君に呼んで欲しいから/8000Ht記念(匿名様リクエスト)




家が近所だったこともあり、私は雪ちゃんと幼馴染として育った。
”雛美ちゃん”と呼んで慕ってくれた雪くんとは親同士が仲が良かったこともあり、小さい時はいつも一緒にいたしお互いの家に泊まったりもした。
でもいつしかそれが普通じゃなくなって、学年が違ったこともあり一緒に過ごす時間は減っていった。
中学に上がる頃、反抗期のせいか言葉遣いが粗暴になりあまり話してくれなくなり、私は雪成くんと呼ぶようになった。
小さい時はあんなに可愛かった雪成くんは、今では女の子たちにモテモテのイケメンになってしまった。
なんだか声をかけづらくて、そのまま随分と時間が経ってしまった。
私が高校に上がる頃には、幼馴染と言うよりただの知人と化した私達は会話をすることすらなくなっていた。
そうして私の中では、雪成くんは黒田くんになった。





高校は寮がある場所を選んだこともあり、私は次第に黒田くんのことを考えなくなった。
帰省してもタイミングが合わなければ顔を合わすこともなく、一年近く合わない日が続いた。
もう私の中で黒田くんの存在が消えようとした頃、それは起こった。
黒田くんが新入生として、箱学に入学してきたのだ。
一年ぶりに見る黒田くんはすごく男らしくカッコよくなっていて、一瞬知らない人に見えた。
それなのにあちらは私にすぐ気づいたようで、駆け寄ってきた。

「小鳥遊、先輩。」

初めてそう呼ばれて、すごく違和感を覚えた。
昔は”雛美ちゃん”、中学では”雛美”と呼ばれていたはずなのにどうしていきなり苗字なんだろう。
胸が何だかザワザワする。

「黒田くん、久しぶりだね。箱学にくるとは思わなかったよ。」
「お久しぶりです。まぁ、色々あって。」
「そっかー。わかんないことあったらいつでも聞いてね。わかることなら教えるし。」

昔より少し低くなった声は、耳に優しく沁みこんでいくようで気持ちいい。
声をかけてくれたことが嬉しくて、なのに呼び方一つでザワザワして。
何だか不思議な感覚に囚われた。
それを知らない黒田くんは、スマホを取り出して何やら操作している。

「これ、連絡先とか変わってないスか。」
「うん?あ、変わってないよ。っていうか教えたっけ?」

表示されたアドレスは間違いなく私のものだ。
最後にアドレスを変えたのは半年前だった気がするのだけど。
その時黒田くんに変更メールを送ったのかどうかは覚えていない。
首をかしげていると、私のスマホが震えた。

「それ、俺なんで。登録しといて下さい。」
「へ?」

それだけ言うと、黒田くんは行ってしまった。
スマホを確認すると、知らないアドレスから一件メールがきている。
中には電話番号と、”雪です”と一文だけ書かれていた。
久々に黒田くんからもらったメールがやけに嬉しくて、私はそのメールを保護した。
今年は、なんだか楽しくなりそうだ。





それから週に1度は黒田くんからのメールが届いた。
内容は学校のことだったり部活のことだったり、他愛ない話ばかりだったけど私はそれが楽しみだった。
初めは2行くらいだったメールが、日を追うごとにどんどん長くなった。
学校で会うことも多くなり、見かけるたびにいつも声をかけてくれるのがとても嬉しい。

「小鳥遊先輩!」
「黒田くん。今から移動?」

それでも呼び名は昔に戻ることがない。
学校だからだろうかと思ったりもしたけど、メールでもその呼称は変わらない。

「そう、視聴覚室。」
「あーさては眠くなる系の授業だな?」

クスリと笑って肘でつつけば、頬をゆびでかきながら一度だけ頷いた。
そんな動作が、たまらなく可愛いのはなぜだろう。
大人びてかっこよくなったはずの黒田くんは、時折とても可愛く見える。
そうしていると予鈴がなり、黒田くんは行ってしまった。
私はその背中に軽く手を振りながら、教室の声に耳を傾ける。
所々で、黒田くんを褒める声がしてついニヤついてしまった。
自分のことではないのに、何だかそれがとても嬉しくて仕方がなかった。




