DINNER「う、ぁ……!」
びくりと身体を跳ねさせた虎徹に、男は笑った。
「どうしたんだい、随分と敏感だね。昼間、君にはしてあげなかったからかな。ずっと我慢してたのかい?」
「ん……、そんな、こと」
上半身裸になった虎徹の胸に手を這わせると、それだけで虎徹の身体はびくびくと痙攣した。
「じゃあ、このはしたないペニスが勃起しているのはどうしてだい? まだ触ってもいないのに」
「ぁあ、ン……っ」
スラックスの上から充血したそれを撫でられ、虎徹の口からは甘い吐息が漏れる。きゅっと噛み締めた唇を、男はゆったりと撫でた。
「どうして声を押さえるんだ、君らしくもない」
「だ、って……ッ」
「ん?」
掠れた声を漏らして、虎徹は自らベルトを外し、下着ごとスラックスをずり下げた。
「ほう……」
男は愉快そうに片眉を上げると、手を伸ばしてそこに触れた。
震えながら勃起する虎徹の雄の、さらにその奥。ひくひくと震えるそこに指先を這わせると、微かな振動が伝わる。
「んッ」
唇を噛み締め天井を仰ぐと、虎徹は目の前でベッドに腰掛ける男の両肩に手を突いた。
「これはどうしたんだい? 君にはこんな趣味はなかったと思うが」
男はそう云って、隘路から覗くコードをくクンと戯れに引っ張る。
「あ……っ、や、動かさない、でっ、くださ……!」
「しかしこれでは君もキツイだろう」
「だめ、だめ…っ」
「どうして?」
小さく息を弾ませながらかぶりを振る虎徹に男が優しく問うと、虎徹は膜の張った目で「怒られるっ、しかられるっ」と必死に云い募る。
「誰に?」
「バ、ニー…ッ」
その応えに、男はおや、と声を上げる。
「とうとうパートナー君は我慢の限界を超えたのかな?」
「わ、かんな……ですっ」
誰もいない部屋に連れ込まれて。服を脱がされて犯されました。その後ローター入れられて。スイッチも入れられて。仕事もあったのに。そのまま出動して。仕事終わってまた犯されて。またローター入れられて。
一連の流れをたどたどしく説明する虎徹に、男はふむ、と頷く。その間もコードを引っ張る手は休めない。時折強く引くと、盛り上がった媚肉の合間から、淡いグリーンのローターの丸みが見え隠れした。
「こんなものを持ち歩いているだなんて、バーナビーくんも若いねえ」
「ひ、っん、だめ……っ」
「それで? 取ったら怒られるのかい?」
「ッお、しおき、するって」
「それで、こんなにしてる、と」
陰茎を撫で上げられ、虎徹はガクガクと膝を震わせた。その様子は壁一面の窓ガラスにも写っている。その向こうには夜景が広がっていた。
男はしばし夜景を堪能すると、視線を虎徹に戻す。
「どうして私のところに?」
「ど、したら良いか、分かん、なくてッ」
「彼に取ってもらえば良いじゃないか」
「だ、め、…バニーとは、ヤりたく、ないっ……」
「淫乱な君がどうしたことだ」
男は態とらしく目を見張ると、立ったまま全身を震わせる虎徹をゆっくりとベッドへと横たわらせた。期待に満ちた目が男を見上げる。男はそれに苦笑した。
「困ったね。君とはやりたくないそうだよ、バーナビー君」
「……え、」
男が見た先を、虎徹の視線が追う。
隣室に続くドアの手前。そこには表情を消し去ったバーナビーが立っていた。
「ば、にー…ちゃ……」
「どうしてアナタはそう――」
馬鹿なんですか。
酷い台詞を吐きながら、バーナビーが足を進める。だがそんな台詞も虎徹の耳には入らない。
「なん、で……?」
その問に応えたのは男だった。
「彼が取引したいと云うのでね」
その条件が魅力的だったので乗らせてもらったよ。
男は、いともあっさりとそんなことを云う。
「なんで…………?」
虎徹の目は、ただバーナビーだけを見ていた。
「おじさんには首輪が必要ですね」
ベッドに腰掛けながらバーナビーはそう呟き、浅く呼吸を繰り返す虎徹の腹を撫で上げた。
「まあ、良いじゃないか、虎徹くん。君だって満更でもないんだろう? ここはコンビの結束を深めた方が良いんじゃないかな」
「……なん、で…………?」
虎徹は変わらずバーナビーを見上げながら、ただ「なんで」と繰り返した。そんな様子を微笑ましく見守りながら、男は虎徹の膝を開かせ、再び奥まった蕾に触れた。茫洋とした心とは裏腹に、そこは浅ましくひくついている。
