選択肢-2-(にわなずな様リクエスト)




土曜日の朝、私はいつもより早く目が覚めた。
楽しみで昨日も中々眠れなかったのに、映画館で眠くならないといいんだけど。
そう思いながらも顔を洗うと、思ったより眠気はなくむしろ頭はとてもクリアだ。
去年買ったのに、受験前だなんだと着る機会がなかったワンピースに身を包むと一気に心は浮かれてくる。
今日はユキちゃんと荒北先輩とお出かけなのだ。
せっかくのお休みなのだ、映画以外にも何かできたらいいな。
前にユキちゃんが買ってくれた蝶のヘアピンを付けて、少し色のつくリップを塗る。
化粧と言うほどではないけど、自分なりに出来る限り着飾って私は寮を出た。





外に出ると、約束の時間より15分も早いというのにユキちゃんが待っていてくれた。
私に気が付くと優しく笑って、手を振ってくれる。

「ユキちゃん!おはよう。」
「ん、おはよ。」

遠慮がちに頭を撫でてくれる手は、髪型に気を使ってくれるのだろう。
ふと手が止まったかと思うと、ユキちゃんの頬が少し染まる。

「それ、使ってくれてんだな。」
「もちろん、すごくお気に入りだよ。落としたりするのが嫌で学校とかではつけないけどね。」

覚えていてくれたことがとても嬉しい。
久しぶりに見るユキちゃんの私服は相変わらず質素だけど、ルックスがいいからかすんなり着こなしてしまうのが羨ましい。
少しして、荒北先輩もやってきた。
私を見るなり、上から下までジロジロと眺められて何だか恥ずかしい。
おかしな恰好はしてないはずなんだけど。
俯いた私の右手を取ると、荒北先輩は歩き出した。

「おう、じゃぁ行くかァ。」
「えっ、あ、はいっ。」

引っ張られて若干バランスを崩した私をユキちゃんが支えてくれて、今度は左側の手を握られる。
誰かと手を繋いで歩くなんて久々で、少し恥ずかしい。
でもそれ以上に、高身長の2人に挟まれてまるで私は両親と手を繋ぐ子供のようだ。

「ねぇ、これなんとかならない?子どもっぽいんだけど……。」

2人は顔を見合わせて、ニッと笑う。
手を放してくれない辺り、何を言っても無駄だろう。
私は諦めて2人と手を繋いだまま歩き出した。




映画館につくと結構な人で賑わっていた。
そういえば恋愛ものが今日から上映スタートだった気がする。
チケットを買ってきてくれるというユキちゃんを見送って、私は荒北先輩とポップコーンを買いに行った。

「何がイイ?」
「あ、私ジュース1つ飲みきれないからユキちゃんと半分こにします。だからジュースは2人分で大丈夫です。」

そう伝えると荒北先輩は目を丸くしてから、小さく舌打ちをした。
幼馴染だからと言って、同じジュースを半分こはみっともなかっただろうか。
俯く私の前に、バケツサイズのポップコーンが差し出された。

「ほら。」
「あ、ありがとうございます。」

お金を出そうとすると断られ、そのまま人の少ない場所に移動した。
ユキちゃんはまだ終わってないらしく、チケット売り場の列にいるのが伺えた。
ポップコーンを一つ口に含むと、バターの香りと程よい塩気に頬が緩む。
すっごく美味しい。
もう一つ、と思って手を伸ばすと荒北先輩が口を開けて近づいてきた。

「ん。」
「えっ。」
「俺にもくれよ。」

荒北先輩の手には二人分のジュースが握られていて、手が自由にならないからだろうか。
それにしても”あーん”は恥ずかしい気もする。
どうしようか迷っていると、指ごと食べられてしまった。

「えぁ!?」
「なんつー声だしてンだよ。」

クツクツ笑う荒北先輩はとても楽しそうで、いつもと服装が違うからか余計にドキドキする。
また口を開ける荒北先輩に、今度は指ごと食べられないようにそっとポップコーンを放り込んだ。
そんなやり取りを何度かしていると、ユキちゃんがチケットを持って戻ってきた。
先ほどのやり取りを見られたのか、ユキちゃんまで口を開けてくる。

「ユキちゃん手空いてるじゃん、自分で食べなよ。」
「汚れるから食わせて。」
「私は汚れてもいいっていうの?」
「もうバターついてんじゃねぇか。」

ぷーっと頬を膨らませる私に、ユキちゃんはクスクス笑う。
何かもう、二人とも子供みたい。
そう思いながらもポップコーンを放りこむと嬉しそうに笑うのだからずるい。
次々と口を開ける2人にポップコーンを詰め込んでいると、開場のアナウンスが流れた。
もうすでに半分くらい食べてしまったポップコーンを見て笑いながら、私たちは中へ入った。




