クタバレ青春


 バックバージンを捧げたのはバニーちゃんでもなく、アントニオでもなく、よく知らないスポンサーのおっさんだった。
 当時、俺はまだ若くてヒーローになり立てで、自分で云うのも何だが輝いていた。
 毎日のように誰かを救って、カメラなんて回っていなくても誰かを助けて、それがヒーローなんだと思ってた。
 企業務めのヒーロー、つまり会社にこき使われる社会人なんだってことは、爪の先ほども考えちゃいなかった。




「おめでとう、鏑木くん。最近の君の活躍がスポンサーの皆さんにも好評でね。君のお陰で株価も上がっているとか。当然、我が社もだ。そこで日頃の感謝を込めて君を持て成すパーティーを開くことにしたよ。スポンサーの皆さんを招いて、記者も呼んで、盛大にね」
「……え?」
 鳩が豆鉄砲食らったような顔をしてたんだろう。
 オーナーは反応を返さない俺に怒るでもなく、満面の笑みを浮かべている。
 俺にはよく分からなかった。
 沢山の人を助け、ヒーローなんだという感触がようやくじわじわと沸き起こってはいたが、これまで会社の業績を考えたこともなく、ましてやスポンサーのことなど今ようやく思い出したくらいだった。
 助けた人々に感謝されるのは分かるが、会社に感謝されることにピンと来ない。
「君には今後益々の活躍を期待しているからね。まあ、パーティーと云っても、君にとってはスポンサーの皆さんのご機嫌取りに見えるかもしれんが。くれぐれも頼んだよ」
「……はあ」
 やはりピンと来ない。
 ご機嫌取りってどうすれば良いんだ?
 会ったこともないのに……。
 戸惑う俺を他所に、「もう下がっていいよ」と笑顔で犬を追い払う仕草をするオーナーに対して、俺はそれ以上話を続けることが出来なかった。


 ヒーロースーツでパーティー会場に入った。
 金がないわけではないが、とても自腹で泊まろうと思えるホテルではない。
 こんなことがなければ一生足を踏み入れることはなかっただろう。
 係の人に連れられて、控え室に行って、開場時間まで待機していた。
 その間、何を考えていたかは覚えてない。
 それ以降のことはもっと覚えていない。
 時間になったとかで、また係の人に連れていかれて、いきなり壇上に上がらされて挨拶させられて。
 何喋ったかなんてことも当然覚えていないが、比較的好意的な視線とカメラのフラッシュと笑いに包まれていたから、失敗しつつも何とかやり終えたんだと思う。
 それからは立食パーティーみたいな感じで、そこらじゅう人だらけで、どうして良いか分からなくて、とりあえず皿を持って立食に加わった。
 お腹というよりは胸がいっぱいで、きっと美味しいんだろう食事の味も分からなかった。
 そうこうしているうちに周りを何だか偉そうなスーツのおっさん達に囲まれて、名刺を渡されて、活躍を褒められたり持ち上げられたり今後も宜しく、なんて云われて、俺は有頂天になっていた。
 だからなんだろう。
 酒を勧められて、でもいつコールが掛かるか分からないからと断って、それでも大丈夫だからと押し付けられたそれを断ることが出来なかった。
「くれぐれも頼んだよ」というオーナーの言葉を思い出したせいもある。
 酒には強い方だし、カクテルは普段飲まないがこれくらい大したことじゃない、一杯だけならと思った。
 そしてブラックアウト。
 俺は世間知らずのお子様だった。


