誘い




仕事の付き合い、そう分っていても飲み会なんてものは好きにはなれない。
職場に女の子が少ないせいか、飲み会のたびに強制参加させられてうんざりしていた。
"タダだから"最初はそんな言葉に乗せられて参加していたそれは、ただのコンパニオン替わりだとすぐに気づいた。
お酌させられてセクハラされるくらいなら、誰も構いたくなくなるまで飲んでやれと思った。
それ以降、私はできるだけ参加しないようにしていたし、参加する時は飲めるだけ飲んだ。
それが逆効果だったのか、年配の上司からは気に入られ余計に誘われるようになってしまった。
そして今日も、そうした飲み会のはずだった。




気がつけば周りには誰もいなくて、私は公園のベンチに座っていた。
明日が休みだからと飲みすぎたのは自覚している。
頭はふわふわするし、まっすぐ歩けない自信がある。
体は鉛のよう重く、動く気がしない。
そんな時、ふと私に影を作った人物がいた。
逆光で顔なんて見えないけど、その声から男の子だということがかろうじてわかる。

「何してんのォ?」

知らない声で呆れたようなその声に返事をすることすら億劫で、私はにへらと笑ってそのまま目を閉じた。




朝日か眩しくて目が覚めると、隣に違和感を感じてハッとした。
知らない男の子が可愛い顔でスースーと寝息を立てているのだ。
昨日は一体、どうしたんだっけ。
ちゃんと家にいることすら不思議でたまらないくらい昨日の記憶がない。
たくさん飲んでから、気づいたら公園で……?
その後は全く覚えていない。
慌てて自分の衣類を確認すると、きちんと部屋着をきていた。
昨日着ていた服は机にきちんとたたんで置いてある。
私の性格からして、畳んでおくなんて面倒なことはしない。
たとえ酔っていたとしても、そんなことはありえない。
ということは。
きっとこの男の子がしてくれたのだろう。
見たところ大学生だろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、顔をしかめてその子は起きた。
少し目をこすりながらも私と目が合うと、ニッと口角をあげる。

「はよ。」
「あ、おはよう……?」

なんでここにいるの、なんて聞けなかった。
おそらく原因は酔っていた私で、迷惑を掛けたんだろう。
今までこんなことは一度だってないけど、昨日の私は特に酔っていた自覚がある。
私は彼に頭を下げた。

「ご、ごめんね。昨日……記憶なくて。」
「ハッ、マジかよ。」

クツクツと笑う彼は、昨日のことを話してくれた。
公園で寝そうになっている私が心配で声を掛けたこと。
そこのあとまともに歩けない私を家まで送ってくれたこと。
……その私が、彼の腕を離さなかっこと。
そのせいで寮に帰れず、ここに泊まったという。
まさか高校生だったとは思わなかった私は改めて頭を下げると、彼はニヤリと笑った。

「別に構やしねェよ。今日は部活もねェし。」
「部活?」
「ロード乗ってんだよ。」

あまり聞いたことのない単語に首を傾げる私に、彼はめんどくさそうにだけど説明してくれた。
今度大きな大会があるというそれは、この箱根で行われるのだという。
昨夜もその練習で遅くまで走っていたらしい。
お詫びに何か差し入れをすると言うと、彼は少し考えてから笑ってこう言った。

「差し入れとかいらねェからァ、レース見にこねェ?」
「え?」
「インターハイ。」

誘ってくれたことにも、その笑顔にも私は射抜かれたようだった。
可愛いと思っていたその顔はいつしか凛々しく見えていて、自分でもフィルターがかかっているのはわかる。
それでもこの思いを止めることなんでできなかった。
職場にいい男性がいないから?
昨日送ってくれたから?
一晩を共にしたのに、手を出されなかったから?
そのどれとも違う、磁石のように惹かれるのを感じた。

「わ、私が行ってもいいの?」
「来て欲しくねェなら誘わねェだろ。」

クツクツと笑うその顔に胸が高鳴る。
4つも年下なのに、こんなのはずるい。
それでも断るなんて選択肢はない。
少しでもいい、彼と過ごせる時間を増やしたい。
私は笑って頷いた。

「行く!絶対行くよ!」
「変な女。」

そう言って笑う彼の頬は少し赤く染まって、何だか少し嬉しそうに見えた。
そんな仕草が私の胸をきゅっと締め付ける。
言えない想いは熱を灯す。
年下の男の子に助けられて、すぐに恋に落ちるなんて。
私はそんなに軽いタイプじゃなかったはずなのに。
今までの私を覆すようなその存在に、私は胸を焦がした。
願わくば彼が、レースで勝てますように。


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