視線の先に/35000Hit記念(マホ様リクエスト)




昔から派手な女の子たちも、うるさい男の子たちも苦手だった。
私は他人にも自分にもあまり興味が持てず、いつも本ばかり読んでいた。
本は良い、楽しいことがたくさんあるし悲しいことだって現実じゃないと割り切れる。
本の中でなら、私は何にだってなれた。
私を裏切ることもない。
そんな私は外に出るのも苦手で、小学校のキャンプでは行きたくないあまり熱を出して休んでしまったほどだ。
出かけるのは学校に行くだけで十分。
あとはずっと読書をして過ごしていたい。
そんな私が選んだのは、通学時間がほぼない寮生活だった。




箱学に入学してからと言うもの、私の生活はとても充実していた。
友達は数える程しかいないけど、みんな付かず離れずのとてもいい距離感で接してくれる。
お互い読書好きなのもあって多少の情報交換もできた。
図書館は大きくてとても充実していたし、新刊の量もとても多い。
それなのに利用している人は少ないのか、リクエストはあまりないらしく私の希望はよく通った。
毎月2、3冊はリクエストした本が増えていて、それが何より楽しみだった。




そんなある日、とても面白い本を見つけた。
今まで読んでいたものとは少しジャンルが違うそれに私は引き込まれ、早く続きが読みたいあまりつい歩きながら本を読んでしまった。
いけないと思いつつも、読むことはやめられない。
早く帰りたいからこそ歩く足も止められない。
そしてしばらくいくと、ドンッと誰かにぶつかってしまった。
慌てて顔を上げて心臓が止まりそうになる。
そこには同じクラスで怖いと有名な荒北くんがいたのだ。

「ってェなァ!どこ見て歩いてんだテメー。」
「す、す、すみません!ごめんなさい!申し訳ありません!本当にすみません!!」

慌てて頭を下げると、頭上から舌打ちが聞こえた。
また怒鳴られるだろうか。
もしかして慰謝料とか請求されちゃったりするんだろうか。
バクバクと鳴る心臓が煩くて息苦しい。
下げた頭を上げられずにいると、目の前にあった足がなくなった。
慌てて顔を上げると、荒北くんは不機嫌そうに歩いて行ってしまった。
見えなくなるほど離れてから、ほっと胸を撫で下ろした。
まさかあんな怖い人にぶつかってしまうなんて。
出来るだけ関わらないようにしてきたのに失敗した。
本は帰ってから読もう。
私はカバンに本をしまうと、急いで寮へ帰った。




自室に戻ってから本を開いたけど、さっきの出来事が忘れられない。
明日怒鳴られたりしないだろうか。
呼び出されて脅されたりしたらどうしよう。
そんな不安が私を襲い、読書どころではなくなってしまった。
友達にも顔色が悪いと心配をかけてしまうほどだ。
何があったのと聞かれても、何とも言いようがない。
荒北くんにぶつかってしまっただけなのだ。
ただあの恐怖はきっと私にしかわからない。
私は布団の中で悶々と思いを巡らせた。
とりあえず謝ろう。
それで終わったことにしてもらおう。
でも、もし何か要求されたら?
嫌な思いばかりが浮かんでは消える。
そうしていつしか、私は疲れて寝てしまった。




翌日、憂鬱な気分で学校へ向かった。
微熱が出ているのもあって休もうかとも思ったけど、今日は小テストがあったはず。
ちゃんと勉強をすることを条件にこの学校に来た私にはどうしてもテストは外せない。
大丈夫、大丈夫。
自分に必死に言い聞かせて教室に入ると、いつもは遅刻かギリギリの荒北くんがすでにそこにいた。
しかも私の机の目の前にいるのだ。
嫌でも視界に入るし、何だかじっと睨みつけられている気がする。
ヘビに睨まれたカエルってこんな気分なのかな……。
憂鬱な気分がさらに酷くなり、何だか気持ち悪くなってきた。
それでも席につかない訳にもいかず、出来るだけ音をたてないように椅子を引いて腰掛ける。
机に教科書類を片付け、いつものように本を取り出して広げた。
ちらりと視線を前方に向ければ、変わらずに荒北くんが立っているのがわかる。
視線が突き刺さるようで、読んでいるはずの話は全く頭に入ってこない。
昨日のことを怒っているのだろうか。
それならそうと、出来れば早く言って欲しい。
出来るだけ早くこの関わりを断ちたいと思うのに私は自分から話しかけることすらできずにいた。
そうして時間だけが過ぎ、教師がクラスに入ってくると荒北くんは自分の席に戻っていった。
ホッと胸をなでおろしたのもつかの間、その時から私の生活は一変してしまった。




