歩幅





小鳥遊はいつもちょこまか走り回ってた。
それは朝の玄関だったり、移動教室だったり、購買だったり様々だ。
ゆっくり歩いてる姿なんてほとんど見たことがない。
何をそんなに急ぐんだといつも不思議に思っていた。
小さいながらも走り回る姿は小型犬に似ていて、実家の飼い犬を連想した。
そんな風に思っていたら、気づけばいつも目で追ってしまっていた。
今日も小鳥遊は俺の前を小走りで駆けていく。
その手には財布、自販機にでも行くんだろうか。
休み時間はまだまだたっぷりあるのに、何をそんなに急いでんだ。
俺は気になって少し離れてあとを追った。



予想通り小鳥遊は自販機に向かっているらしい。
後を追いつつ気づいたことが二つある。
一つは歩幅が狭いこと。
身長差のせいもあるだろうが、俺が普通に歩いても追いついてしまいそうだ。
小さい小鳥遊は小走りにすることで時間を短縮していたらしい。
そしてもう一つは、スカートの裾が折れて上がってしまっていること。
これは歩いているうちに直るかと思っていたがそう上手くは行かない。
いつもは見えない太ももがチラチラと覗いていて、妙にドキドキした。
いっそ追い抜いてやろうか、そう思った時小鳥遊が立ち止まった。
自販機はもう目の前で、あと10歩も歩けば済むのにそこで立ち止まった小鳥遊は財布を開いてため息をついた。
どうしたのかと思いすれ違いざまにそっと覗くと、中には茶色い硬貨が数枚あるだけだった。
思わずそれに吹き出しそうになるのをぐっとこらえて自販機まで行くと俺はベプシを買った。
ベプシを取り出して振り返った時、思わず心臓が止まるかと思った。
ぶつかりそうになるくらい真後ろに小鳥遊が立っていたのだ。
その顔はじっと俺を見上げていて、大きなアーモンド型の目にじっと見られていた。

「な、なんだよ。」

イレギュラーな状況に思わず声が上ずった。
小鳥遊は目を潤ませて、口をへの字に曲げる。

「………ださい……。」
「ア?」
「100円貸して下さい……。」

消え入りそうなその声は、尻すぼみになってうつむいて行ってしまう。
俺は財布から千円札を取り出してその小さな手に握らせた。

「返すのいつでもいいからァ。」
「えっ?あ、でも多い……よ?」
「そのままじゃ昼飯食えねェだろ。」

いつも購買か食堂で飯を食ってるのは知ってる。
小鳥遊はパッと顔を上げた。
その目は先ほどより大きく見開かれていて、口元は口角が上がって愛らしい表情に変わっている。

「ありがとう、ごめんね。でも何でお弁当じゃないの知ってるの?」
「……別にィ。」

上手く誤魔化すことなんて出来ない。
にやける口元を隠すために歩き出すと、俺のシャツの裾を小鳥遊が掴んだ。
ちらりと振り返ると、満面の笑みでにっこりと笑っていた。

「本当にありがとう。」

それだけ言うと裾から手を離し、ひらひらと手を振っていた。
その顔はずりィだろ。
顔がカッと熱くなるのを感じた。
慌てて踵を返してから思い出す。
そういえばスカート……。
振り返ると小鳥遊は自販機の前でしゃがみこんでいた。
それのおかげか、スカートは元に戻っていた。
それに胸をなでおろし、また歩みを進めると後ろからパタパタと駆けてくる音がした。
振り返らなくてもわかる。
いつも聞いている、小鳥遊の足音。

「荒北くん!」

呼び止められて振り返れば、ジュースを片手に小鳥遊が俺の元へ駆けてきた。

「一緒に教室いこう?」

その柔らかな笑みが眩しくて、つい目を背けてしまった。
断らなかったのを肯定と取ったのか、にこにこしながら小鳥遊は
俺の後を小走りでついてくる。
今日くらいは、ゆっくり歩くのも悪くねェな。




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