それとも、そうなんだよ俺がセクシーなばっかりに、と笑い飛ばせば良いのか。
 結局、無言で考えている間に肯定してしまったようなものなのだが。
 トリッシュは剥き出しの艶やかな肩を窄めると、さも当然のように云った。
「やっぱりね」
「おい、やっぱりって何だ」
「――ヤダ、気付いてなかったとか云うんじゃないでしょうね」
 まるで珍獣を見つけたような目で見られて、尻がむずむずする。
 そうなのか?
 そんなにアカラサマだったのか?
 はっきり云って、俺は全然気が付かなかった。
 色恋沙汰には慣れているし、アプローチを見逃すなんてことは今まで一度もなかった筈だ。
 残念ながら男からのアプローチだって今まで何度となくキャッチしてきたのだ。
 気付いても無視するか、ボディタッチを仕掛けて来ようものなら大人しく黙らせてやって来たが、それでも気付かなかったということはない。
 なのに坊やにセンセーショナルな告白を――あれを告白と云うのかは今は置いといて――されるまで、一切気付きもしなかった。
 それなのにトリッシュは以前から知っていた様子だ。
 まさか坊やのヤツ、トリッシュに相談なんてしてないだろうな。だとしたら恐ろしい。
「ねえ、分からないんだけど」
「……何が」
 机に形の良いヒップを乗せながらトリッシュが身を乗り出す。
 腰を捻って両手を突いているせいで、溢れるようなバストがより一層強調された。
「坊やに告白されたのは良いわ。で、どうしてそんな上の空なの?」
「どうしてって――」
「男が論外なら突き放すだけで良いでしょう」
「…………」
「それとも何、迷ってるの? あの坊やにならセックスも許せるのかしら」
 よくも、ずけずけと。
「……男にケツ掘らせる趣味はねえよ」
「あら、誰も貴方が受け身になるなんて云ってないわ。なに、それとも坊やがそう云ったの? 『掘らせろ』って」
「馬鹿な」
「だって貴方の云い方だと、貴方が坊やを抱くってことはまるで考えてないように聞こえるわ」
「…………」
 云われてみれば、確かにそれは考えていなかった。
 坊やの、あの目のせいだろうか。
 正直、一瞬『抱かれても良いか』とさえ思った気がする。
「ねえ、ダンテ。貴方って案外子供が好きよね」
「……いきなり何だ」
「貴方が何を迷ってるのか知らないけど、それって子供に対する保護者の感情じゃないのかしら。構って欲しがってる子供を放っておけないだけでしょう?」
「……俺は、」
 ――言い返せなかった。
 あの時も、坊やに何も言い返せず、有耶無耶にして誤摩化した。
 そんなのはおかしい。
 俺はヘテロで、大の女好きで、勿論男になんか抱かれてやる気もなければ、どんな美少年を前にしたってベッドを共にしたいなどと考えたことは今まで一度もないのに。
 その場で切り捨てることが出来なかった。
 何故?
 今も胸でざわついているこの感情はなんだ?
 トリッシュの云うようにこれは保護者感情で、子供の要求を満たしたい、けれど満たすわけにはいかないという相反する感情が渦巻いているせいだろうか。
 それともただ、叶わない望みを持った者への同情なんだろうか。
 どちらにしても、切り捨てるには坊やは俺のテリトリーに深く入り過ぎていて、もはや他人事のように適当にあしらうわけには行かなくなっていた。
 坊やがあまりにも真剣なんだと、決して軽い気持ちではないのだと、分かるだけに。
「また難しい顔をして。――答えはもう、出てるんじゃないかしら」
 帰るわ、と短く云い残して、トリッシュはあっけなく立ち去った。
 云いたいだけ云って、俺がそのせいでどんなに悩んだとしても関係ないようだ。
 そりゃあそうだろう。悩む必要すらない筈なのだ。
 トリッシュの云う通り、答えなんてとっくに出ている。
 そうだろう?
「なのに、なんで――」
 こんな、足許が揺れるような思いをしなくちゃならないんだ。
 考えれば考える程ぐちゃぐちゃになる感情が恐ろしくて、買い出しに出た坊やが迷子になって帰って来なければいいのに、と薄情なことを半ば本気で思った。




「面倒くさい男達」
『Devil May Cry』を後にしたトリッシュは、頬に掛かる髪を掻き揚げながら、そう零した。
 揺れる心に惑いながら、答えを探す。
 それも充分“恋”なのだということに、あの意外に鈍感な男が気付くのは何時になることだろう。
 先のことを思うとおかしくて、これから当分の間は度々事務所に足を運ぶことに決めた。

END
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