鬼※元親/佐助/政宗の3P
「ひっ、アあ、アッ!!」
仰け反り、布団の上に頭から倒れ込みそうになるのを、両手で腰を支えて引き止めた。呼吸もままならないその姿勢のまま、激しく腰を揺すると、息も絶え絶えの男が声ならぬ声を上げて吐精した。
だが、まだだ。
こんな後味の悪い役目を押し付けた男を、そう簡単に許すつもりはなかった。
数刻後、気を失ったように眠っていた頬を叩くと、ぼんやりとした目が開いて視線を彷徨わせた。
「行ったぜ」
そう云ってやると、訝しげな顔をしていた男は、ようやく得心がいったように、
「ああ、そうか……そうだった……」
と頷いた。
「悪かったな、西海の鬼。助かった……」
「悪いと思ってんなら、俺のもんになれよ」
「ククッ、考えとくよ」
まったくそんなことは考える気もない顔で云う。
こんな男に惚れる男は哀れなもんだ。
俺も、――奴も。
「……本当に良かったのか?」
ゆっくりと上体を起こして、寝間着を羽織る男の背中を見る。
「ああ」
と云う声だけでは何を考えているのか、まるで分からなかった。
ただ余りにも抑揚のない声に、男が何かを失ってしまったのではないかと、怖くなった。本当にこれで良かったのか。
無意識に天井を見た。
先程までうっすらと感じていた気配は、今は微塵も感じられない。
奴は何を考えながら、恋人とその情人の交わりを見ていたのだろうか。
怒りか、侮蔑か、諦めか。
どれでも良い、何か感情めいたものを感じられたなら良かったのだが、奴は思っていた以上に完璧な忍びだった。何も感じさせなかった。
それでいて気配だけはわざと残すのだから、何を考えているのか分からない。
そんな奴を恋人にした男も理解出来ないと思った。俺に面と向かって、抱いてくれと平然と云って退けたことも。
俺が本気で、男に懸想していると知っていて。
「政宗」
「Ah?」
「こっち向けよ」
「Ha! Pillow talkなんざ御免だぜ?」
「――政宗」
腕を引いて力づくで振り向かせると、泣いていると思っていた目は、しかし乾いていた。ただ不自然に真っ直ぐ見据えて来る視線が、何かに縋ろうとしているかのようで、危うかった。それが自分でなくとも、誰でも良いのだと分かっているから、いっそこっちが泣きたくなる。
それを読んだように、男がにやりと笑った。
「泣くなよ、鬼?」
「泣かねえよ」
「どうだか!」
高らかな嘘笑い。
それがどんなに男に似合っていなくても、男にとっては必要なものだった。
嘘で誤摩化して、痛みなど感じないふりをする。
それの代償がどれほどのものか予測は出来ても、やめろと云うことは出来なかった。
抱き寄せて、髪に頬を埋めると、ぴたりと笑いが止んだ。途端に訪れる静寂。
「俺にしろよ」
「……考えとくよ」
「今すぐ決めろ。迷うことじゃねえだろ。お前はアイツを切ったんだ」
「…………Ah、そうだな……」
「今は『とりあえず』とか『気晴らし』とかで構わねえ。すぐに本気にさせてやるからよ」
「……お前は優しいな、アイツとは大違いだ」
――お前を選んだら、きっと俺は幸せなんだろうよ。
――だけど、お前、殺されるぞ。それでも良いのか?
その声と同時に、ひやりとした感触が項に触れた。じくりと痛みが走って、血が流れたのが分かった。男を抱いたまま、微動だに出来なかった。
「やめろ、佐助」
男の静かな声。
それに対する声も静かだった。
「なんで?」
気配を感じなかった。
気を抜いていたからか、やはり奴が完璧な忍びだったからか。
「なんで俺がやめなきゃ駄目なわけ? アンタに勝手に触れてるのに?」
「俺が抱けって云ったからだ」
「知ってるよ。だからアンタが抱かれてる間は黙って見ててあげたじゃない。でも今は違うでしょ。アンタは『抱きしめてくれ』なんて云ってない。そうだよね?」
「――ああ」
「じゃあ、殺すよ」
「駄目だ」
「なんで?」
自分の前後で交わされる会話が、自分の命を握っている。それが分かっても、どうすることも出来なかった。今も苦無は俺の息の根を止めようと、切っ先が頸椎の間を僅かに進みつつある。
「俺にはこいつが必要だからだ」
「なんで?」
「お前から逃げる場所が、俺には必要なんだよ」
「なんで? なんで逃げるの?」
男が笑った。
その肩口に顔を埋めている俺には、表情までは見えなかったが、確かに男は笑った。
「お前を愛しているからだ」
その日初めて、男の、感情の籠った声を聞いたと思った。
男が俺の腕の中で動いた。
背中に、別の体温を感じた。
二つの体温が、俺を挟んで解け合った。
口付けを交わす水音が響く。
俺は黙ってそれを感じていた。
「愛してる、佐助。お前だけだ」
「俺もだよ」
まだ、苦無は突き立てられたままだった。
「ああっ、あ、ぁア、あぁ、だ、め、だッ、も……うっア、アアぁ!!!」
自分が抱いていた時よりも、ずっと悦に入った表情で、淫らに男が喘いでいる。気も狂わんばかりに頭を打ち振り、腰を泳がせ、声を張り上げる。
俺は手で触れることは許されず、ただその痴態を眺め、突き立てた欲望を弄ばれているだけだった。
潤み切った孔は、二つの欲望を迎え入れ、泣いていた。
「や、ぁ……ッ、あっ、さ、すっ、……さすけッ!! 佐助!!!」
「うん、政宗、大好きだよ」
「ああぁ、お、れ、も……好きっ、好き……!!」
俺の上に跨がった男の背後から、忍びが力の丈腰を打ち付ける。身体を支えきれなくなった男が俺の胸に倒れ込む。その上から更に忍びが覆い被さり、腰を揺すった。折り重なった身体に揺さぶられ、俺はもう、犯しているのか犯されているのか分からなくなった。
「ぅん、ん、あッ、だ、出して……中に、出して、くれ……!!」
「うん、良いよ、好きなだけ、あげるッ」
「っひ、ア、あ、あァ、あああああァァァッ!!!!!!!」
腹に男の飛沫を感じ、締め付けを感じ、俺もまた逐情した。男の内部が意志を持ったように蠕動し、少しの残滓も残さないとばかりにうねる。
「……あ、あ、ぁ……っ」
余韻すら苦痛に近い快感なのか、男は眉根を寄せて堪えていた。哀れにすら感じるその表情に、抱きしめたくなったが、それは許されていなかった。
『鬼の旦那、今度この人に勝手に触れたら、本気で殺すよ? だけど、この人がアンタを必要だって云うからさ、この人が飽きるまでは抱かせてあげる。この人の逃げ場所になってあげてよ』
多分、きっと――
俺の、この男に対する恋慕など、死への恐怖に比べればちっぽけなもので、だから一生ふたりの間に付け入ることは出来ないのだろう。だけど諦めるには、一度味わった肉欲は理性を裏切って、共生を望んだ。
一生理解出来ない、『逃げ場所』というものになってみようと思った。
それがどんなに愚かなことだと分かっていても。
最後には、惨めに打ち捨てられると分かっていても。
それくらいには、きっと、俺はこの男のことを愛しているのだ。
「愛してる、佐助」
俺の上で婉然と微笑み、恋人の名を口にしながら、俺に口付ける、恐ろしい男であっても。
END