HAND


「なあ、」
 どことなく遠慮がちに掛けられた声に、顔を上げた。
「どうした、坊や」
 美しい、銀色の髪をした青年が、問い質すような目で俺を見つめている。
「坊やって呼ぶな」――普段ならすぐに返って来るはずの答えもない。
 何かあったのだろうか、と思いつつも、これと云って上手い言葉が出て来なかった。
 どことなく、ぎこちない空気が流れた。
 それに耐えかねたのか、やがて青年が重く口を開く。
「それ、……どうしたんだ?」
 言われて、その視線の先を追うと、自身の左の掌に行き着いた。
 そこでようやく自分がそれに見入っていたのだということに気が付いた。
 掌のほぼ中央を横切るようにある、一筋の線。
 それは、紛れもない証。
「ああ……古い、傷だ――」
 その答えに何を思ったのか、青年は再び口を噤んだ。
 これが何であるのか青年が知る筈もないと知りながら、その視線の強さにすべてが見透かされている気がして落ち着かなかった。
 どんなに傷を負っても忽ち再生してしまうこの肉体が、唯一残したこの傷の意味を、深く考えたことはない。
 しかし、それを見た青年が何を感じ何を思い巡らせているのかを知ることは、少し恐ろしい。
 封じ込めるように握り締めた手を、まだ幼さを残す手が包んだ。
 戒めるように。
「誰にも、渡さないからな」
 妄執じみたその台詞に俺は笑ったが、その実、泣き出してしまいたかったのかも知れない。
 忘れてしまった泣き方を思い出そうとして色々と引き出しを開けてみたが、どうやら奥に仕舞い過ぎたのか、出て来たのはやはり自嘲混じりの笑みだけだった。

END
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