選択肢-1-(にわなずな様リクエスト)




物心ついたときから一緒にいたユキちゃんは、高校まで一緒に通えることになった。
お互い寮生活だから一緒に登校することはなくなったけど、クラスが同じなこともあって相変わらずの関係が続いている。
小さなときは”大きくなったらユキちゃんのお嫁さんになる”なんて言えたけど、かっこよく成長してしまったユキちゃんにもうそんなことを言う勇気はない。
どうせユキちゃんだってそんなこと忘れてる。
そう、思ってたんだけどな。



「雛美。」

優しく呼ぶその声に振りかえれば、少し不機嫌そうなユキちゃんが私を見ていた。
今日は朝から不機嫌で、何だかおかしかった。
塔一郎くんに聞けば苦笑するばかりで理由は話してくれなかったけど、きっと朝練で何かあったんだろうとは思っていた。
それでも昼休みまで私に話しかけてくれないユキちゃんに私は少しムッとしていた。

「なぁに。」
「今から、ちょっといいか。」

ユキちゃんはそう言って教室の外を指さした。
あぁ、そういうこと。
私はにっこり笑って、ユキちゃんの手を引いて教室を出た。




昔からユキちゃんは、スポーツ万能でかっこよくて完璧だった。
だから落ち込むことなんてあまりないんだけど、それでも時々失敗はする。
それを自分で抱えきれない時、こうして私に弱音を吐きに来るのだ。
高校に入ってからは初めてで、それが部活関連となれば私には何も言えないだろう。
それでもユキちゃんは相手に私を選んでくれるのだから、少し自惚れてしまう。
裏庭まで行くと、私はベンチに腰かけた。
古びたベンチはぎしりと音を立ててしなる。
その私の膝の上に、ユキちゃんの頭が乗せられる。

「今日はどうしたの?」
「……別に。」
「うそつき。ユキちゃんが私に甘えてくることなんて何かあった時しかないじゃない。」
「甘えてねぇよ。」
「じゃぁ膝枕やめる?」

脅すようなことを言ってしまったのは悪いと思うけど、素直じゃないユキちゃんも悪いと思う。
ユキちゃんは口を尖らせて、私を睨みつけた。
それが子供じみていて、いつものクールなユキちゃんとのギャップについ笑ってしまう。
こんなユキちゃんを知っているのは、私と塔一郎くんくらいかな。
サラサラの髪を撫でると目を細めるのが猫みたいで面白い。

「それで、どうしたの?」
「チャリ部の先輩が……なんつーかクセのある人で。」

クセがあるのはユキちゃんもだよ、なんてのは口が裂けても言わないけど。
ぽつぽつと話してくれたユキちゃんの話では、その荒北先輩にボロクソに言われたということだった。
クソエリート、なんてユキちゃんにぴったり過ぎてつい笑ってしまう。

「まぁ、ユキちゃんプライド高いからねー。」
「そんなこと」
「あるでしょ。」

ふいっと顔を背けるのがまた子供っぽい。
スポーツは何でも出来て頭もそれほど悪くないユキちゃんにここまで言える荒北先輩が、私は気になって仕方がなかった。
ユキちゃんの話では、その荒北先輩も自転車はすごいらしい。
これは一見の価値ありかな。

「ねぇユキちゃん。」
「なんだよ。」
「今日部活見に行ってもいい?どの人が荒北先輩か教えてよ。」

ユキちゃんは目を丸くした後、いぶかしげに目を細めた。

「睨まなくたって、余計なことは何もしないから。」
「嘘くさい。」
「見るだけだってば。ね、いいでしょ?」

食い下がる私にユキちゃんは小さくため息をついて、それを了承してくれた。




放課後、ユキちゃんと塔一郎くんと三人で部室へ向かった。
道中塔一郎くんが”ありがとう”と言うから何のことかと思えば、ユキちゃんの機嫌が直っているからだという。
私は何もしてないのだけど。
そう思いながらも昼休みのことを思い出していると、塔一郎くんは不思議そうに聞いてきた。

「そういえば、雛美さんが部活見に来るの初めてだよね?」
「うん、一回くらい見ておいてもいいかなーって。うちって強豪なんでしょ?」
「まぁ、そうだね。インターハイ常連校だし。」

そんな話をしていると、部室近くまで来てしまった。
私はユキちゃんに言われたとおり、少し離れたところで二人を見送った。
暫くぼーっと空を眺めていたら、後ろから誰かにぶつかられた。

「あ、悪ィ。」
「あ、いえ。大丈夫です。」

よろめいてしまったものの、ぼーっとしていた私も悪い。
振り返って頭を下げると、その人は私の髪をくんくんと嗅ぎ始めた。
何をされているのかわからずに後ずさると、眉間にシワを寄せた顔が目に入る。
ユキちゃんよりも少し目線が高いところを見ると、180弱と言ったところだろうか。

