※動物虐待注意


 佐助が猫を飼っている、と聞いて、それは驚いたものだった。
 猫好きだなどと聞いた事もなかったし、世話をする時間もないだろうという疑問もあったせいだが、何より佐助が何かを可愛がるという姿が想像出来なかった為だ。日頃、佐助は世話焼きだったが、それは必要があるからであって、無為な事にその手を動かす事はないのだと思っていた。
 だが、実際その姿を目にすると、それも思い違いだったのかと思った。
「佐助」
 声を掛けると、脂下がった顔の忍びが振り返った。
「あ、旦那」
 その手には真っ黒な猫。佐助の手から逃れようと身を捩って鳴いている。
「それが噂の猫か。……いやがっているのではないのか?」
「えー、噂って何よ、旦那? あ、これはね、躾けてるの。すぐに噛み付いたり引っ掻いたりするから手が掛かって。旦那にもすぐに見せてあげようと思ったんだけど、噛み付かれたら駄目でしょ?」
 ぐっと猫の襟首を掴みながら、にこやかに笑う佐助。その手は確かに引っ掻き傷や噛み痕で無惨な姿になっていた。だがそんな傷を作られても佐助はさも幸せそうに笑う。
「う、うむ……噛み付かれるのはちょっと……近寄っても?」
「大丈夫、俺様がちゃんと持ってるから」
 恐る恐る縁側に座る佐助に近付き、膝を突いた。
 黒猫は新たな闖入者に警戒するような眼差しを向ける。もう一方の手で胴を支えられているとは云え、首根っこを掴まれて半分ぶら下がっているようなその姿は、愛らしいような、憐憫を誘うような、なんとも云えない姿だった。
「どう、旦那? 美人さんでしょ?」
 まるで親馬鹿のように佐助がへらりと笑う。
 確かに美人――もとい美猫なのだろう。真っ黒な毛艶が太陽の光に照らされ、濡れ羽のように光っている。すらりと伸びた手足や尻尾。整った、しかしきつめの顔立ち。
 そして、
「……むぅ、まるで独眼竜殿のようだな」
 その右目には眼球がなく、うっすらと開いた瞼の奥は薄暗い空洞になっていた。もちろん実際に独眼竜の右目を生身で見た事はなかったが、そこが空だということは噂に聞いていた。
「でしょ! これがまた可愛いんだよねぇ、ね、マサムネ?」
「え?」
 黒猫に呼びかける佐助を、まじまじと見つめてしまう。
「政宗……というのか、この猫は……?」
 唖然とした言葉にも、佐助は動じず、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだよ、可愛いでしょ? 顔だけじゃなくて性格までそっくりなんだよねー」
「……そ、そうなのか?」
 どういうところがそっくりなのかは分からなかったが、佐助がひどく満悦そうに笑うので、多分どこかしらは似ているのだろう。だからと云って、猫に奥州の覇者の名を易々とつけてしまい、剰え呼び捨ててしまう剛胆さに目を剥いてしまう。
「こらこら、そんなに引っ掻かないの。駄目でしょ、政宗」
 さして怒った様子もない声で、手の甲を引っ掻く黒猫に甘いとさえ思える笑みを向ける。
 だが、次に発せられた言葉を聞いて、血の気が引くのを感じた。
「いつまでもそんなことをしてたら、もう片方の目も潰すよ?」
「……なっ、――……さ、すけ……?」
「ん、なに、旦那?」
 きょとんとした顔を向けられて、思い違いかとも思ったが、問わずにはいられなかった。
「よもや……、その猫の片目……お前が……?」
「そうだよー。だって政宗はやっぱり片目じゃなきゃね。本当は奥州にいる政宗を飼いたいんだけど、中々手が出せなくってさ。今はこいつで我慢してるんだよ。でもこいつも可愛いでしょ? なんてったって俺の政宗だからね」
 悪びれもない様子で佐助が云う。
 言葉を失うよりほかなかった。
「さあ、政宗、そろそろご飯の時間だよ。今日は何を食べようか?」
 何事もなかったかのように政宗と名付けられた黒猫と会話をする佐助から、逃げるように背を向けた。


 三月後――
「さあ、政宗、ご飯の時間だよー」
 手ずから食事を与える佐助の膝の上には政宗の姿があった。
 ただし、それはかつて佐助が飼っていた黒猫ではなく、独眼竜と謳われた男の成れの果て。手足の腱を切られ、口を利けぬように変えられた美しい竜。
 その傍らには、朽ちた黒猫の骸が横たわっていた。

END
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