半年も過ぎると、お昼は一緒に食べるようになった。
部活が休みの日は、買い物にも付き合ってくれる。
それなのにいまだに”小鳥遊先輩”と呼ばれることに、私は不満が募っていた。
でもこの気持ちをどう口にしていいかわからず、毎日モヤモヤしている。
それでも毎日誘われて、私は一緒にお昼を食べていた。
今日もそれは変わらない、ただ一つ違うのは泉田くんがいることだ。

「今日は珍しい人がいるね。」
「お久しぶりです、小鳥遊先輩。お邪魔します。」
「久しぶりー。邪魔ってほどのことでもないし気にしないで。」

中学が同じだったこともあり、名前と顔は知っている。
最近少しふっくらして見える彼は、柔らかく笑う好青年だ。
いつものようにくだらない話をしていると、泉田くんが箸をおいた。
どうしたのかとお弁当を見れば、まだ中身は残っている。

「あの、小鳥遊先輩。」
「ん?」
「ユキのこと……何で”黒田”って呼ぶんですか?」
「え?」

突然の質問に私は泉田くんを視線を戻した。
ちらりと黒田くんを見れば、顔を伏せている。
どうして、と言われても。

「黒田くんが私を”小鳥遊先輩”と呼ぶのと一緒じゃないかな。」

本当は”雪ちゃん”と呼んで嫌がられたくないからだけど。
そう濁すと、黒田くんが顔を上げて私を見た。

「じゃぁ、俺が呼んだらいいんスか。」
「ん?え?」
「雛美。」

真っ直ぐ顔を見て名前を呼ぶなんて卑怯だと思う。
私は何だかとても恥ずかしくなって、顔を伏せた。
それなのに黒田くんは、私の両手を拘束して覗き込んでくる。

「雛美。」
「な、なに?」
「呼べよ。」

怒っているんだろうか。
泉田くんも少し困った顔をしているけど、助けてはくれないらしい。
”呼べ”というのはそういうことなのだろうか。

「ゆき、くん。」

小さく零れた声はしっかりと届いたらしい。
真っ赤になった雪くんは私の手を離すと、口元を覆った。
そんな私たちを見て、泉田くんはクスリと笑う。

「よかったね、ユキ。」
「どういうこと?」
「別何でも……。」

濁そうとした雪くんの顔を覗きこむと、でこピンされた。
音こそしっかりと鳴ったものの、手加減してくれたんだろう。
衝撃に反して痛みはない。

「ねぇ、どういうこと?」
「……別に。」
「雪くん?」
「なっ……!」

さらに赤くなった雪くんは、私をぐいっと押しのけた。
後ろに倒れそうになった私を、雪くんの手が引き寄せる。

「悪い……。」

慌てたせいか、さっきより距離が近くてドキドキする。
何だろう、この感じ。
カタリ、と隣で音がした。
そちらを見ると、泉田くんが立ち上がっている。

「じゃ、僕は先に戻りますね。」

そそくさと立ち去った泉田くんを見送ると、雪くんが私をさらに引き寄せた。
おかげで私は、雪くんに倒れ込んでしまった。

「ちょ、な」
「俺のになって下さい。」

私の言葉を遮って頭上から降ってきた言葉は、私の頭を軽くパニックにしてしまう。
雪くんの、って。それってもしかして。
何も答えられずにいると、さらに言葉を重ねられる。

「ずっと好きだった。」

敬語がごちゃまぜになっているあたり、きっと雪くんも必死なんだろう。
触れていることも、与えられる気持ちにも幸せが湧き出てくるのはきっと私も同じ気持ちだからだ。
雪くんを見上げると、見たことがないくらい真っ赤だ。
ふっと目を逸らしてしまった雪くんの頬に手を当てて私の方を向かせた。

「私も、好きだよ。」

一瞬固まった雪くんは、パッと笑顔になる。
尻尾があったら千切れそうなほど振っているんだろうな。
そう思わされる笑顔に、私もつられて笑った。
”雛美”と小さく囁く声が、こんなにも気持ちいいなんて。
私が呼ぶ声も、雪くんを幸せに出来ますように。


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匿名様より「黒田くん」ということで書かせて頂きました。
黒田くんはどうしても年上彼女のイメージがありまして…。
一つ年上の幼馴染ヒロインにしてみました。
お気に召していただければ幸いです。
リクエストありがとうございました!


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来てくださる全ての方へ
8000Hitありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します。




カウンター記念


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