まじない 〜彼の場合〜


 好きな人が出来た。ちょっと前から始めたバイト先の正社員。デザイン業界のデの字も知らない俺にひとつひとつ丁寧に教えてくれる。分かってる、ただ優しい人なんだって。俺以外にもあの人はいつだって優しい。それに俺なんかを好きになるはずがない。男の俺なんかに、いつも女性に囲まれて楽しそうに笑ってるあの人が。
 分かってるけど、やっぱり苦しい。諦めるってなんでこんなに難しいんだろう。あの人が俺に笑いかけて来る度にひょっとしたら、なんてつまらない期待。でも他の人に笑いかけてるのを見たら胃がぎゅうっと縮み上がって目の奥がじんじんする。あの人の云うことひとつ、行動ひとつに俺は振り回されてバラバラに砕け散りそうだ。
 どうにかしないと。そう思うばかりでどうにも出来ない。やけになって辿り着いたのは携帯サイトで検索した恋のおまじない。自分でも情けないとか女々しいとか思うけど、それ以上に今のまま何も出来ない自分が許せなかった。
 バイトの帰りにロフトで買った白いカードとピンクのマーカー、それにラックから取り出したお気に入りの洋楽CDをベッドの上に並べた。自分のしようとしていることが馬鹿馬鹿しいことだと分かっているのに緊張で手が震えて喉がカラカラになる。
 今まで使ったこともないようなファンシーなパステルピンクのマーカーで、無地の白いカードにあの人の名前を書き込んだ。



   猿 飛  佐 助



 震えてみっともない文字になるかと思ったが、実際にはわりとまともに書けた。むしろ勢いがつき過ぎて普段より跳ねた字になったのが気になったが、俺は彼に謝るような気持ちでお気に入りのCDケースからCDを抜き取って、替わりに彼の名前を書いたカードを入れ素早く閉じた。
 ごめん。ごめんなさい。好きになってごめんなさい。でも好きなんだ。おかしくなりそうなくらい好きだ。
 ぼやける視界を誤摩化すように固く目を瞑って、CDケースを抱えたまま真正面からベッドにダイブした。彼の名前がそこにあるというだけで、CDケースがじんわりと熱を持ち、俺の心臓を暖めてくれているような気がした。

END
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