どうして、こうなってしまったんだろう。
ジュースがユキちゃんと半分こだからとユキちゃんの隣を希望したら、何故か私が真ん中になってしまった。
その上、二人とも私側の肘置きを使っているせいで両サイドが狭いったらない。
館内の照明が落とされ暗くなると、さらに身動きが取り辛く感じた。
ユキちゃんの腕をぐいぐいと押しやっていた手は絡め取られて繋がれてしまったし、荒北先輩の手は肘置きからずれて私の膝の上に乗っている。
ユキちゃんは時々繋いだ手に力を込めてきてドキリとさせられるし、荒北先輩の手は時々私の足を撫でるように動くから心臓に悪い。
振り払うのも悪い気がして、結局私はそのまま映画を観ることにした。
暫くして映画も後半に差し掛かり、泣いてしまいそうなシーンが次々と映し出される。
私も目頭が熱くなり鼻がツンと痛んできた。
ハンカチを、と思い視線を画面から逸らすと隣から鼻をすするような音が聞こえてきた。
チラリとそちらを見れば、荒北先輩が唇をぐっと噛んで鼻をすすっている。
明らかに私よりハンカチが必要そうなその顔に、私は取り出したハンカチを荒北先輩の膝の上に乗せた。
視線を画面に映すと、耳元で小さく”悪ィ”と囁かれて体がビクッと動いてしまった。
吐息の当たった耳が熱くて、もう映画どころではない。
相変わらず膝に置かれた手は時折私の足を撫でているし、どうしていいか分からない。
結局最後の方は頭に全く入ってこなかった。
上映が終わり館内に照明が戻ると、荒北先輩の手もユキちゃんの手もあるべき場所へ帰っていった。
私は赤い顔がバレないように、感動して泣いたふりをして誤魔化した。




外へ出ると、その明るさに目が眩んだ。
ユキちゃんも荒北先輩も少し目元が赤くなっていて、泣いていたのだとわかる。
子供っぽいチョイスだったけど、はずれではなかったらしい。
それを純粋に楽しめなかったことは少し残念だけど、二人が楽しんでくれたのでよしとしよう。
どこかでご飯を食べようか、と歩き回っていると可愛い雑貨屋さんが目に入った。
少し歩みを緩めた私に気づいたユキちゃんが、顔を覗きこんでくる。

「入るか?」
「え、あ。大丈夫!荒北先輩もいるし、ご飯いこ?」
「ア?別に構やしねェけど。」
「でも……。」
「気に入ったのあったら買ってやるよ。」

その甘い誘いを私は断ることが出来なかった。
アンティーク調の少しファンシーなお店は2人には入りづらいだろうと思っていたのだけど、気にせず一緒に入ってくれたことが嬉しい。
あれこれと見ていると、ユキちゃんが蝶がモチーフになったアンクレットを持ってきた。

「これ、ピンと合ってて似合うと思うけど。」
「ほんとだ、可愛い!ユキちゃんはいつも蝶の選んでくれるよね、蝶々好き?」
「好きっつーか……雛美っぽいだろ。」

”ふわふわひらひら、どっかいっちまいそうで”
決してそんなことはないと思うんだけど、ユキちゃんには私がどう見えているんだろう。
そんなやり取りをしていると、荒北先輩が私の手元を覗き込んでチラリと髪に視線を移す。

「ナニ、そのピン黒田に貰ったのォ?」
「あ、はい。受験頑張ったご褒美にって。」
「ふーん。」

つまらなそうに唇を尖らせた荒北先輩は、近くにあったペンダントを手に取ると私に差し出した。

「こっちのが雛美チャンっぽいけどォ。」

それは首に赤いリボンを巻いた白猫がモチーフになっている。
小さな紅い石がちりばめられていて、猫の白さとマッチしていてとても可愛い。

「わ、それすごく可愛いですね。私っぽいかどうかはわからないけど……。」

そう言って苦笑する私からペンダントを奪うと、荒北先輩はニヤリと笑ってレジへ行ってしまった。
まさか、と思った時にはもう遅くて、小さなリボンのついた紙袋を片手に荒北先輩は戻ってきた。

「やんよ。」
「え、でもっ。」
「俺が持ってても仕方ねェだろ。」

確かにとても可愛くて気に入っていたし、買おうかなと思っていた。
でも突然のプレゼントを素直に受け取ることが出来るほど私は状況が飲み込めていなかった。
荒北先輩と押し問答している間に、ユキちゃんも何やらレジに行っていたらしく同じ小さなリボンのついた紙袋を持ってきた。