休み時間はもちろん、授業中にも荒北くんがいるだろう方向から視線を感じた。
何か言われることはないけど、じっと私を睨みつけるように見ている。
それは周りの子たちも気づいたようで、不思議そうに私に尋ねた。

「荒北くんと何かあったの?すごい見てるけど……。」
「うーん、この前ちょっとぶつかっちゃったくらいなんだけど。その日から何か変で。」
「すごい怖い顔してるけど、ちゃんと謝った?」
「もちろん!すぐに謝ったよ。」

そんな話をしている間も、話題の人は私をじっと見据えていた。
見られていることには一向に慣れず、私は読書が進まないことに悶々としていた。
いつしか私が唯一読書を楽しめるのは寮の自室だけになっていた。
短い休み時間はもちろん、お昼休みに図書室に行ったときだって何故か荒北くんは付いて来て私を見ていた。
荒北くんが授業をサボった日は心が軽くなるほどだった。
一体いつになればこの関係が終わるのだろう。
いっそ、もう一度ちゃんと謝れば……。
そう何度も思うのに、荒北くんと目が合うとそんなことは頭から消えてしまう。
あの目が、私は怖かった。
そうして2か月が過ぎた頃、私はとうとう荒北くんに呼び出されてしまった。
放課後の空き教室、外からは運動部の声が聞こえてくる。
荒北くんは私をじっと見下ろして、小さく舌打ちをした。
そしてとても悲しい声でこういった。

「そんなに怯えんなよ。」

消え入りそうな、あまりにも切ないその声に顔を上げた。
視線の合った荒北くんはとても悲しそうな顔で苦しそうに笑っている。
そんな顔、見るの初めてだよ。
そう思ってからハッとした。
私が荒北くんの顔をちゃんと見るのは、いつ以来だろうか。
こんなにしっかりと彼を見つめたことがあっただろうか。
そんなの考えなくてもわかる。
私は荒北くんとちゃんと向き合ったことなんて一度だってない。
いつも怖くて俯いて、目が合うとすぐに背けて。
ごめんなさい、そう言いたいはずなのに言葉は声にならなくて私はただじっと荒北くんを見上げた。

「やっと俺を見たな。」

眉を下げて、なおも悲しそうな顔で微笑むその姿に胸が苦しくなった。
荒北くんはいつもこんな顔で私を見ていたんだろうか。
こんな悲しそうな顔を私がさせていただんろうか。

「ごめん、なさい……。」

小さく漏れた言葉だったけど、荒北くんはちゃんと拾ってくれたらしい。
目を丸くした後、口角を上げてニッと笑った。
初めて見る荒北くんの笑顔は、いたずら盛りの少年のようで可愛く見える。
だけどその笑顔の意図が分からず私は困惑するばかりだった。
オロオロしている私を椅子に座らせると、荒北くんは前の椅子に体を預けるように座った。
初めて私たちの視線の高さが同じになり、お互いの顔が良く見えるようになった。
荒北くんは机に頬杖をついて私を見つめている。
それが何だか恥ずかしくて少し俯くと、クスリという笑い声が降ってきた。

「いつもそーやって俯いてんのな。」
「えっ?」
「可愛い顔してんのに勿体ねェ。」

悪い癖を指摘されたかと思えば褒められて、一体どんな顔をしていいか分からない。
そんな私を見て荒北くんはとても楽しそうに笑っていて、ますます意図が分からなくなる。
一体私はどうしてこんなことになってしまったんだろう。
呼び出されたのは何のため?怒ってるわけじゃないの?
どうしてそんなに、楽しそうに笑うの?
荒北くんのその姿が、私の気持ちを引きずり込むように私も何だか楽しくなってきた。
本当は怖くないのかもしれない。
そう思い始めた時、また荒北くんと目が合った。

