最近の俺の趣味は、人間観察。
 まず観察対象の普段の姿を隈なく見て回って、それからひとりの時に無防備に自分をさらけ出してる姿を見る。忍びだからこそ出来る高尚な趣味、ってね。
 俺の場合は趣味と実益を兼ねてるから、観察対象はまあそれなりに地位のある人間がほとんどで。大概の人間はほんともう目が当てられないくらいに醜い。私利私欲の塊、なんて可愛いもんじゃない。人に云えない性癖を持った奴もいるし、罪のない人間を嬲り殺すのが楽しくてしょうがない奴もいる。そして、そういう奴に限って民草には良い顔しいの領主だったりするから笑っちゃう。
 まあ、それを見て笑っちゃう俺も大概だって自覚はあるけどね。
 だから。
 彼を見た時は、変わった奴だなあ、と思った。


 最初に寝所に忍び込んだ時は、戦のない時期だった。
 戦のある時とない時とで、様子が変わるのは当然で、彼もそんなもんだろうと思った。
 まあ、結果、そんなもんだったんだけど、予想とは違った。
 城内が寝静まった真夜中。
 寝所の屋根裏で、俺は彼を見ていた。
 魘されている彼を。
 寝つきが悪いなあ、とは思っていたが、眠ったと思ったらすぐに呻き始めたので驚いた。体調が悪いのかも知れない。
 それはそれで良い情報だったので、してやったりと思っていた。
 寝言も云っているようだっが、意味を為さないものが殆どで、何に魘されているのかまでは分からなかった。しかも、淫夢を見ているのか、時折酷く艶めいた声を上げる時があって、不覚にもどきりとすることが何度かあった。
 しかし、それが幾晩も続くと、さすがに気味が悪いなと思い始めた。
 呪われているんじゃないだろうか。
 彼の肌は雪のように白かったが、それは生れつきのものというより、毎日殆ど眠れないせいかも知れない。
 しかし、こんなに魘されているのに彼は眠りから覚めず、一度悲鳴に近い声を上げた時も、隣に控えている御蔵衆は誰ひとり駆け付けなかった。
 聞こえていないはずはないのに。
 嫌われてるの?
 かと思えば、日中は精力的で、快活で、どこにそんな力があるんだと不思議になるくらい鍛練に打ち込んだり、政務に励む。周囲の家臣たちも、心酔しているのが丸分かりな態度で彼に接する。
 真夜中の彼を知らなかったら、旦那に爪の垢を煎じてやりたいとも思っただろうが、どうしても身体に鞭打って、毎日を細い糸の上を歩いているようにしか見えなかった。
 いつか、壊れるんじゃないだろうか、この人。


 そうしたら、やっぱりその時が訪れた。
 いや、壊れたのは俺かも知れない。


 戦の準備に追われる中、彼はひとり、山の中の洞窟のような穴蔵に入って行った。
 自然の洞窟のようで、涌き水で出来た小さな水溜まりがあった。
 彼はその傍らの岩に背を持たせかけると、急に意識を失った。
 俺はしばらく彼を見ていたが、ふと、今が絶好の機会であることに気がついた。
 今なら楽に殺せる。
 殺せという命令さえ受けていれば。
 だが殺すなとも云われていない。
 甘い誘惑が沸き起こり、どうしようかと思っていると、彼がうっすらと、片方しかない目を開けた。
 怖気走った。
 俺は本能的に悟った。
 絶対的な畏怖というものを。
「忍びか」
 凛と通る声は、俺の脳髄を突き刺した。
 澄んだ湖面のような隻眼は、俺の網膜を焼き尽くした。
「来い」
 俺の身体は操られたように、ふらふらと彼の前に引きずり出された。


 そして、『彼』は俺を喰らった。
 俺のすべてを喰らった。
 肉も、魂も。
 心ごと、持って行った。


 彼が俺を犯している間、俺の全身全霊が歓喜に打ち震えた。
 肉体的には、俺が彼を犯しているのが分かっていても、俺は確かに彼に犯され、かつてない快楽に溺れた。
 白い足が俺を搦め捕って離さない。
 あえかな声が俺の血の隅々までも溶かす。
 俺が彼の胎内に精を放つと、彼は身篭った女のように、自分の腹を撫で摩って、笑い。
 再び意識を失った。
 俺は途端に恐ろしくなって、逃げ出した。




 それ以来、俺は夢に魘されている。
 夢の中で、真っ白な肌の竜が手招きをして、笑いながら俺を呼ぶのだ。
 いつまで俺の理性が持ちこたえられるのか定かではないが、そう長くは持たないだろう。

 なにせ、相手は神憑きなのだから。

END
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