「これもやる。」
「え、でも誕生日でも何でもないのに?」
「いいから。」

開けなくてもわかる、それはさっきのアンクレットだ。
半ば押し付けられるようにして受け取ってしまったのを見て、荒北先輩も私のカバンに紙袋を放り込んだ。

「え、ちょ、2人とも!」
「「いいからもらっとけ。」」

綺麗にハモったその言葉につい笑ってしまう。
混雑とまではいかないまでも、他にお客さんもいるお店の中。
店には不釣り合いな二人の男の子と押し問答をしている私は目立ってしまっていたらしく、気づけば周りの人がチラチラとこちらをうかがっている。
それに気づいて急に恥ずかしくなり、私は2人の手を引いて店を出た。




暫く歩いて、美味しそうな匂いに鼻を擽られた。
それは二人も同じだったようで、顔を見合わせて笑う。
匂いの元は和食屋さんで、焼き魚や煮物のおいしそうな匂いが店内のあちこちから漂っている。
お店の端にあった円卓に座ると、メニューを広げる。
どれもとても美味しそうだ。
それぞれ好きな物を頼むと、私はさっきもらった紙袋を鞄から取り出した。
もう断ることはしないけど、中身を出して改めて二人を見る。

「これ、ありがとうございます。つけてもいいですか?」
「雛美が敬語なの変な感じすんだけど。」
「だって荒北先輩にももらってるから。」
「何なら俺がつけてやろっかァ?」

そう言いながら荒北先輩は私の手からペンダントを受け取ると、そっと首に回してつけてくれた。
最初ひんやりとしたその感覚にびっくりしたけど、次第にそれは自分の体温と交わっていく。
”ありがとうございます”と笑ってお礼を言うと、ユキちゃんはアンクレットを手に私の前にひざまずいた。

「俺もつける。」
「え、あ、ちょっと!」

制止もむなしく、ユキちゃんは私の足を自分の膝に乗せて器用にアンクレットをつけてくれた。
幸い今日はサンダルを履いていたこともあり、キラキラと光るそれはよく映えてとても可愛い。

「あり、がと。」
「ん。」

ユキちゃんは満足そうに笑うと、椅子に座りなおした。

「何だか今日は、至れり尽くせりだね。」
「そうか?」
「王子様が二人いるみたい。」

そう言って笑うと、二人は顔を見合わせた。
目を丸くした二人が似て見えて、私はついクスクスと笑ってしまった。

「王子様、ねェ。」
「あれ、ご不満ですか?」
「別にィ。ところで雛美チャン、彼氏いねェんだって?」

その言葉にドキリとする。
まさか荒北先輩が気になってます、なんて言えるわけないし。
ユキちゃんにヘルプを求めると、目を逸らされてしまった。

「彼氏、はいたことないですね。ハイ。」
「”彼氏は”ってどういうことォ?」
「何ていうか、いつもユキちゃんと一緒だったから勘違いされることも多くて……ユキちゃんと塔一郎くん以外とはあまり関わりがなかったというか。」

今までは気になる人もいなかったし、別にそれでよかった。
あれこれと恋バナに花を咲かせるよりもユキちゃんたちとの気楽な付き合いが楽しかったからだ。
ただ今は少し違う。
でもそれをどう説明していいかもわからず、私は核心に触れないように慎重に言葉を選んだ。はずだった。

「黒田は勘違いされてる方が便利だったんじゃねェの。」

その言葉に、ユキちゃんが荒北先輩を睨む。
意味が分からずユキちゃんを見るけど、私の方を見てはくれない。
ユキちゃんの睨みに怯むことなく、荒北先輩は涼しげな顔で続けた。

「ま、別に黒田がどう思ってようと関係ねェけど。雛美チャンさァ、俺と付き合わねェ?」
「へっ?」
「な、荒北さん!」

思いがけない言葉に変な声が出てしまう。
慌てるユキちゃんを、荒北先輩はクツクツと笑いながら見ている。
意味が分からずぽかんと口を開ける私にユキちゃんは向き直った。

「雛美、俺と付き合え。」

頭がプスプスと音を立てて煙を出している気がする。
え、何?どういうこと?
ユキちゃんは顔を真っ赤にして怖い顔をしているし、荒北先輩は楽しそうに笑っている。
この二人は一体何を考えているんだろう。
ドッキリにしてはたちが悪い。
返事が出来ずにいると料理が運ばれてきてしまった。
気まずい空気のまま食事が始まってしまったけど、味何て分からない。
何とか食べ終えたけど頭の中はさっきのことがグルグルとループしている。
荒北先輩のことは好きだ。多分恋愛感情だと思う。
だけど荒北先輩と付き合うということはユキちゃんを蔑ろにするようで心が痛い。
一体いつからユキちゃんはそう思っていたの?
知らなかったのは、私だけ?
そう思うと、涙が溢れてきてしまった。

