もうとっくに飽きている


「俺たち、つきあってからどれくらいになるっけ」
 わざわざそんなことを聞いたのは、優しさかもしれないし、狡さかもしれないし、諦めたかったのかもしれない。代わり映えしない日常に飽きているのは、本当だ。
「え?」
 雑誌を読んでいた佐助が顔を上げる。意外な質問だった、というわけではなく、単に聞き漏らしただけだ。だから俺はもう一度云った。
「俺たち、つきあってからどれくらいになるっけ」
「えー……よね、ん、いや、五年……くらい?」
 自信なさげにそう云って、「なんなのいきなり」と困ったような顔。
「別に。なんとなく」
(まあ、仕方ない、か)
 至って普通の日。つまり平日で、週の途中で、俺も佐助もさっき仕事を終えて帰宅したばかりだ。ただ繰り返す日常の中で顔を合わせるたった数時間。それを多いとか少ないとか、議論する気はなかったが、寂しいものだな、とは思った。何日も前からずっとそわそわしていた自分が馬鹿みたいだと思った。
 あと数分で今日も終わってしまう。去年も一昨年もそうだったことを思うと、俺が馬鹿なのか、こいつが間抜けなのか。
 出会った時のような熱はもうない。怠惰とも思えるような日常をずっと繰り返している。
 こいつは飽きないのだろうか。
 俺はもう飽きた。
「そろそろ寝るわ」
「ん」
 テレビの電源を消して寝室に移動する。ふたりで選んだ部屋はもう馴染んでしまっていて、新たな驚きも新鮮味もない。たまには模様替えをしようかとも思うが、お互い仕事が忙しく、口にするだけで終わっていた。
 明かりを消してベッドに潜り込む。
 目が冴えて眠れなかった。だからしばらくして佐助が音を忍ばせてやって来た時も起きていた。そっと布団をめくって、ベッドを振動させないように傍らに潜り込んでくる。そういう気遣いは昔から相変わらずだった。俺が先に寝ている日でも、そのせいで目が覚めたことはない。結構神経質なタイプだと思っていたのだが、案外そうでもなかったのか、こいつが凄いだけなのか。
 佐助は傍らに横たわると、タオルケットを肩口まで引き上げた。夏も終わり、明け方には寒くなることも多いこの頃、少し厚手のタオルケットは必需品だ。背後から伸ばされた手が俺にもしっかりと覆い被せていく。
 耳の上の髪に、そっと唇が押し当てられた。
「おやすみ」
 小さく囁く声。もう俺が寝ついたと思っているのだろう。その掠れた囁きに、じりりと胸が痛んだ。
 ああ、もう。このろくでなし。何年経っても、ついきあい始めた日も綺麗すっかり忘れてしまうくせに。
 なんでもない日常の、なんでもないこともない日の夜。なんでもないキスで俺は満たされる。
 もうとっくに飽きているのに。
(……ああ、そうか)
 そうだった。
 飽きるって、満たされてそれ以上欲しくなくなることだった、といまさらのように思い出した。
 なにか云わなければと思って振り返ろうとしたが、腰にまわされた手が温かくて、すうと夢の淵に引きずり込まれた。

END

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