「あ、あの。何か……?」
「テメー黒田のつれかァ?」

不機嫌そうなその顔は、私を上から下までジロジロと眺めている。

「は、はい。ユキちゃんが何か?」
「ハッ、彼女連れとか生意気じゃナァイ。あのクソエリート。」

その言葉を聞いてハッとした。
きっとこの人が荒北先輩だ。
そして彼は盛大な勘違いをしている。

「あ、あの!荒北先輩、ですよね?」
「おう。」
「私、ユキちゃんの幼馴染で小鳥遊雛美と言います。」
「ハァ?彼女じゃねェのかよ。」

名乗った途端に、つまらなさそうな顔をされた。
別に構わないのだけど、微妙に傷つく。
荒北先輩は眉を下げた私の頭に手を置くと、ニッと笑った。

「部活、見に来たンだろォ?」
「あ、はい。」
「じゃぁもっと近くで見てけよ。別に構やしねェから。」

そう言うと荒北先輩は軽く手招きをして歩き出した。
私は慌ててそのあとを追った。



部室の近くまで行くと、荒北先輩はベンチを指差した。

「あそこなら別に邪魔になんねぇから。」
「あ、ありがとうございます。」

部室に入っていく荒北先輩を見送ってからベンチに腰掛ける。
そこは日陰になっていて、とても気持ちいい。
ぼーっと部室を眺めていると、たくさんの部員が出入りしているのが分かる。
そういえば部員が多いって言ってたっけ。
それでもインターハイは6人だけなんだよね……。
私は運動部に入ったことがないからその凄さはぼんやりとしか分からないけど。
王者箱学かぁ。
そう思っていると、見慣れた銀髪が見えた。
軽く手を振ると、ユキちゃんも気づいたようで手を上げてくれる。
すると先ほどの荒北先輩が後ろからユキちゃんに何か言っている。
悪いことしたかな、そう思っていると荒北先輩と目が合った。
そらすのも失礼かと思ったけど、荒北先輩は中々目を離してくれない。
どうしたものかと思っていると、こちらに向かって歩いてきてしまった。
慌てて俯いたけどもう遅い。

「おい。」
「は、はい!」
「今日は外周だからここにいても意味ねェし、もう帰れ。」
「えっ?」
「黒田も泉田も外走んだよ。」

外、と言われてもよくわからない。
首を傾げた私に荒北先輩はため息をついて説明してくれた。
どうやらユキちゃんはしばらく戻って来ないらしい。

「だから帰れ。」
「えっと、あの。荒北先輩も外に行かれるんですか?」
「俺はまだ行かねェけど。」
「じゃぁ、ここで見ててもいいですか?」
「ハァ?」

当初の目的は、ユキちゃんの練習じゃない。
荒北先輩だったのだ。
そんな私を見て荒北先輩はガシガシと頭をかいて、ため息をついた。

「俺は今からローラー回すんだよ。ここからじゃ見えねェ。」
「そう、ですか……。」
「アー……見てェなら部室くればいいだろ。」

断られたと思っていたのに、思いがけない提案に私はバッと顔を上げた。
すると少し頬を赤くした荒北先輩はめんどくさそうに歩き出す。

「こいよ。」
「は、はい!」

私は荒北先輩に促されるまま、部室へと入った。




荒北先輩によると、荒北先輩と他数人だけがローラーというのをやってから外周に行くらしい。
だから外周に行くまでという約束で、私は部室に入れてもらった。
中は思っていたより広くて、色々なものが置いてある。
促されるまま近くにあった椅子に座ると、荒北先輩は自転車を持って目の前の器具に乗せた。
これがローラーというのか。
荒北先輩はタイムウォッチを投げて寄越すと、自転車にまたがり走り始めた。
そのスピードに私は息を飲んだ。
こんなに早い自転車、見たことない。
ユキちゃんたちが乗っているのは知っているけど実際に目にするのは初めてで私は感動した。
人力でこんなに早く回せるんだろうか。
くるくると回る足がとても綺麗で、私はつい見とれてしまった。
しばらくして、手元のタイマーが鳴った。
その音にびっくりして、タイマーが手から滑り落ちる。

「ハッ、何してンだよ。」

そう言って自転車から降りる荒北先輩は汗びっしょりで、息も荒い。
だけどそれがすごくかっこ良くて、私の心を揺さぶった。
なんてかっこいいスポーツなんだろう。
外周へ行くという荒北先輩を見送ってから、私は寮に帰って今日のことを思い返していた。
ユキちゃんがきっかけで見に行ったはずなのに、私の頭の中は荒北先輩でいっぱいだった。
もっと、あの人のことが知りたい。
そればかりで、私は他のことが手につかなかった。
ユキちゃんから来たメールも、なんて返そうか悩んでやめてしまった。
どうせ、明日会うしいいよね。
……明日も練習、見に行こうかなぁ。




翌日学校へ行くと、昨日にも増して不機嫌なユキちゃんが玄関で仁王立ちしていた。
すごく嫌な予感がしながらも、目を合わせないように挨拶するとうなじのあたりを掴まれた。