「雛美?」
「ご、ごめっ。私、バカだからぁ……もう、よくわかんなっ……。」

口を開けば漏れる嗚咽に情けなくなってきた。
ここにいるのが辛い。
私はユキちゃんに財布を押し付けた。

「ごめ、外の空気吸ってくるから。ほんと、ごめっ。」

荒北先輩に頭を下げて、私は店を後にした。




少し歩いて広めの公園のベンチに腰かけた。
気温が高いこともあり、公園は静かだった。
ぼんやりと最近のことを思い出した。
ユキちゃんと塔一郎くんがいて、部活を見に行って。
荒北先輩と知り合って、気になり始めて。
ユキちゃんに付き合えと言われた時よりも荒北先輩の時の方が嬉しく思ったのは、たぶんそういうことなんだろう。
どんな顔をしてユキちゃんに会えばいいか分からない。
ユキちゃんのことは大好き、だけどそれは幼馴染以上のものにはならない。
それを伝えなければならないのに、私は言葉にすることが出来ない。
胸が締め付けられるように痛い。
ユキちゃんはきっともっと辛いだろう。
そう思うと、何とも言えない気持ちになった。
溢れる涙をそのままにしていたら、遠くから誰かが走ってくる。
目を閉じてもわかる、あれはユキちゃんだ。
音のする方へ顔を向けると、息を切らしたユキちゃんが私を抱きしめた。

「雛美っ。」

心配をかけたんだろう。
私を抱きしめたユキちゃんの手は震えていて、私がいることを確認するようにゆっくりと離れた。
必死に笑って見せたけどそんなものは長続きしない。
次第に溢れてくる涙をユキちゃんは腕で強引に拭った。

「ユキちゃん、ごめん。私もうどうしていいかわかんなくて。ごめんなさい。」
「細かいことばっか気にしてんじゃねぇよ。いいから、思ってること言えよ。」
「それが、誰かを傷つけることがわかってても?」
「それは雛美が決めることじゃねぇから。」

ユキちゃんは私の頭を優しく撫でてくれる。
それに促されるように、私はさっき考えていたことを少しずつ話した。
ユキちゃんは時折相槌を打ちながら、最後に小さなため息をついた。

「やっぱりな。」
「うん?」
「こうなるような気ぃしてたんだよ。」

”ずっと俺のだと思ってたのに”そう言ってユキちゃんは困ったように笑う。
知らなかったのは私だけだったのかもしれない。
それが余計申し訳なくて俯く私の頭を、ユキちゃんは軽く叩いた。

「落ち込んでんじゃねぇよ、バカ。」
「だって……。」
「俺諦める気ねぇから。」

そう言ってユキちゃんはニッと笑う。
すると後ろからハッという笑い声が聞こえる。

「俺も譲る気ねェからァ。」
「あ、荒北せんぱっ、いつからっ。」
「黒田が慰めてるあたりィ?」

ほぼ全部聞かれていたことに赤面する私見て二人が笑った。

「”俺の”幼馴染っすから。」
「”俺の”彼女だからァ。」

そう言って挑戦的な目でお互いを見る姿は部活の時のそれと似ていて、私もつい吹き出してしまった。
次の瞬間荒北先輩にぐいっと引き寄せられて、その近さに息を飲む。

「奪えるもんなら奪ってみろ。」

ニヤリと笑う荒北先輩は、いつになく楽しそうだ。
それに応えるユキちゃんもクスリと笑って、私の腕を引いた。

「覚悟しといてくださいよ。」

こんな二人といたら、身が持ちそうにない。
それでも思っていたよりもユキちゃんが元気そうでホッとした。
この先どうなるかなんてわからないけど、いつかこのことを笑って話せるようになるといいな。


ユキちゃんが黒猫と呼ばれるようになったおかげで、荒北先輩にオオカミのペンダントをプレゼントされるのはもう少し先のお話。


*******************************
にわなずな様より
黒田くんと幼馴染の夢主が荒北先輩を好きになる。
そして黒田くんと荒北さんが夢主を奪い合うお話。
ということで、ちょっと優柔不断な夢主ちゃんを書かせて頂きました。
結局1話で書ききれなかったので2話に分けさせて頂きました…毎度毎度申し訳ないです。
楽しんで頂ければ幸いです。
リクエストありがとうございました!



+++++++++++++++
来てくださる全ての方へ
15000Hitありがとうございます!
これからもBeastをよろしくお願い致します。




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