「ねえ」
 ひとり佇む背中に声を掛ける。
 けれどアナタは、まるで俺の存在にすら気付かないでいるかのように背を向けたまま。
「ねぇってば」
 こっち向いてよ。
 ねえ、お願い。
 俺を無視しないで。
 背中なんて向けないで。
 俺はアナタの右目なんかじゃないんだから。
 アナタを守る事なんて出来やしないし、したいとも思わない。
 俺はただ、アナタが振り向いてさえくれれば、それだけで良いのに。
「こっち向いてよ、お願いだから」
 声がみっともなく震えている気がする。
 ああ、だって仕方ないじゃない。
 こんなにもアナタが遠い。
「忍びがお願いなんてするもんじゃねぇよ」
 アナタはやっと、そう云ったけれど、まだ俺を見てはくれなくて。
 その声は、俺の心臓を目茶苦茶にするくらい、悲しかった。
 俺はアナタを傷つけた?
「旦那」
 手を伸ばして。
 引いたアナタの手首の思わぬ細さに、俺は涙が出そうになった。
「ごめんね」
 無理矢理振り向かせたアナタは、きっと泣いているのだろうと思っていたけれど。
 アナタに降り注ぐ雨が、
「見ないで」
 と云って、すべてを隠してしまった。

END
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