※「笑」のつづき





 椀を取り、流れるように箸を運ぶ政宗を見た佐助は、政宗がそれを嚥下してようやく、目の前の現実を受け入れた。椀を置いた政宗が、その時どんな顔をしていたのか、幸いにも佐助には分からなかった。
 ごほっと咳込む声が上がったかと思うと、次いで静かな部屋に不似合いなけたたましい音が響いた。
「殿!」
 御膳番が声を上げた。すぐに襖が開き、どたどたと足音がして近習が駆け寄った。
 その間も政宗は咳込み続け、ひっくり返った膳の横に倒れ伏し、屈めた身を引き攣らせていた。
「これは如何がした事かっ、保春院様!」
「知らぬ、わたくしではない!」
 政宗に取り付く者。
 医師を呼びに行く者。
 保春院に詰め寄る者。
 佐助はそれらを、見ているだけだった。
 見ている以外に、出来る事は何もなかった。
 自分は武田の忍びであって、何かをすべきではなかった。
 握りしめた拳が血に濡れても。首謀者であろう女を殺したくても。じっと息を殺して、身を潜めるより他なかった。
「政宗様!」
 ややあって、知らせを受けた片倉小十郎が血相を変えて飛び込んで来た。未だ激しく咳込む政宗を抱き抱える。
「ま、政宗様……っ!」
 政宗は吐血していた。
 口を覆う指の隙間から、鮮血が滴り落ち、畳の色を変えていた。
 ぞっとした。
 元より白い肌が、白さを超えて薄紫に変色している。先程まで咳込んでいたはずが、今は死んだように動かない。
 だらり、と腕が落ちた。
「右目の旦那! これを使って!」
 気付くと佐助は声を上げて、懐に忍ばせていた薬包を投げていた。それでも理性が働いていたのか、姿だけは見せなかった。
 天井から投げ付けられた声に、驚きの視線が集まったが、その正体をすぐに察したのは小十郎だけだった。
 しかし、察したとは云え――察したからこそ――小十郎は躊躇した。
 それが何故なのか佐助には良く分かる。
「今だけで良いから!」
 信じて欲しい。
 言外に感じ取った小十郎は、腹を決めた。迷う暇もなかった。
 既に政宗の意識は昏迷して、息があるかも疑わしかった。
「水を!」
 渡された水と薬包の中身を口に含み、のけ反らせた政宗の口に流し込んで行く。
 佐助は、やはり。
 見ていることしか出来なかった。

「澱」につづく
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