スイカズラ-1-

※視点が途中入れ替わります。

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+夢主視点+



やっちゃんと私は家が隣同士だったこともあり、小さなときから兄妹のように育った。
母親同士も仲が良かったし、何よりやっちゃんが私のお兄ちゃんにとても懐いていたからだ。
幼少時の記憶にはいつもやっちゃんがいて、それが当たり前だった。
小学校に上がって、やっちゃんはお兄ちゃんの影響で野球を始めた。
素質があったのか、やっちゃんはメキメキと上達していった。
気が付けば上級生相手でも負けないくらい、やっちゃんは強くなっていた。
そんなやっちゃんに憧れて、私もソフトボールを始めた。
元々お兄ちゃんたちと遊びでやっていたこともあり、私はすぐにレギュラー入りすることが出来た。
お互い似たスポーツに打ち込んでいたこともあり、やっちゃんと私はますます仲良くなった。
中学に上がって、お互いすぐにレギュラー入り出来たことに抱き合って喜んだ。
高校はスポーツ推薦で入れるといいね、なんてよく話していた。
やっちゃんが怪我をしたのは、そんな時だ。
野球部のOBだったお兄ちゃんから聞いた話だと、肘を故障したのだという。
私は慌ててやっちゃんの家のインターホンを鳴らした。

「雛美です!やっちゃんいる?」
「ごめんね、靖友は部屋に籠ってて……雛美ちゃんがきたこと伝えておくから。」
「おばちゃん、やっちゃん大丈夫なの?」
「まだ、ちゃんとはわからないの。ごめんね。」

インターホン越しに聞いたおばちゃんの声は元気がなくて、やっちゃんの怪我が深刻なんだと感じた。
それから数日の間、やっちゃんは学校を休んでいた。
野球部の子に聞いてもそれ以上の情報を得ることが出来ずに、私は毎日やっちゃんを訪ねた。
そうして一週間が経った頃、やっとやっちゃんが家から出てきてくれた。
いつも以上に鋭い目つきに、イライラしたような仕草が心に刺さる。
それでもやっちゃんに会うことが出来て、私は嬉しかった。
やっちゃんの部屋に入れてもらい向き合うと、嫌でも目に入る包帯。
私は聞かずにはいられなかった。

「やっちゃん、肘……。」
「故障したンだよ。」

素っなく放たれたその言葉が、胸にグサリと刺さった。

「そんな、言い方しないで。やっちゃんは壊れたりしないもん。」
「壊したっつってンだろーが!もう俺は野球なんて出来ねェんだよ!」

怒鳴りつけるようにそう叫んで、やっちゃんはベッドに横になった。
その背中がとても寂しく見えて、私はそっとさすった。

「野球の世界では、怪我を故障って言うのかもしれない。だけどさ、そんなモノみたいな言い方……私はやだよ。」
「ッセ。」
「リハビリしてるっておばちゃんが言ってたよ。頑張ってるんだね。」
「だから何だよ。」
「やっちゃんが早く良くなるように、私祈ってるから。」

いつも以上にそっけないその態度に、思わず涙がこぼれた。
泣いていいのは私じゃない。
泣きたいのはやっちゃんの方なのに。
私はその涙を止めることが出来ず、小さく謝って部屋を出た。
扉の向こうから”もう来んな”という声が聞こえた。
泣いちゃってごめんね。
今度はもっと、ちゃんとやっちゃんの役に立てるようになってくるから。
私はそう誓ってやっちゃんの家を出た。




それからやっちゃんは学校にくるようになった。
でも授業はサボりがちで、先生たちからの評判はガタ落ちだった。
あちこちで野球部の子がやっちゃんをからかったり、陰口を言っているのを耳にした。
その度に私は胸が締め付けられた。

「荒北、調子乗ってやりすぎなんだよなぁ。」
「もうピッチャー出来ねェんだろ?」
「故障だってな。」

そんな言葉があちこちで飛び交う教室に、やっちゃんが居たい訳がない。
私はそれを聞くたびに吠えてかかった。

「人の怪我を故障なんて言い方しないで!やっちゃんはモノじゃない!」
「小鳥遊には関係ないだろ。」
「あんたたちがそんなんだから……だからやっちゃんはっ……!」

野球部にやっちゃんの帰れる場所なんてない。
クラスにも野球部がいる以上、やっちゃんはずっと肩身の狭い思いをし続ける。
それが苦しくて、つらくて、やっちゃんのことを考えるたびに私の目からは涙がこぼれた。
泣き落としがしたい訳じゃない。
だけど高まり過ぎた感情は行き場を失って涙に変わってしまう。
何度もそうして吠え続けたおかげか、クラスでやっちゃんを悪く言う人はいなくなっていた。
その代りに”荒北の陰口を言うとと小鳥遊に泣かれる#と言った妙な噂が残ってしまった。
でもそれでやっちゃんを守れるならいいと思った。
これならやっちゃんがいつでも帰ってこれると思った。
でもそれは、大きな間違いだった。




