KING OF KINGS


「それでは〜、バニーちゃんの〜」
 照明の絞られた店内はきらびやかなミラーボールがくるくると回っている。広い店内の中央には張り出した舞台。その目の前に半円状に置かれた特等席のソファには、錚々たる顔ぶれが揃っていた。と云っても、素顔の彼らがシュテルンビルトの時のひと――ヒーローであることを知っている者は殆どいない。ただ、顔出しヒーローであるバーナビー・ブルックスJrだけは例外だが。
 すべてのヒーローが現場以外でこうして顔を揃えることは滅多にない。その滅多にない事態がここでは起きていた。
 勿体ぶって音頭を取るワイルドタイガーの酔っ払ったようにテンションの高い声が響き渡る。
「MVPを祝して〜! カンパーイ!」
「カンパーイ!」
 数日前、バーナビーはMVPの座についた。つまり、《キング・オブ・ヒーロー》の栄冠を手に入れたのだ。今日はその祝勝会だった。
 ソファの中央に座らされたバーナビーは、次々に差し出されるグラスに自分のグラスを当てながら面映い気持ちでいた。
「バニーちゃああああん、おめでとう! おめでとう! おじさん、バニーちゃんがMVP獲るって信じてたよ!」
「ありがとうございます」
 右隣に腰を降ろした虎徹は感極まった様子でバーナビーの肩に手を回すと、しきりに「おめでとう」を連呼した。
 他のヒーローも同様に祝ってくれる。
 当然、みんなライバルだ。悔しいと正直に口にする者もいれば、今回は譲ってあげると強気な者もいるし、虎徹のようにバーナビーが獲ると思っていたと云う者もいる。共通しているのは、皆今回のバーナビーのMVPを心から祝ってくれているということだ。
 少し前までのバーナビーなら、そんな賞賛を素直に受け取らなかったかも知れない。それどころか、こうしてライバルである他のヒーローと酒の席を共にすることすらなかっただろう。頑なに跳ね除けたはずだ。変わったのだと、感じずにはいられなかった。
 だが嬉しい気持ちの反面、照れ臭さと同時に、居た堪れなさも感じていた。
 というのも――、
「おめでとう! そして、おめでとう!」
 左隣に座っていた《スカイハイ》ことキース・グッドマンが満面の笑みでグラスを合わせてくる。バーナビーは「ありがとうございます」と笑みを浮かべながらも、顔がぎこちなく強張るのを感じていた。虎徹に「パーティーやるんだから絶対来いよ!」と云われて、浮かれ半分よく確かめもせずに来たのだが、会場であるパブに入って彼の姿を目にした時には目眩がしたものだ。
 前キング・オブ・ヒーローを招くなど、あてつけにとられるのではないだろうか。虎徹のことだから、そこまで考えてはいないのだろうと思うが。
 小一時間が経ち、程よく酒が――未成年はジュースだったが――入った頃、バーナビーは変わらず傍らで楽しそうにグラスを煽っているキースに話し掛けた。
「……何だか、すみません」
「ん? 何がだい?」
「おじさんのことだから、気軽にお誘いしたんだと思いますけど、その、気分を害されたんじゃないかと……」
 話すだに居た堪れなくなり、自然とバーナビーは俯いた。手にしたグラスの氷は溶けて汗を掻き、バーナビーの手のひらを濡らした。
「そんなことを気にしていたのかい?」
 心底驚いたようにキースが目を丸くする。
「気になりませんか?」
 そう問うバーナビーに、キースは破顔する。
「そりゃあMVPが獲れなかったのは悔しいさ! でもそれは私が獲れなかったことに対する悔しさであって、君が獲ったことは素晴らしいことだと思うよ。うん、実に素晴らしい!」
 キースの目はキラキラと輝いているように見えた。打算のない人間性こそキングの名に相応しいとバーナビーですら感じてしまう。バーナビーは自分が素直になれないことをよく知っていた。それが子供扱いされる所以だということも。
 苦笑して、バーナビーはグラスを掲げた。
「次のシーズンも、僕が獲らせて頂きますよ」
「私だって負けない! 負けない、絶対に!」
 チン、と合わさるグラスが心地良い。
 見渡すと他の面々は好き好きに酒を飲んだり食事をしたり、会話をして楽しんでいる。主役はバーナビーだが、誰も気を遣ったりしていない。それがバーナビーには心地好かった。
 ここは《ファイヤーエンブレム》ことネイサン・シーモアの店で、今日は貸切にしてある。特に口の固いスタッフで揃えているため、ヒーローがお互いの名を本名で呼び合おうあとも知らぬ存ぜぬで教育が行き届いている。バーナビーがMVPを獲った日に《ヒーローTV》主催の祝勝会も開かれていたのだが、そちらでは一部のヒーローはタキシードの上にヒーロースーツのマスクを着用しており、テレビカメラも入っていたためリラックスするには程遠かった。バーナビーも始終カメラに密着された状態だったので、終わった後も顔面が笑顔のまま引き攣っているかと思ったほどだ。
 ――今日が本当の祝勝会なのだ。
 知らずバーナビーは微笑んでいた。
「楽しそうで良かった」
 声に振り向くと、キースの方こそ楽しげに微笑んでいる。
「え?」
「初めてMVPを獲った時の気持ちは私も良く覚えているよ。ふわふわとまるで空を飛んでいるような気分だった」
 キースはどこか思い出すように目を細めた。
「スカイハイさんでも空を飛ぶような気持ちになったりするんですね」