 次に目が醒めた時には、ベッドの上。
 これまた自分では買わないようなスプリングのしっかりした、ふわふわマットの高級ベッドだ。
 そこで俺は揺れていた。
 ケツにアレを突っ込まれて。
 一瞬でパニックを起こす。
 ワケも分からないまま振り払おうとするが、身体はほとんどまったくと云って良いほど動かなかった。
 目を覚ましたことに気づいたのか、おっさんたちは口々に「やあ、おはよう」と云う。
 そう、「おっさんたち」だ。
 ひとりじゃない。
 広いベッドの上に、裸のおっさんたちが四人座っている。
 内ひとりは俺に伸し掛って、アレをケツにぶち込んで、はあはあと荒い息を吐いている。
 気持ち悪くて怖くて拒絶の言葉を吐こうとしたが、痺れたように舌が動かなかった。
 ハンドレッドパワーなら――そう思うものの先制される。
「おや、抵抗する気かね」
「ヒーローは続けられなくなるなあ」
「親御さんが知ったら悲しむだろうね」
「ヒーローじゃないネクストはただの犯罪者予備軍だよ」
「分かっているのかね?」
 淡く纏っていた光が消えていくのを感じた。
 ヒーローでない自分が想像出来なかった。
 ヒーローでなくなることが恐ろしかった。
 また、あの頃の自分に戻ってしまうのかと思うと、とてつもない恐怖に襲われた。
 その恐怖に比べれば、今のこの最悪な状況もそんなに酷いものじゃないんじゃないかと思った――例え気のせいだったとしても。
 おっさんたちは代わる代わる俺を犯した。
 ヒーロースーツを着たままの俺を。
 一部分とはいえ、強度も伸縮性もあるそれを破るには、それなりのものが必要になってくるはずだが――つまり最初から用意してあったのだろう。
 つまり、最初からこのためのパーティーで、俺は最初からこのために呼ばれていたのだ。
「くれぐれも頼んだよ」――オーナーの笑う顔が見える。
 クタバレ、と思った。
 それでもヒーローをやめられない俺は、きっと何も云わない。
 何も云わない俺は、今後もこんなことをさせられるのかも知れない。
 させられるだろう。
 俺の上に乗っかっていたおっさんが低く呻いた。
 生温いものがケツの中に流れこんでくる。
 やっぱり最悪だ。
 不幸中の幸いは、痺れ薬だか何だかが効いているおかげで、痛覚も触覚も殆どないことだった。
 結局、俺は数時間にわたっておっさんたちに犯された。
 前も後ろも。
 二輪差しまでされた。
 死ぬかと思った。
 ただ、最後までマスクは取らなかった。
 カメラもビデオも回さなかった。
「そういう契約」なんだそうだ。
 改めて思う。
 クタバレ。


 誰もいなくなった部屋に放置された俺は、ようやく薬も抜けきって、それからとことん吐いた。
 勿論、ベッドの上で。
 ゲーゲー吐きまくって、脱水症状起こしかけて、ヤバイと思ってゲロまみれのままシャワールームにまで這って行った。
 何とかシャワーを出すことに成功して、仰向けになってシャワーを浴びながらゲロを流しつつその水を飲んだ。
 その水をまた吐いて、また水を飲んで、吐いて、吐き尽くして何もなくなって。
 朦朧とした頭のまま、自分のケツに指を突っ込んで、おっさんたちの置き土産を掻き出した。
 ケツはこの世の終わりかと思うほど痛くて、腫れてて、案の定指には血が着いていて、明日も明後日も一週間後も痛むだろうと思ったら泣きたくなった。
 不思議と涙は出なかったけれども。
 その代わりまた吐いた。
 水しか出ない。
 そのままシャワールームで気を失って、気がついたら朝だった。
 シャワーも出っぱなしで、身体が異常に冷えていた。
 ヒーロースーツのままびしょ濡れで、しかもケツの部分だけ破けて丸出しかと思うと笑えるくらいだった。
 笑おうとしたが、ひゅうひゅうと変な音が鳴るだけで声は出なかった。
 このままではヤバイと、なんとか自力でシャワールームを出て、ベッドの横にきちんとたたんで置かれていた服一式に着替えなおして、ホテルのターミナルからタクシーに這いずるように乗り込んだ。
 タクシーの運ちゃんがぎょっとするのを尻目に、筆談で伝える――「病院まで」。
 俺は見事に肺炎に罹り、二週間、仕事を休んだ。
 ゲロまみれの――多分血もついてる――部屋がどうなったのかは分からない。
 きっと上手くやったんだろう。




 以上、昔々のルーキーのお話。
 それから十何年か経ったけど、あんまり変わってない。
「こんなオジサンの、どこが良いのかね」
 呟くと、俺を組み敷いていたバニーちゃんが泣きそうに顔を歪めた。

END
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