「自業自得ですよ、虎徹さん」
伸し掛るように前屈みになったバーナビーは、虎徹の唇を塞いだ。舌を忍ばせ、くちゅりと音を立てて吸い上げる。
「…ッ、ン、ンーッ!」
ガクン、と身体を跳ね上げさせた虎徹の手が、バーナビーの両手を掴む。くぐもった悲鳴はバーナビーの喉奥へと消えた。
「ああ、ごめんよ、強すぎたかな」
唇を塞がれたまま、虎徹は目を見開き、視線をバーナビーの肩越しに移した。ローターをぶら下げた男が笑っている。
太腿から無理矢理引き剥がされたガムテープの痕がジンジンと熱を持ったように疼いた。
「取れてしまったねえ」
「取ったらお仕置きだって、云ったじゃないですか」
ふたりの男に理不尽な言葉を投げ捨てられ、虎徹はくしゃりと泣きそうに顔を歪めた。
結局また、バーナビーに犯されてしまった。
嫌だと云ったのに、聞き入れて貰えなかった。
男は男でベッドで絡み合う虎徹とバーナビーを見て、優雅にワインを飲みながら終始笑顔でいた。
途中でルームサービスに来たホテルマンのぎょっとした顔が忘れられない。そりゃあそうだろう。男同士がセックスしてる上に、ひとりはあのバーナビー・ブルックスJrで、しかも中年男のケツを掘ってるんだから。
『物覚えの悪いおじさんですね』
『アナタは僕のパートナーでしょう』
『どうして他人とセックスしようとするんですか』
『僕がいるのに』
バーナビーの云うことは滅茶苦茶だ。
パートナーだからセックスをするだなんて、そんなわけがない。
しかもこんなヤモメのおじさんを捕まえて掘ろうだなんてイカれてる。
まだ若いのに、ホテルマンにまで見られて、将来滅茶苦茶だぞ。
まあ、あの男の用意したホテルだし、分かっててルームサービスを頼んだんだから、口の固いスタッフなんだろう。
それにしたって馬鹿げてる。
「どうしたんです、虎徹さん。浮かない顔をして」
ギシリと音も立てない高級なベッドが、ぐわんと沈んだ。
ベッドの上で膝を抱えながら、あまつさえシーツを頭まで被って、虎徹は「別に」と不貞腐れたように呟いた。
「お前は馬鹿だ」
「僕が馬鹿なら、アナタは目も当てられないほどの馬鹿ですよ」
そうなのだろうか。
そうかも知れない。
頭の良いバーナビーが云うのだから。
虎徹は目にかかるシーツをぺろりと捲り上げると、じっとバーナビーを見上げた。シャワーから上がった彼はトレードマークとも云える眼鏡を掛けていない。
眼つき悪いなあ、と思いつつ、虎徹が口にしたのはまったく別のことだった。
「お前、俺のこと好きなの」
「……何を今更」
呆れたような溜め息が降ってくる。
「俺もお前が好きだ」
「…………」
虎徹がそう云うと、バーナビーは何とも云えない表情を浮かべた。呆れているような、蔑んでいるような、馬鹿にしているような、呆れているような――。
「だから、お前とだけはセックスしたくなかったなあ……」
心からそう思っているのだという声音に、バーナビーは今度ははっきりと呆れを篭めた溜め息を吐いた。
「もう良いです」
「……? 何が?」
「アナタがちょっとアレなのは分かってますから」
「…………??」
クエスチョンマークを浮かべる虎徹の肩を押し、ベッドに沈めると、バーナビーはシーツごと虎徹を抱き込んだ。
「もう眠って下さい」
「え、と、バニーちゃん、俺もシャワー……」
「寝て下さい」
「……バニーちゃんの精液臭い」
「お似合いですよ」
「…………」
さすがにそれは酷いと思うなあ。
そう思いながら、身体を酷使した倦怠感から、虎徹はうとうとと眠りに落ちていった。
バニーちゃんは綺麗。
バニーちゃんは潔癖。
そう思っていたのに、精液臭いのが好きだったなんて。
俺は見る目がないんだろうか。
それでもやっぱり――。
「嫌だよ……バニーちゃん……」
もぐもぐと口を動かしながら、寝言を呟く虎徹の顔をバーナビーはじっと見つめる。
夢の中まで拒絶する虎徹を憎らしく思った。
「……僕は聖人君子なんかじゃないんですよ」
何を引き換えにしても、アナタのことは譲れない。
この肌に触れるのも。
パートナーという座も。
「早く思い知れば良い」
吐き捨てるように云うと、バーナビーはいっそう強く虎徹の身体を抱き締めた。
END