「話あんだけど。」
「えーと……今じゃなきゃダメ?」

無言の重圧がのしかかる。
私は諦めて、ユキちゃんについて行った。




「昨日メールの返事きてねぇんだけど。」

ユキちゃんはそう言って私の顔を覗き込んだ。
目があったらやられる。
そんな気がして目を背けたのに、それはユキちゃんの手によって阻まれた。

「聞いてんのかよ、雛美。」
「き、聞いてる!ごめんね、昨日すごく眠たくて……。」
「先に帰っちまうし……送ってくつもりだったんだぞ。」
「ごめん、ユキちゃんしばらく来ないって言われたから。今日も見に行くから、許して?」

手を合わせてお願いすると、ユキちゃんは小さくため息をついた。

「ちゃんと俺を見にくるんだよな?」
「……それは、もちろん!」

嬉しそうに笑ったユキちゃんを見て、胸が痛んだ。
ユキちゃん、ごめん。
ちゃんとユキちゃんのことも見るから。
私は心の中で謝った。



それからと言うもの、私は毎日部活を見に行った。
他の部員さんにも顔を覚えてもらい、友達が増えたようでとても楽しい。
荒北先輩も私を見かけるたびに声をかけてくれるし、少し打ち解けたように思う。
何より、あのユキちゃんが荒北先輩と言い合っている姿が面白かった。
いつも荒北先輩の方が一枚上手というか、言い負かされてる感じがするけど。
ユキちゃんが言ってたように、荒北先輩は凄かった。
文句は言うしめんどくさそうにではあるけど、きっと誰より練習している。
次第にユキちゃんもそれに気づいたのか、荒北先輩に吠え掛かることは少なくなって行った。
そんな頃、休憩に入ったユキちゃんが私の元へ歩いてきた。
どうしたのかと思っていると、一枚の紙を差し出される。
その紙は部活の日程が描かれているものだった。

「今週土曜日、部活休みになったから。どっか行かねぇか。」
「ほんと?私観たい映画あるんだけどいい?」

嬉しそうなユキちゃんは、私の頭をくしゃくしゃと撫でた。
最近部活の休みと言えば平日かテスト前くらいで、まともにユキちゃんと遊んでいない。
久々の誘いに、私の心も浮かれていた。
そんな時、ユキちゃんの後ろから聞き慣れた声がした。

「おい黒田ァ、デートとはいい度胸じゃねぇか。」
「いや、別に……。」
「そうですよ!別にデートとかじゃないです。ただ遊びに行くだけですよー。ね、ユキちゃん?」

荒北先輩に誤解されたくなくて、私は少し口早に同意を求めた。
ユキちゃんは少し眉間にシワを寄せて、冷たい声で同意する。

「そうっすよ。」

ユキちゃん……?
その表情に胸が痛んだ。
そんな私たちに、荒北先輩はとんでもない提案をする。

「俺も行ってイイ?」
「「えっ?」」

ユキちゃんと声が完全にかぶって、2人で顔を見合わせて笑ってしまった。
荒北先輩はハッと笑うと、私の頭に手をおいて顔を覗き込んでくる。

「映画、何観んのォ?」
「あ、荒北先輩がくるならアクションとかでもいいですね。」
「雛美チャンが観たかったやつでいいよォ。」
「でも、大手アニメ会社の感動系アニメなんですけど……。」

それを聞いて、2人がプッと吹き出した。
何か、バカにされてる?

「ちょ、ユキちゃんまで!なんなのー!」
「雛美らしいと思って。」
「だって……新作なんだもん……。」

自分の趣味が子供染みてることは分かっている。
だからこそユキちゃんを誘ったのだ。
それなのにユキちゃんにまで笑われて私は落ち込んだ。
荒北先輩は、そんな私の頭をくしゃりと撫でた。

「じゃぁ、土曜の10時に寮まで行くから遅れんなよ。」
「えっ?」
「映画、行くんだろ?」
「いいんですか!?」
「何でもいいっつったの俺だしな。」

"来たくねぇなら黒田はこなくてもいい"なんて言いながら、荒北先輩は行ってしまった。
土曜日、荒北先輩に会える。
そのことに私の心は弾み、浮かれていた。
そんな私とは対照的に、ユキちゃんは複雑そうな顔をする。

「どうしたの?」
「別に……。」

何だか嫌な感じがする。
そのまま行ってしまいそうなユキちゃんの手を掴んで、自分の方へ引き寄せた。

「ユキちゃん!」

思ったより強く引いてしまったらしく、二人ともバランスを崩して倒れこんでしまった。
いつもより近くにあるその顔が、次第に赤く染まって行く。

「悪いっ。」
「ううん、私こそごめん。あのね。」

"土曜日楽しみにしてるから。"
そう言って笑って見せると、ユキちゃんも少し笑ってくれた。
いつものユキちゃんに戻ったみたいで少し安心する。

「じゃぁ俺、部活戻るから。」
「あ、私も今日はそろそろ帰るね。土曜の準備しときたいから。」
「おう、わかった。送れなくて悪い。」
「ううん。部活がんばってね。またメールする!」

優しく笑ったユキちゃんは、私の頭を軽く撫でて部活へ戻って行った。



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