ボクは君に恋をした


※泉田視点になります。


まだ肌寒い日もある4月の部活中のことだった。
その日も東堂さんに寄せられる歓声がすごくて、休憩中とはいえ集中したかったボクは少し離れて休んでいた。
そこに一人の女の子が現れた。

「あの、スプリンターの方ですか?」

真新しい制服に身を包んだその子は、頬を少し赤く染め控え目に話しかけてきた。
きっと一年生だろう。
桜が散る中、白い肌に黒いセミロングの髪が風に揺られて、とても幻想的だった。

「えぇ、そうですよ。」

そう答えると、彼女の表情はまるで花が咲いたように輝いた。
太陽みたいな笑顔とは、こういう表情を指すのだとボクはこの時初めて思った。

「私、一年生の小鳥遊雛美って言います!先輩のお名前伺ってもいいですか?」
「ボクは泉田塔一郎、二年だよ。」
「泉田先輩っ。私、あの、自転車には詳しくないんですけど、スプリンターの方の走りが大好きでっ。あとそのがっちりした体がすごく素敵で…」

興奮気味に話す小鳥遊さんは、子犬のようでとても愛らしい。
きっとしっぽが付いていたら振り切れているんじゃないかというほど、にこにこと話し続ける。
その笑顔は、ボクをとても暖かい気持ちにしてくれた。
小鳥遊さんのおかげで、それなりに長くとられたはずの休憩時間はあっという間に感じられた。

「小鳥遊さんごめんね、ボクもう行かなくちゃ。」
「あっ、すみません、休憩中だったのにお邪魔しちゃって……」
「それは気にしないで、とっても楽しかったよ。ボクで良かったら、また話そう。」
「ありがとうございます!あの…」

雛美って呼んでください、と頬を染めて笑う彼女に、ボクは恋に落ちた。




それから暫くして、瞬く間に彼女の噂は広がった。
最初は水泳部だった。
泳げないのに水泳部に入り、入部理由が泳げるようになることだった雛美ちゃんは話のネタとしてよく話題にあがった。
そして水泳部が屋外練習にかわるころ、それは下世話な噂へと変わっていった。
彼女はとてもスタイルが良かったからだ。
背は小さいがすらりとした体系に、少し肉付きのいい太もも、そして制服からは感じられないほどボリュームのあるバスト。
練習中に見かけた水着姿の彼女は、とても美しかった。




少し暑い日が増えたころ、時々しか見かけなかった雛美ちゃんを毎日見かけるようになった。
理由を聞くと、少し困ったように微笑んだ。

「私、まだ泳げないんです。先輩たちは大会があるのに、私がプールを使うわけにはいかなくて。」
「そうなんだ。でも、泳ぐ以外にも出来ることはあると思うよ。」

そう言うと、彼女は顔を伏せた。
少し、肩が震えている。
泣かせてしまったと気づいたときには、小さな嗚咽が漏れていた。

「ご、ごめん。ボク余計なことを…」

そう言いかけた時、新開さんが雛美ちゃんの肩をたたいた。
気が付けば、東堂さんと荒北さんもそこにいた。

「雛美ちゃん、どうしたんだい?」
「新開先輩……。何でもないです、部活お疲れ様です!」

慌てたように新開先輩を見上げる雛美ちゃんの目は、潤んでいる。
やっぱり泣かせてしまっていた。
なんて無神経なことを言ってしまったんだろう……。

「雛美ちゃん、いじめられたらすぐに言うのだぞ!」
「大丈夫ですよ。それより東堂先輩!雛美って呼ばないで下さいー!」
「俺はまだ呼んではいかんのか……。なぜだ!泉田だって呼んでいるというのに!」
「尽八。雛美ちゃんを雛美って呼んでいいのは、スプリンターだけなんだぜ。」
「何!スプリンターとクライマーのどこに違いがあるというのだ!」

さっきとは打って変わって、雛美ちゃんはにこにこと笑っていた。
親しげに話す先輩たちに、嫉妬する。
その笑顔が自分に向けられたものでないことに、悔しくなる。
いつもは女性に手厳しい荒北さんまでもが、雛美ちゃんには少し優しい気がした。
それほどまでに彼女は、この自転車部に馴染んでいた。





夏休みに入ってからも、雛美ちゃんは毎日自転車部へきていた。
時々差し入れを持ってきてくれる彼女は、みんなに可愛がられていた。
そしていつしかボクと話すことよりも先輩たちと過ごすことが増えたように感じられるようになった。
そんな時、あの人が小さな声で彼女を呼んだ。

「オィ、……雛美。」

ボクの知る限り、彼女を”雛美”と呼んでいいのはスプリンターだけだ。
それは初めて会ったあの日、彼女の口から聞かされた言葉。
”憧れのスプリンター選手と仲良くなりたいから名前で呼んでほしい”
だから新開さんは呼べても、東堂さんには呼ばせたことがなかった。
だがしかし、これはいったいどういうことだろう。
彼女をいま”雛美”と呼んだのは、スプリンターじゃない。

「オィ、聞こえねェのか。雛美!」

返事がないことに苛立ったのか、今度は少し大きな声で彼女を呼んだ。
彼女を”雛美”と呼んだその顔は少し赤みを帯びていた。
この人のこんな顔は見たことがない。

「や、やす、とも先輩……」

後ろから呼び止められ、慌てて振り向いた雛美ちゃんの顔も赤みを帯びている。
ボクは見たことのない、優しい笑顔がそこにはあった。
包み込むような優しい視線の先にいるのは、ボクじゃない。
嬉しそうに微笑む雛美ちゃんと、顔を赤くしたまま彼女の頭を撫でる荒北さんを、ボクは見ていることが出来ずにその場から立ち去った。


カウンター記念


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