※小十郎→政宗→幸村





 小十郎、と。
 気怠げに、けれども凛と響く声がした。声は足音と共に迷うこと無く近付いて来る。
 立ち上がって襖を開けると、ちょうど彼が襖に手をやろうと片手を上げているところだった。
「おっと、Good timingだ、小十郎」
「どうなさいました、政宗様」
「いや、大した用じゃねぇんだけどよ。明日、幸村が来んだろ? 饅頭でも用意してやろうかと思って」
 何気なく彼はそう云って。
 けれど少し照れ臭いのか、視線をぎこちなく逸らす。
 彼をいたたまれない気持ちにさせないよう、俺はいつものように知らん振りを決め込んだ。
「左様でございますか。では食材は何が御入り用で?」
「話が早くて助かるぜ、小十郎」
 彼は屈託のない笑みを浮かべ、必要な食材の名をいくつか挙げた。
 その間も俺の心臓は、ぎしぎしと嫌な軋みを上げていた。
 彼が余りにも、幸せそうだから。
 奥州筆頭という立場に縛られない、ひとりの人間としての些細な出来事を楽しみにしているから。
 そんな何気ない幸せを、俺には上げる事が出来ないから。
 この感情は、嫉妬と呼ぶには余りにも汚な過ぎて。
「じゃあな、頼んだぜ」
「はい」
 背中を向けた彼を、これ以上汚してしまわないように。
 そっと目を伏せて、心ごと封じ込めることしか出来なかった。

END
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