「なぁ。」
「うん?」
「いつも何読んでんのォ?」

何、と言われても”本”としか答えようがないのだけど荒北くんの求めている答えはそれじゃないんだろう。
ジャンルは様々だし、何でも読む。
どう答えるべきか暫く悩んでいると、荒北くんが優しい目で私を見ていることに気づいた。
何だかその視線がくすぐったい。

「えっと……政治物じゃなければ、なんでも。ファンタジーもエッセイも何でも読むよ。最近ハマってるのは異世界推理物で、あり得ないことがたくさん起こるけどそれが本当にあったらいいなぁと思うと楽しくて。なんていうか、ファンタジーの世界に憧れつつもその中で起こりうることを精一杯考える時間がとても楽しくて。でもいつも結果は予想をはるか斜め上を行ったりしてそれがまた面白いっていうか、新しい発見になって次が気になるって言うか。続編が早く読みたいと思いつつも、読み終わりたくないって言う不思議な感覚にさせてくれるお話かな。」

これは私の悪い癖だ。
好きなことになるとつい話しすぎて、相手が興味を失っていることに気づかない。
暫くしてからハッとしたけど、荒北くんは変わらず優しい目で私を見ていた。
それが嬉しい反面むずがゆくて、私はまた視線を落とした。

「あ、えと……荒北くんも、読む?」
「アー……俺はいいからァ。また話聞かせてくれよ。」

そう言って極上の笑みを浮かべるこの人は、本当に荒北くんだろうか。
私の知っている彼と違いすぎて戸惑う。
あれ、でも私は本当に荒北くんを知っていたんだろうか?
ただ怖い、苦手と思って避けていただけだったんじゃないだろうか。
ちゃんと向かい合って話してみた荒北くんはこんなにも優しいのに。
俯く私の顔を覗きこむように荒北くんは机に頭を預けた。
荒北くんから見上げられることなんて初めてで、その感覚に妙にドキドキする。
視線は合ったまま、どちらも口を開くことなく時間だけが過ぎていく。
一体どれくらいそうしていたんだろう。
1分だろうか。それとも5分くらい経ってしまっているんだろうか。
胸がドキドキとうるさくて、もう他の音なんてこれっぽっちも聞こえてこない。
瞬きするのも忘れていた。
視界が霞んだような気がしてやっとそのことに気が付いた。
慌てて目をゴシゴシとこするとハッという笑い声がする。

「やっぱ俯いてろよ。」
「え?」

さっきとは真逆のことを言われて首をかしげる私に、荒北くんは座りなおしてニッと笑った。
お互いの視線は合ったまま、なんだか顔が熱い。
荒北くんはそんな私を見て嬉しそうに笑って、そっと頭を撫でた。
男の子に触れられることなんて初めてで、だけどなんだかその手は私を安心させてくれる。

「他のヤツに見せたくねェから。」

そう言って視線を逸らした荒北くんの耳は夕日のせいか少し染まって見える。
小説の中でしか起こりえなかったことが、今私の目の前で起こっている。
こういうとき、どうしたらいいんだっけ。
何度も読み返したことがあるはずなのに、そんなものは全然思い出せない。
私の中は煩い鼓動と、目の前の荒北くんでいっぱいになっていた。
静かな空き教室に、2人だけ。
いつの間にか荒北くんは私の中で怖いクラスメイトから、気になる人に変わっていた。
そう仕向けたであろう荒北くんの気持ちが、私の方に向いているかもしれないなんて。
前の私では考えられなかったけど、今ではそうかもなんて淡い期待を抱いてる。
いつか気持ちを伝えられる日が来たら、荒北くんはどんな顔をするだろう。
私が荒北くんに先を越されるのは、もう少しだけ先の話。


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マホ様より「大人しくてインドア、文学少女な夢主ちゃんと荒北さん」ということで書かせて頂きました。
どんな夢主ちゃんにしようか悩んで、人付き合いが苦手な引っ込み思案な子にさせて頂きました。
お気に召して頂ければ幸いです。
リクエストありがとうございました!


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来てくださる全ての方へ
35000Hitありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します。


カウンター記念


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