おみくじ


「あーあーあー」
 傍らで間の抜けた声を上げる佐助を、政宗は盗み見た。佐助は見るからに眉を下げてぽかんと口をあけ、情けない顔をしている。寒さで鼻の頭が赤らんでいる分、余計に間抜けに見えた。
 ひょいと視線の先を覗き見ると「大凶」の文字が見える。
「悦び事なし。待ち人来らず。失物出でず。生死しすべし。売買大損。病事こころよし。家造り、わたまし、結婚、これみな用て悪し――踏んだり蹴ったりじゃねえか」
「ちょっと、わざわざ読み上げないでよ! わかってるから!」
 どうやらお気に召さなかったようだ。政宗は肩を竦めた。
「あーあーあー」
 佐助は再び奇声をあげると、悔しそうに唇を歪め「もっかい引く!」と社務所に引き返そうとする。
「馬鹿」
 素早くコートの袖を掴んで、それをとどめた。
「なんで! 納得いかないし! 幸先悪いのやだ!」
 まるで駄々をこねる子供のような佐助を、政宗は宥める。
「『陽極まれば陰生ず、陰極まれば陽生ず』って云うだろ」
「なにそれ」
「良いことと悪いことは対極にあって、悪いことでも用心して誠実にことに当たれば吉に転ずるってことだよ。何回も引き直すなんて不誠実極まりねえ。やめとけ」
「だって」
「だってもクソもねえの。諦めろ。そんで誠実に生きろ――お前には似合わねえけどな」
「あーもう、そういう伊達ちゃんはどうなの」
 佐助は政宗のおみくじをひったくると素早く目を走らせ、数秒後、なんとも云えない顔になった。
「小吉……うわ、反応に困る」
「うるせえ。おら、行くぞ」
 佐助の手からおみくじを奪い返し、政宗は踵を返す。
「え、結ばないの?」
「結んでいくか? だったらあっちだ」
 おみくじが鈴なりに結ばれた木を指すと、佐助は手にした大凶のおみくじを細く折りながら木に近づいていった。境内はもう松の内も終わりということと夕刻という時間も相俟って、ふたりの他にはニ、三人の人影が見えるだけだ。
 佐助はまだぶつぶつなにか云っていた。
 おみくじを結び終えたのを確認し、さっさと帰路に着こうとする政宗に「ちょっと待って」と佐助が駆け寄る。不思議そうに首を傾げた。
「伊達ちゃんは? 結ばないの?」
「俺は持って帰る」
 政宗の答えに佐助は意外そうに目を瞬く。
「おみくじって持って帰って良いの?」
「良いおみくじは持って帰っても良いんだよ」
「そうなんだ? でも小吉なのに」
「良いだろ、小吉でも。『待ち人来る』って書いてる。叶ったら持って来て結ぶ」
「え? そういうもんなの?」
「別にこれっていう厳密な決まりがあるわけじゃねえんだよ。ようは書かれてあることに注意しておきゃいいんだ。持って帰ってもいいけど、大事に扱って、そのうちまた持って来て境内に結ぶ。かみさまと縁を結ぶってことだろうな」
「ふーん」
 適当な相槌を打ちながら、佐助は落ち着かない様子で身体を揺すった。歩調の早い政宗にペースを合わせながら「待ち人って誰?」となんでもない風を装って尋ねる。「さあ」政宗の返事は素っ気ない。佐助は唇を尖らせた。
「でも、いま俺フリーだし、恋人が出来るかも。だったら良いな」
「…………」
 佐助はぼんやりと空を見上げた。
 ――待ち人。
「……来らずって書いてあった」
 思い出し、口端を下げる。
「おみくじなんて嘘っぱちだ」
 嘘になればいい、と思う。
「佐助」
「ぐっ」
 呟いた声は小さくて政宗には聞こえなかったはずだ。だが、政宗は立ち止まると、数歩先に進んだ佐助のマフラーの端を掴んで無理矢理足を止めさせた。
「ぐ、ぐるじぃ伊達ちゃ……っ」
「お前、俺の云うこと聞いてなかったのか?」
「な、なに?」
「――別に、いい」
 なにかを云おうとして、中途半端にひらいた口を閉じた政宗は、再びスタスタと歩き始める。急に不機嫌になった政宗に、佐助は目を白黒させた。
「な、なんか俺、気にさわることした?」
「別に」
「ちょ、ちょっと待って!」
 慌てて佐助は後を追う。政宗はまるで佐助を置いてけぼりにしようとしているようにずんずんと先を歩く。
 ほとんど小走りになりながら、佐助は少し低い位置にある政宗の後頭部を追いかけた。
(伊達ちゃんはなんて云ったっけ?)
 確か、そう――『陽極まれば陰生ず、うんたらかんたら』。
(えーと、つまり?)
 頭を悩ませる佐助を背に、政宗は半ばマフラーに顔を埋めながらぽつりと呟いた。
「鈍感」

END
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