LUNCH


 薄汚れた自分を知っている。
 卑怯な自分を知っている。
 卑屈な自分を知っている。
 ヒーローなんてクソ食らえだ――そんな自分を知っている。
 お首にも出さず、今日もシュテルンビルトの街を駆け抜けながら。
 俺は最低のクズ野郎だ。




「どうしたんですか、虎徹さん」
 怪訝な顔をしてたバーナビーが虎徹の顔を覗き込む。トレーニングルームでシットアップベンチにゴロゴロと寝転ぶ相棒に呆れるのを、バーナビーは最近では諦めていた。ただ、珍しく真剣な顔をして天井を睨みつけている虎徹の表情が、気になった。
「んあ? 何でもねえよ」
 ちらりとバーナビーの顔を見た虎徹は、それきり口を噤んで、目も閉じてしまった。素っ気ないが、先程まであった表情は掻き消えて、今はただダラダラとしているだけのように見えることに、少し安心する。昼寝でもする気だろうか。
「トレーニング、する気がないなら控え室で待機してたらどうです? そんなところでゴロゴロされたら、次に使いたい人が使えないじゃないですか」
「ケチ臭ぇなあ、バニーちゃんは」
 そう云いながらも、虎徹は「よっこいしょ」とおじさん臭い声を上げて起き上がった。そのまま立ち上がって出口を目指す虎徹の背中をバーナビーは見送る。本当に行ってしまうなんて。強く云い過ぎただろうか。
「僕ももうすぐ上がりますから、そうしたらお昼一緒に食べに行きませんか?」
 フォローの代わりにとバーナビーが声を上げると、虎徹は背を向けたまま手を挙げた。
「気が向いたらな」
 つれない返事にバーナビーはきゅっと唇を噛み締める。勇気を出して誘ったのにあんまりだ。やはり慣れないことはするものじゃない。
「後で電話しますから」
「はいはい」
 適当に相槌を打つと、虎徹はトレーニングルームを後にした。
 その背が消えても、バーナビーはじっと気配を追っていた。


「それなのに、こんなところに良いのかね、虎徹くん」
 食事に誘われていたことを思い出し、そのままあったことを口にすると、目の前の男が子供を見るような目で虎徹を見下ろした。
「ひぃんれふよ」
 男の陰茎を咥えながら、虎徹は上目遣いに男を見て応える。声が無明瞭なのに気づいて、一旦それから口を離すともう一度云った。
「良いんですよ。アイツとはいつでも飯くらい食いに行けるんですから」
 それに俺の昼飯はこれで良いんです。
 そう云うと、男は満更でもなさそうに喉奥で笑った。
「悪い子だねえ。彼がどんな目で君を見ているのかくらい気づいているだろうに」
 男が眉尻を下げて笑う。虎徹はやや目を見張ると、首を傾げた。
「分かります?」
 第三者から見ても、分かるのだろうか。それはマズイのではないだろうか。
「まあね、同志が見れば分かるだろうねえ」
 男の云う『同志』が何かは聞かず、虎徹はひとつ頷くと再び男のいきり立った陰茎を口に含んだ。
 目を閉じ、喉の奥まで咥えて奉仕する虎徹の髪を、男は優しく梳く。虎徹は気持ちよさそうに唇の端を釣り上げた。
 ああ、どうしようか。バニー。お前、バレてるってさ。まあ、あからさまだもんな。特にジェイクの一件が終わってから。
 日に日に強く纏わりつく視線に、気づくなという方が無理だった。それでも、虎徹はバニーに気を持たせるようなことはしない。期待をされても困る。この身体を、あの若く美しく、清らかな青年に使わせる気は毛頭なかった。
「ん……っ」
 吐き出された精を、虎徹は一滴残さず嚥下する。そうすると男は良く出来た子供を褒めるように、虎徹の頭を撫でた。虎徹はポケットから出したハンカチで唾液に濡れた陰茎を拭うと、それをスラックスの中へと収めて立ち上がる。
「じゃあ、お邪魔しました。例の件、宜しくお願いしますよ」
「ああ、お疲れ様。また何か困ったことがあったらおいで」
 にこやかに交わされる会話が異常だということくらい分かっている。それでもずっとこうして生きてきた。これが虎徹にとっての日常なのだ。
 廊下に出ると、トイレに向かった。さすがにうがいくらいはしたい。自分では気にならないレベルだが、口の中が精液臭くて人とすれ違う度に息を止めていた。
「虎徹さん?」
 しかし、背後から声を掛けられ、とうとう口を開かざるを得なくなった。
「バニー」
「何してるんです、こんなところで」
 役員クラスの人間が集まるフロアに、虎徹がいるのが不自然に写ったのだろう。バーナビーは怪訝そうな顔をしている。
 しかし、ふと気づいたように足を踏み出すと、バーナビーは虎徹の顔を自分の顔を寄せた。くん、と匂いを嗅ぐ。
 あちゃー、と虎徹が眉を下げると、それと反比例するようにバーナビーの眉尻が上がった。
「どうしようもないおじさんですね。僕の誘いを断ってまで、欲求不満だったんですか」
「あれ?」
 てっきりドン引きすると思っていたが、バーナビーの反応は意外だった。もしかしてバレていたのだろうか。
 思案顔の虎徹をよそに、バーナビーはその手を掴むと、ずんずんと奥へと歩いて行く。
「どこ行くんだよ、バニーちゃん」
「好い加減、アナタには分からせないといけない」
「何が?」
 きょとんと目を丸くする虎徹を、バーナビーが振り返る。
「アナタは僕のパートナーです。好き勝手して良いのは、僕だけなんですよ」
 それは獰猛な雄の顔だった。
「物好きだなあ」




 でもな、駄目なんだよ、バニーちゃん。
 俺はお前が好きなの。
 俺の汚い身体で、お前を汚したくは、ないんだよ。
 だから、さあ、分かってよ。
 な?

END
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