やっちゃんが学校に来てからしばらく経って陰口も消えたころ、私は毎日やっちゃんを探していた。
気を抜くとすぐにフラフラと教室を出て行ってしまう。
行く場所は学校内ではあったけど、特定の場所があるわけじゃない。
ある日、やっちゃんを野球部の部室前で見つけた。
声をかけようとして言葉を飲み込んだ。
やっちゃんが、泣いている。
顔をしかめて声を押し殺して泣く姿は、見たことがないものだった。
野球が出来なくなって悔しいのは私じゃない。
そんなのわかっていたはずなのに、その涙に驚いた自分に呆れた。
私はハンカチを取り出すと、やっちゃんに差し出した。

「使って。腕で拭うと赤くなるから。」

黙って受け取ったやっちゃんはゴシゴシと力任せにその涙を拭った。
そして私に向き直ると、キッと睨みつけた。

「お前、マジなんなの。」
「え?」
「毎日毎日、マジ迷惑。」

突然の言葉に、思考が止まる。
私はただ、やっちゃんに授業に出てほしかっただけだ。
でもそれが負担になっていたなんて考えもしなかった。

「お前なんてソフトだけやってりゃいいだろうが。」
「あ、あの」
「オメー見てると野球思い出してイライラすンだよ!もう俺に構うんじゃねェよ!」

やっちゃんはそう告げると、またどこかへ行ってしまった。
私は茫然とそこに立ち尽くしてしまった。
まさか自分の部活がやっちゃんを傷つけている何て考えもしなかった。
護りたい人を自分が傷つけているなんて……。
私はその場に泣き崩れた。
やっちゃんと一緒だと楽しくて嬉しくて、いつも笑っていられてそれが幸せだった。
スポーツという共通の話題に夢中になり過ぎて、私は気がつかなった。
一体いつから、私はやっちゃんのことが好きだったんだろう。
拒絶されて初めて気づいた。
これは信頼を失った悲しみなんかじゃない。
もうやっちゃんが私に笑ってくれないかもしれないという痛みだ。
考えれば考えるほど、私の中はやっちゃんでいっぱいだったと気づかされる。
好き。大好き。何より大切だったのに。
もう言葉を交わすことさえ出来ないかもしれない。
やっちゃん、ごめんね。
私は心の中でそう謝り続けた。
そしてその日、私はソフトボールをやめた。




その数日後、おばちゃんが教えてくれた。
やっちゃんがもう前みたいに野球が出来ないこと。
それ故に野球をやめてしまったこと。
玄関には大事にしていたはずのグローブやバットがゴミ袋に入れられていた。
私はおばちゃんにお願いして、やっちゃんのグローブをもらって帰った。
誰の目にも触れないように、私はそれをクローゼットに隠した。
想いを伝えることはしない、だからせめてやっちゃんが幸せであるようにと、私はそう願った。




ソフトをやめてから、たくさんの時間が出来てしまった。
部活に打ち込んでいたはずの時間を持て余して、あちこちで歩いた。
公園、コンビニ、ショッピングモール。
時々ゲーセンを覗くと、やっちゃんを見かけた。
私の顔も見たくないかもしれないと思い、そういう時は私は来た道を引き返した。
三年になればクラスも変わり、関わることは一切なくなってしまった。
これでいいんだ。
家が隣のせいで時々顔を合わしてしまうことはあったけど、私は出来る限りそうならないよう努めた。
そんな時、たまたま外に出るタイミングがかぶってしまって玄関先でやっちゃんとかち合った。
私は忘れ物を取りに戻るふりをして家に戻ろうとしたが、その前にやっちゃんに呼び止められてしまった。

