笑 暗闇に射し込む一条の光。
佐助はすうっと片目をその光に寄せた。
眼下には見慣れた男の姿。
しかし男は見慣れない、強張った顔をしていた。
おや、と思い、同席する人物を見ようとしたが、男との距離があるため、姿かたちまでは分からなかった。だが女であることは声から分かる。そして、それが誰なのかも。
それは政宗が西の丸にいる事からも明らかだった。
「さぁさ、召し上がりませ、政宗殿。母がこの手で政宗殿のためにこしらえたのです」
媚びを含んだ女に、佐助は嘘を読み取った。
恐らく政宗も分かっているのだろう。しかし母に云われては、否やはない。
「有り難く頂戴致します」
普段の着流しとは違い、薄紫色の小袖と袴を纏った政宗が、やはり普段とは違う固い声で云って、目前にある御膳を見、それからちらりと傍らの御膳番を見た。
御膳番が前へ出ようと腰を上げると、
「よもや、この母がこしらえたものに毒味の必要ありと、そう思うておられるのか、政宗殿?」
凛と、しかし冷たく響く声に、政宗の頬がひくりと震えた。
政宗は一度目を伏せたが、すぐに毅然と顔を上げて、御膳番を視線だけで下がらせた。
「……申し訳ありません、母上。日頃の癖のようなもの、どうかお許しを」
「構いませぬ。一国の主たるもの、そのような用心が必要なのでしょう。しかし、その膳は母がこしらえたもの。安心してお召し上がりませ」
政宗はひとつ頷くと、箸を取った。
その時まで佐助は、何気なく見ていただけだった。
政宗とその生母との確執は聞いていた。
母に愛されない事を、心の裡に嘆く政宗を知っていた。
しかし、まさか。
実の子を殺すはずがないと、思っていた。
政宗が笑うのを、見るまでは。
佐助はその笑みを知っていた。
幾度も見てきた。
寂しさと。
後悔と。
諦めと。
安堵と。
──すべてを悟った、死にゆく人の笑みだった。
「開」につづく