涙々


 俺は病気だ。
 治療法はない。
 それどころか原因すらわかっていない奇病だ。
 しかし、それで生活に困っているかというとそんなことはない。ちょっと色々と面倒くさくて学校に行きたくないな、というくらいのものだ。医者も真剣に原因を探る気はないらしく、一年に一度の健康診断だけでこの十七年を生きてきた。
 病気と云っていいのかどうかも怪しい。
 毎年、その病はこの季節にだけ発症する。
 涙がぼろぼろと流れてとまらないのだ。
 それも右目からだけ涙が出る。左目は至って正常だ。
 何度眼科で診てもらっても、病院を変えてもずっと診断結果は同じ。異常なし。涙が出すぎることで目の周りがかぶれる程度の被害。当然、医者だって軽く見るだろう。
 俺はといえば毎年のことなので慣れっこだったが、涙が出る以外にもほんの少しの変化がある。
 でも、それは誰にも云ったことはない。
 内緒だと約束したからだ。
「だーてーちゃん」
 むず痒さに眼帯の上から目を擦っていると呑気な声が降ってきた。
「佐助」
 目を開けて見あげればそこには見飽きた同級生の姿。
「かいたら駄目だろ?」
「でも痒い」
「見せてみな」
 佐助。猿飛佐助。俺の幼馴染だ。
 子供の頃は気弱で病弱で引っ込み思案だったくせに、中学に上がった頃から生意気になってきた。今では髪までド派手な色に染めて周囲にはいつも女友達を侍らせている。その実、根っこの部分の性格は変わっていなくて、本当の意味で親しい付き合いをしているのは俺くらいのものだった。
「あーあ、やっぱりかぶれてる」
 白い医療用の眼帯を持ち上げた佐助が呆れたように呟く。そうすると日光が目に飛び込んできて、俺は反射的に目を瞑った。ぼろぼろと涙が右側の頬だけを伝っていく。
 屋上でのひなたぼっこは気持ちいいけれど、日光を遮るものがないのは些かつらい。少し前までを思えば湿気も減ってきて楽だったが、それでもまだまだ日射しはキツい。
「眩しい」
「ちょっと我慢」
 ひとの休憩時間を奪っておいて傲慢すぎやしないか、と思ったが、さりげなく日陰になるように佐助のやつが移動するものだから黙っておいてやることにした。
 ぴちゃっと右目の周りが濡れる。
 猫がミルクを飲むようにぴちゃぴちゃと佐助が右目を舐める。
 俺は黙ってされるがままになっていた。
 俺は病気だ。
 一年に一度、この季節になると発症する病気。
 期間はだいたい一週間。右目から涙がこぼれる。こぼれてとまらなくなる。
 治療法はない。
 ――というのは嘘。
 ほんとうはある。
「どう?」
「うん」
 瞬きをする。目をひらいても涙はこぼれなかった。
「よかった」
「サンキュ」
「どういたしまして」
 佐助は笑う。つられて俺も笑う。
 佐助になめてもらって右目はぴたりと泣き止む。
「あ、そうだ」
「なに?」
「お誕生日おめでとう」
 理由は知らない。
「ん、サンキュ」
 きっと来年も佐助は俺の涙をとめるだろう。

END
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