「おい。」
「なっ、なに?」

突然のことに少し裏返る声。
それでもやっちゃんは構わずに言葉を続けた。

「ソフト、やめたって聞いたんだけどォ。」
「あーうん。」
「お前くらい上手かったらスポーツ推薦も行けたんじゃねェの。」
「そんなに上手くないよ。それに……。」

”やっちゃんが野球を諦めたから”なんて言ったらきっと重荷になる。
私は言おうとした言葉を飲み込んで、必死に笑う。

「部活でモメたりするのがもう嫌になっちゃって。だから、もういいの。」
「ゼータクな悩みでやめてんじゃねェよ。」

やっちゃんはそう言い残して、どこかへ行ってしまった。
贅沢な悩み、か。
怪我で断念せざるを得ないやっちゃんには、私の本当の理由も贅沢な悩みなのかもしれない。
だけどね、やっちゃん。
私はやっちゃんに嫌われるのが何より辛い。
今やっちゃんが心穏やかに過ごせてるといいなぁ。
そう思いながら私は家を出た。





それからはまた、やっちゃんと関わることなく毎日を過ごした。
受験が始まると時間なんていくらあっても足りなくて、毎日必死に勉強した。
どうしても辛くなったときはこっそりクローゼットからグローブを取り出してぎゅっと抱きしめた。
好きだと伝えないと決めたはずの想いは私の中からなくなることはなくて、ずっと熱い炎を灯したままだった。
そうしてなんとか受験を終え、私は志望校に合格することが出来た。
そんな私がやっちゃんの進学先を聞いたのは、もう春になってからだった。
遠い私立に行ったやっちゃんは、寮生活になったという。
”会えない距離”と言うものが私を叩きのめした。
今までは話せなくても時々会うことが出来た。
これからもずっとそうだと思っていたのに。
調べてみるとそこは野球部のない学校だということがわかった。
やっちゃんは野球からも、ソフトをやっていた私からも逃げたかったのかもしれない。
そう思うと妙に納得できた。
これで良かったのだ。
やっちゃんが幸せな高校生活を送っていますように。
私はそう願わずにいられなかった。





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+荒北視点+



中学で故障したとき、人生が終わったと思った。
これで食ってくんだと小さなころから決めていたし、誰より練習した。
それなのに、故障。
”リハビリすれば少しは投げられるようになる”という医者の言葉を信じたが、医者の言う”少し”と俺の求めるレベルは違いすぎた。
当然、前のように野球をすることなんて出来ない。
短い人生だったと、そう思った。
野球だけが生きがいだったのに、こんなポンコツになっちまった俺には何もねェ。
からかいの言葉も陰口も、嫌でも耳に入ってくる。
そんな中一人だけ、俺の為に吠えるヤツがいた。
幼馴染の雛美は、陰口を言うやつらにいつも吠えかかっていた。
”やっちゃんの怪我を故障なんて呼ぶな”と泣きながら怒っているのをよく見かけた。
ただそれがその時の俺にはやけに胸に刺さった。
俺はもうどうしようもねェんだよ。
ガラクタになった俺に構うんじゃねェよ。
その時はただ、雛美がウザくて仕方がなかった。
一人になりたいからと教室を出ればいつも付いてきては連れ戻された。
部室に自分の荷物を取りに行こうとして、足が止まった。
あそこには野球道具しか入っていない。
もう俺に必要のないものばかりなのに、取りに行く必要なんてあるんだろうか。
そう思うと涙がこぼれた。
悔しい。
何で俺が。
誰よりも努力しただろ。
なのになんで。
何で俺なんだよ。
行き場のない怒りから噛みしめた唇は切れたのか鉄の味がする。
そんな時、目の前にハンカチが現れた。
こんなことするヤツは決まっている、あいつしかいない。
俺はそれを受け取って涙を拭った。
泣いているのを見られた恥ずかしさと、自分の情けなさと、先ほどの行き場のない怒りから俺は八つ当たりをした。
本当は雛美がソフトをしているのが羨ましくて仕方がなかった。
ただ野球がしたかった。
それでも俺を責めることのない雛美に俺は言葉を吐き捨ててその場を去った。
雛美がソフトをやめたと聞いたのは、それからずいぶん経ってからだった。
自分のせいかもしれない、という思いが拭えずに一度だけ聞いたことがある。
だけど言葉を濁した雛美は作り笑いを浮かべた。
疑念が確信へと変わった。
だけど今更、どうすることもできない。
俺はまた言葉を吐き捨てて、その場を去った。


後悔はしていた。
謝りたいと思っていた。
だけどそれを口にすることが出来なかった俺は、そのまま逃げるように箱根学園へ入学した。
野球からも、雛美からも俺は逃げてしまった。



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