にわなずな-1-(にわなずな様リクエスト)




自分にないものほど輝いて見える。
持ち合わせてないものに惹かれるのは人間の性だろうか。




夏休みに入ったというのに、自転車部にはろくに休みがない。
申請すれば休むこともできるが、休めば休むだけ置いていかれるだけだ。
そんなことができる奴は殆どいない。
そのおかげで、毎日野郎だらけの夏を過ごしていた。
そんなある日、練習は午前のみだったこともあって部屋で寛いでいるとノックもなしに新開が部屋に入ってきた。

「靖友!祭りへいかないか!」
「テメーノックくらいしやがれ!」
「それより聞いてくれよ。」

そう言って広げられた紙には"花火大会"の文字がある。
俺は眉間にシワを寄せた。

「行かねェ。」
「何か用事でもあるのか?」
「男だけで行って何が楽しいンだよ。」
「寿一は行くって言ってたぞ。」
「なっ……。」
「靖友も誘うって言ったら嬉しそうにしてたんだけどなぁ。」

チラチラとこちらを伺う新開はとても楽しそうだ。
つられるのも癪だが、福チャンが行くなら仕方が無い。
俺はその申し出を飲んだ。




夕方から集まるというので玄関に向かうと、先に来ていた新開が気づいて手を振っていた。
誘うと言っていた藤堂の姿が見えず、遅刻かと聞けば姉の付き添いを頼まれたのだという。
現地で会うだろう、そんな会話をして俺たちは寮を出た。




会場はそれ程遠くないせいか、少し歩けばちらほらと浴衣姿が目に入る。
それは街全体をいつもと違う雰囲気にしていて、嫌でも少しわくわくしてきた。
花火なんて観るのはいつぶりだろうか。
そう思っていると、辺りから香ばしい匂いが漂ってきた。
前方にはたくさんの屋台が立ち並び、まだ早い時間だというのに人で溢れていた。

「靖友!俺焼きそばとお好み焼きとたこ焼き買ってきていいか?」
「粉モンばっか食ってんじゃねェ!」
「俺はりんご飴を……。」
「ハイハイ、福チャンはちょっと待っててねェ。りんご飴もうちょい先だからァ。」

あちこちへ散りそうな2人を抑えつつ進むとさらに人が増えてきた。

「靖友、フライドポテトならいいか?」
「炭水化物ばっか食ってんじゃ……。」

そう言いかけた時、前方に何やら不穏な雰囲気を感じた。
俺は新開を抑えていた手を離してそちらに歩みを進める。
最初は人ごみの影に隠れてわからなかったそれは、近づくにつれたちの悪いナンパだと気づかされた。
柄の悪そうな男が2人、浴衣姿の女に絡んでいる。

「なぁ、花火なんてどうでもいいじゃん。俺らともっと楽しいとこ行こうぜ。」

嫌がる女を無理やり引っ張るようにする姿に、俺は思わず立ちはだかった。

「オイ、俺の連れに何してンだよ。」

ガンを飛ばしただけで少し怯むあたり、力に自信はないらしい。
それに追い打ちをかけるように、追いついた福チャンと両手に食べ物を抱えた新開が合流する。

「荒北。」
「靖友、どうした?」

俺と違いガタイのいい二人をみて、そのナンパ男は舌打ちしながらどこかへ行ってしまった。
いつもならこんなことをすることはないが、この楽しい気分を害される気がして体が動いてしまった。
そのまま福チャンたちと屋台めぐりに戻ろうとすると、後ろから弱々しく声をかけられた。

「あ、あの……ありがとうございます。」

振り返ると、声の正体は先ほど絡まれていた浴衣の女だった。
顔を真っ赤にしたまま俯くその姿に顔は見えないが、どこか艶めかしさを感じる。
綺麗に纏めあげられた漆黒の髪には鮮やかな簪が添えられ、それによく似た色の浴衣には秀麗な金魚が数匹描かれている。
一目見ただけでそのあたりで買える安物ではないと感じさせられた。
ふっと顔をあげたそいつは、その浴衣に気おくれしない程整った顔立ちをしていた。
思わず息をのんだ。
まさしく”日本美人”と言った顔立ちは質素すぎるわけでもなくとても艶やかだ。
鮮やかな浴衣がそれをさらに際立たせていて、他の浴衣姿の女が陳腐に見えるほどだった。

「別にっ……何もしてねェし。」

歩みを止めた俺につられて振り返る福チャンたちが俺を見ているのが妙に恥ずかしく感じてついそう返してしまった。
それでもそいつは顔を真っ赤にしたまま、にこりと笑う。
それはまるでどっかの絵画にでもなっていそうだ。

「あの、お名前を……。私、小鳥遊雛美と申します。」
「荒北、靖友。」
「荒北さんですね。何かお礼をしたいのですが……。」
「別に何もいらねェし。」
「ではせめて、学校を教えてください。」

こんな女と会話をしている自分が信じられない。
普段なら絶対にかかわることのないタイプに、頭が混乱する。
何も言えずに黙る俺の代わりに、新開が答えてしまった。

「俺たちは箱根学園の生徒だよ。」
「箱根学園!ありがとうございます。後日改めてお礼に伺います。」

柔らかに微笑む小鳥遊の申し出を断ることが出来ず、俺は頷いてしまった。
それを見た小鳥遊はまた嬉しそうに俺に笑いかける。
柔らかな物腰に、丁寧な言葉づかい。
それにとても合う、優しい笑顔。
その全てに心を持って行かれたような感覚に陥った。
今すぐにでもこいつから離れないと取り返しがつかなくなりそうだ。
俺は軽く別れを告げて、福チャンたちとその場を後にした。




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カウンター記念


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