胃袋を掴め



大学に入って一人暮らしをするようになってから、自炊をする機会が増えた。
元々両親が共働きのおかげで一人ご飯は当たり前だった。
でも自炊をすることが少なかったのは、いつも机にお金がおいてあったからだ。
"ごめんね"という書き置きとともに置かれたそれは、私の食生活を支えていた。
それでも一人暮らしともなれば、それほど余裕があるわけもなく私は自炊を始めた。
それなりに出来たとは言え、毎日同じでは飽きてしまう。
新しい料理に挑戦するたびに失敗と成功を繰り返した。
失敗をするたびに"もうやめようかな"なんて思いが頭をよぎった。
料理の手際がいいわけじゃない。
こんなことに時間を使うくらいなら、いっそバイトでもして外食でもした方がーーー。
そんな思いを引き止めてくれたのは、隣に住んでいる荒北だった。
同じ大学の荒北は校内で会うことは少ないけど、何かと話す機会が多かった。
そしてヤツは鼻がいいせいか、私が料理しているのを嗅ぎつけてインターホンを鳴らしてくる。
味に文句を言いながらも、絶対に残すようなことはしない。
それはすごく嬉しかったし、何より一人じゃないご飯はとても楽しかった。
そうしていつしか、私は二人分のご飯を作るようになっていた。
そして今日もインターホンが鳴り、ドアを開けると荒北が立っていた。

「よぉ。飯ィ。」
「はいはい、もうすぐ出来るよ。」

いつものように上がり込んだ荒北は、キッチンをチラリと見て笑った。
そして献立に気をよくしたのか、荒北は催促もせず大人しく座って出来上がるのを待っている。
それが"待て"と言われた犬のようで、何だか可愛く見えてくるから不思議だ。
チラチラとこちらを見ては鼻をひくつかせている。
そんなにソワソワしなくても、もうできるよ。

「はい、お待たせ。」

私がそう言うと、机に肘をついていた荒北が姿勢を正した。
先ほどとの違いについ笑いが漏れる。

「今日はチキン南蛮と小松菜のおひたし、海藻サラダと大根のお味噌汁だよ。」
「旨そうじゃナァイ。」
「旨そう、じゃなくて美味しいから。今日はタルタルも作ったんだー。」

そう言いながら配膳を終えると、私は席についた。
二人で手を合わせて"いただきます"と言い終わると、荒北は真っ先にチキン南蛮に手を伸ばした。
タルタルをたっぷりつけて頬張ると、ゆっくりと目が細められて行く。

「んー……腕上げたなァ。」
「美味しい?」
「ん、ウマイ。」

幸せそうに緩んだ顔は、いつもの鋭さなんてこれっぽっちもない。
私も自分の分を食べ始めると、荒北がチラリと視線を送ってきた。

「なに?どした?」
「一個チョーダイ。」

そう言って指差したのはチキン南蛮。
荒北のお皿を見ると、もう殆ど食べ尽くされていた。

「ダメだよ、これ私の分だし。」
「一個くらいケチケチすんなよ。」
「じゃぁ自分のおかず全部食べてから言って。」

荒北は小さく舌打ちをすると、渋々他のおかずに箸を伸ばした。
それでも食べるのが早いのか、私が食べ終わる前に荒北は自分の分を平らげてしまった。

「全部食ったよォ。」
「うん。」
「チキン南蛮。」
「ん?」
「くれねェの?」

そう言いながら荒北は下から私の顔色を伺うように覗き込んできた。
しょうがないなぁ。

「一つだけだよ。」
「わかってるって。」

そう言いながらも嬉しそうに、一番大きなのを持って行ってしまった。
それでも幸せそうに食べるその姿に、責める気にはなれなかった。
全て食べ終えると、荒北は洗い物をしてくれた。
いつもなら帰るのに、どうした風の吹き回しだろうか。
最初は断ろうとしたものの、どうしてもと言うのでお言葉に甘えることにした。
私が雑誌を読みながら寛いでいると、洗い物を終えた荒北が隣に座った。

「ありがとね、助かった。」
「ん、ごっそさん。」

帰るのかと思いきや、まだ居座るらしい。
今日は本当にどうしたんだろう?
まぁ別に構わないけど。
そのまま雑誌に視線を戻すと、隣でスマホをいじり始めた。
どうやらゲームをしているようで、機械音が聞こえてくる。
しばらくしてゲームを終えたのか、荒北がスマホを閉じた。

「なぁ。」
「んー?」

視線は雑誌のまま返事をすると、頭上から舌打ちが聞こえた。
どうしたのかと顔を上げると、何やら難しい顔をしている。

「なに?」
「俺らさァ……何?」
「は?」
「俺のことどう思ってんのォ?」
「……隣人?」

その答えに荒北は肩を落とした。
荒北こそ、うちを定食屋か何かだと思ってるんじゃないだろうか。

「普通、隣人と毎日飯食わねェだろ。」
「うん、でも荒北が毎日くるんでしょ?」
「そーだけどォ……何でかわかんねェの?」
「ご飯食べたいから?」
「ちげェよ、ボケナス。」

私の頭に軽くチョップをしながら、荒北はため息をついた。
そして私の顔を覗き込むように項垂れた。

「好きなんだけどォ。」
「……うん?」
「だからァ、好きなんだっつの。」

ポカンと口を開ける私を見て、荒北はハッと笑った。

「別に急いでねェけどな。」

そう言って立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
私は慌てて立ち上がった。
だけどなんて声をかけていいのかわからない。
そんな私を見て荒北はニヤリと笑った。

「また明日な。」

そう言い残すと、部屋を出て行った。
一体荒北は何を考えているんだろう。
ぐるぐると頭の中は混乱して、何が何だか分からない。
色濃く浮かぶのは、荒北が今日見せた幸せそうな顔。
明日もくるって言ってたっけ……。
どんな顔をして会えばいいのかなんてわからない。
だけどもう一度、あの顔が見たい。
明日は何にしようか。
どうか明日も、あの顔をさせられますように。




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