 バーナビーは小さく笑った。純粋に驚いたのと、『風の魔術師』である彼が云うには随分とユーモラスに思えたからだ。
「だって、嬉しかったんだ。MVPを獲れたこともそうだったけれど、彼が『おめでとう』と云って祝ってくれたのだから」
「彼?」
「その時、《キング・オブ・ヒーロー》だったヒーローだよ」
「ああ……」
 そうだ。何も《スカイハイ》は最初からKOHだったわけではない。彼とて別のヒーローからKOHの座を奪い取ったのだ。ここ数年はずっと《スカイハイ》の首位独走状態だったはずだが。
「当時、私も少し引け目を感じていた。私の中で彼こそが《キング・オブ・ヒーロー》だったから。私なんかが、それを名乗っても良いものなのかと」
「そんな――」
「だから、君が今、私にどんな気持ちを抱いているかは分かるつもりだ。だけど、心配しなくても良い。あの時の彼の気持ちが、私にもやっと分かったから」
 そう云って、キースは懐かしむような目をした。どこか遠くを見るような目だった。
「私たちは常に切磋琢磨している。そして事件解決に全力を尽くしている。私たちは勿論ライバルではあるけれども、それ以上に仲間であると思うんだ。いや、もっと深い……家族、かな」
「家族……」
「ああ。だから、誰が《キング・オブ・ヒーロー》になっても、心から祝える。そうして次は自分も頑張ろうと思えるんだ」
 にっこりと笑って、キースはバーナビーを見た。その頬は酒のせいか僅かに紅潮していた。満面に浮かべているのは笑みだけではない――憧れだ。彼の中で彼は、余程憧れの存在だったのだろう。心酔すらしているように見える。
「素晴らしい人だったんですね」
「ああ、とても素晴らしい人だよ!」
 バーナビーがそう云うと、キースは自分が褒められたかのように破顔した。
 ヒーローになる際に過去五年は遡ってヒーローたちのデータを見たが、その時にはもうすでにキースはKOHを名乗っていた。それからずっとKOHの座を守ってきたわけではないが、初めてKOHになった時というのだから、それ以上前の話だろう。キースがそれほどまでに憧れるヒーローがどんな人物なのか、今度調べてみようとバーナビーは思った。
「おーい、バニーちゃん飲んでるかあ?」
「うわっ」
 突然伸し掛かられたバーナビーは慌てて振り返った。
「ちょっと、何してるんですか、おじさん! 零れたじゃないですか!」
 半分にまで減っていた為さほどではないが、指を濡らした雫を取り出したハンカチで拭う。虎徹はすでに酔っているようだった。
「だってぇ……」
 と唇を尖らせて眉尻を下げる。大の大人がしても可愛いはずがないのだが、バーナビーは頬を染めて目を逸らした。
「ロックバイソンさんと仲良く飲んでたんじゃないんですか」
 突き放したような云い方になってしまったことに内心「しまった」とバーナビーは唇を噛んだが、虎徹が気に留めた様子はない。バーナビーにしなだれかかったまま、子供のように纏わりつく。
「んー、そうだけど〜、今日はバニーちゃんのお祝いだろ? お前が飲まなきゃ誰が飲む! 飲め! 飲め! 飲むんだ、ジョー!」
「ちょっ、誰ですか、ジョーって!」
 半分目が座った状態で、虎徹はバーナビーのグラスに酒を継ぎ足すと、また背を向けて《ロックバイソン》と五月蝿く騒ぎ始めた。
「何なんだ、あの人……」
「ふふ、バーナビー君が羨ましいよ」
 呆れて呟いたバーナビーに、黙って見ていたキースが云った。キースは楽しそうだが、絡まれたバーナビーにとっては羨ましいも何もない。
 そう云っても、キースは微笑んだままだった。
「何だったら、席、替わりましょうか?」
「本当かい?」
「え?」
 本当に席を替わりたいのだろうか――バーナビーが目を瞬くと、キースは彼にしては珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべて云った。
「ついでにパートナーの座も替わってもらえると嬉しいな」
「は?」
 もしかして酔っているのだろうか、と思った。だが目の前のボトルは確かに早いペースで減っているものの、キースはどこからどう見ても素面にしか見えない。
 困惑するバーナビーをよそに、キースは思い出したように続けた。
「ああ、そうだ! ひとつ君に云い忘れていた」
「……何でしょうか」
 どことなく、わざとらしく聞こえるのは気のせいだろうか。
「君は確かに《キング・オブ・ヒーロー》だが、私の中のキングは彼ひとりなんだ。それだけは譲れないよ」
「――は?」
「彼はヒーローの中のヒーロー、王の中の王だからね」
 そう云って、キースはまた遠くを見た。
 ――いや、
「え?」
 その視線はバーナビーの背後に注がれている。
 視線を追えば、その先には《ロックバイソン》と飲み比べに興じている相棒の姿があった。
「え……」
「それじゃあ、お言葉に甘えて席を譲ってもらおうかな、失礼!」
 立ち上がったキースは半ばバーナビーを押し退けて、虎徹の隣に座った。
「え……?」
 それから酒飲みの輪に入れず不貞腐れた《ブルーローズ》に話し掛けられるまで、バーナビーは呆然と、手の中のグラスを温めることに時間を費やした。

END
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