麗らかな春の日。
「それでねえ、こっちが金平糖。旦那は食べたことあったっけ? 甘くてとろけちゃいそうになるよねえ。それから、これが――」
 佐助は膨れ上がった腰袋の中から、次々と土産を取り出し、目の前の男に差し出す。
 男は苦笑しながらその様子を見つつも、咎めることはなかった。
「えっと、それからこっちが南蛮の果物。乾燥させてるから、かなり日持ちするし、味もなかなかだよ。甘いのか酸っぱいのか良くわかんないんだけど、癖になるっていうか。それから――」
「Hey、佐助。そんなに食えねえよ」
 ようやく袋が空になる頃、男は小言めいたことを云ったが、その顔は裏腹に穏やかで優しげなものだった。
 佐助はさすがに多すぎたか、と頬を緩ませた。
「だって久しぶりだしさ、いっぱいあげたいものがあって」
「Thanks――ありがとよ」
「どういたしまして!」
 ようやく佐助は落ち着いて腰を下ろし、空を見上げた。
「ここの桜は、やっぱり綺麗だ……」
 薄桃色の花びらを纏った木々が、丘の上に立ち並ぶ。
 そよと吹く風にゆったりと身を揺らすその姿は、忍びの心をも和ませた。
「ちょうど見頃だな」
「……うん、毎年そうだと良いね」
「ああ」
 二人が腰を下ろす桜の木は、一際大きく、一際美しい花を咲かせていた。
「何だかこの木、去年よりおっきくなってない?」
「育ち盛りなんだろ」
「はは、そうかもね」
 しばらくそうして花見に興じていたが、視線を感じた佐助は隣の男を見た。
「どうした?」
 堪えず浮かぶ優しい笑み。
 それがずっと佐助を見ている。
 くすぐったい気になって、佐助は肩を竦めた。
「えっと、……幸せだなって、思って」
「Ha、確かに、テメェの面見てっとそんな感じだ」
「……なんかその言い方トゲを感じるんですけど……?」
 眉を顰めてみせても、男はからからと笑うばかりだ。
「……ねえ、旦那」
「Ah?」
「俺は、――後悔はしてないよ」
 不意に云った佐助に、男は目を細める。
「――ああ」
「旦那は?」
「――ああ」
 ああ、じゃ、わかんないよ。
 拗ねるような言葉に、やはり男は笑って、
「ああ」
 と、云って。
 佐助の頭を抱き寄せた。
 花の香が鼻孔を擽り、佐助は男の身体に手を回し、抱き返した。
 手に馴染む身体は、最後に抱いた時の記憶と同じもの。
 甘い香りが、じわじわと脳髄を侵食し、目の奥が痛んだ。
「泣くなよ、佐助」
「泣いてません」
「Really?」
「……わかりません」
「じゃあ、学べ」
 男は云って、夕焼けのような橙色の髪に、唇を落とした。
「時間はたっぷりあるんだ」
 佐助は、頷かなかった。
 その代わり、男を抱く腕に力を込めた。
「佐助」
 男が、困ったように笑った。
「後悔は、してないんだ、ほんとに。ほんとに、してない。だけど、」
 顔を上げ、両の手の平で男の頬を包んだ。
「早く、アンタに」
 ――逢いたい。
 ざわ、と木々が揺れた。


「……時間だ」
「……うん」
「佐助」
「うん」
「逢えるさ」
「……うん」
「だがな、二十年待て」
「にじゅうねん……」
「Yes、その頃にはちゃんと南蛮語喋れるようになっておけよ――佐助、」
「うん」
「Kissしてくれ」
 融け合った身体は、吹きすさんだ風に舞う花びらに覆い隠された。
「旦那、約束するから、俺あと二十年は生きるから、だから――だから、ひとつだけ、我が儘聞いて」
「云ってみろ」
「この木を、枯らさないで。俺を、待ってて」
 男は笑って、

《ああ――》

 花に消えた。




「またね、旦那……」
 そっと幹に手を触れ、空を見上げると、花びらがまるで雪のようにしんしんと降っていた。
 かの竜が愛した、今は亡き国に降る、あの真白き雪のように。

END
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