から揚げのお弁当/6000Hit




私は人見知りで、できればあまり人と関わりたくない。
一人で本を読んでいられればそれで幸せ。
でもそれじゃ生きていけないわけで。
高校に入るにあたり、寮生活を希望したら両親から一刀両断を食らった。
”あんたが共同生活なんて出来るわけないでしょ”
返す言葉もございません。
自由気ままにやりすぎたせいで人間関係は壊滅的。
学校とプライベートに区切りのつかない寮生活なんて無謀もいい所だった。
でも両親は鬼ではなかった。
寮生活こそ反対したものの、その進路には反対しないでくれた。
おかげで私は、一人暮らしで高校に通うことになった。




一人暮らしは思ったより快適で、とても楽しかった。
家事は基本的に得意、というより全部好きだったのも大きい。
掃除の行き届いた綺麗な部屋で、大好きな本を片手にその日の気分に合った紅茶を飲む。
なんて幸せな毎日だろう。
そうしてしばらくたったころ行われた席替えで、私はあの”荒北くん”と隣の席になってしまった。
入学当初から髪型で話題だった彼は、髪型こそ普通になってはいたがその態度が改善されたとは言い難い。
毎日めんどくさそうに授業を受け、休み時間は寝ているのか机に突っ伏している。
お昼休みはパンを食べていたかと思うとこちらのお弁当を睨みつけては舌打ちをした。
一度お弁当を隠すようにして食べた時は、立ち上がってまで覗き込んで舌打ちをされた。
一体私のお弁当の何がそんなに不満なのか。
特に強い匂いを発するようなものはいれていない。
それでも、今日もまた舌打ちをされたのだった。
とうとう我慢の限界である。
元々我慢強い方ではない、だからこそ人間関係は壊滅的なのだ。
私は荒北くんの前に仁王立ちした。

「ちょっと!何で毎日私のお弁当に舌打ちするわけ!」

少々大きな声で言いすぎたのか、教室中の視線が集まるのを感じた。
でもこんなことに怯むわけにはいかない。
なんせ荒北くんもそんなことは気にも留めず、私だけを睨み返しているのだ。

「ハァ?」
「毎日、私のお弁当を見るたびに舌打ちするじゃない。何なの?私のお弁当に文句でもあるわけ?」
「別にィ……。」
「だったらなんで舌打ちするのよ。」
「……入ってっからァ。」
「え?何?」
「カラアゲ入ってっからァ!毎日入ってっから気になンだよ!」

カラアゲ?
それは鶏肉を油で揚げたアレですか?
確かに大好きだし鶏肉安いから毎日入れてるけど……っていうかそんなに観察されてたわけ!?
私は顔が赤くなるのを感じた。
なんだこいつ。

「カ、カラアゲ食べちゃダメなわけ?」
「ンなこと言ってねェだろ!」
「じゃぁ何よ。あ、もしかしてカラアゲ嫌いだから嫌がらせとか?うっわ、幼稚ー。」
「ふざけんな!カラアゲ好きで悪ィかよ!」
「は?」

カラアゲが好き?え?
だから毎日見てたって?
何だそれ。
羨ましかったってこと?
私はふつふつを湧き上がった笑いがこらえられず、お腹を抱えて笑ってしまった。
それを見て居心地悪そうに、荒北くんが舌打ちをするのが聞こえる。

「ねぇ、そんなに好きなら1個食べる?」
「ハァ?」
「カラアゲ好きだから見てたんでしょ。良いよ、1個あげる。」

そう言ってお箸とお弁当箱を渡すと、私とカラアゲを数度見比べたかと思うと一番大きなカラアゲをつまみ上げた。
あ、それ一番おいしそうだったヤツ。
そう思いながらも眺めていると、大きく開けられた口にポイッと放りこまれたそれは一口で食べられてしまった。

「ごっそさん。」
「どういたしまして。」

お弁当箱とお箸を回収して席に戻ると、荒北くんは小さく”アンガトネェ”とお礼を言っていた。
それがやけにかわいく聞こえて荒北くんの方をみると、もう窓の方を向いてパンを食べていた。







それからというもの、お弁当を広げると鼻をヒクヒク動かしながらこちらを見ている荒北くんがまるで”待て”をされた犬のようで毎日カラアゲを1つ分けていた。
そんなことが続くうち、私たちはいつの間にか一緒にお昼を食べるようになっていた。

「小鳥遊、屋上行こうぜ。」
「あー、うん。いいよ。まって、本持ってくから。」

そう言うと私のお弁当箱を持ち上げて荒北くんは先に歩いて行ってしまった。
本を持って慌てて追いかけると、その本も手からするりと奪われる。
最初こそ手ぶらなのが落ち着かなくてソワソワしたものだが、”カラアゲ1個”の代償だということで納得することにした。

「荒北くんってそんなにカラアゲが好きなの?」
「人のこと言えンのかよ。」
「人のお弁当睨みつけるほどじゃないよ?」

そう言うとチラリと睨んで、そっぽを向いてしまった。
ほのかに赤くなっている頬が可愛い。
それでもカラアゲをつまみ上げると自然とこちらを向くのだから面白い。

「はい、今日の分。」
「アンガトネェ。」

最初こそ箸を渡したり、荒北くん用の端を準備してみたりしたものだがいつの間にか面倒でやめてしまった。
今ではいわゆる”あーん”であげている。

「今日のは塩レモン風味。どう?」
「醤油とにんにくの方が美味い。」
「塩レモン気に入らない?」
「や、どれも美味いけどォ。」

そう言いながらモグモグしている姿はいつもの刺々しさなんて微塵もない。
そうしてご飯を食べ終わると荒北はごろんと横になった。
ゴンッと少し鈍い音がしたかと思うと、荒北くんは頭を押さえていた。

「何?ぶつけた?」
「……何でもねェ。」
「結構酷い音したよー?ほら、見せてみ。」

押さえているあたりをそっと撫でると、サラサラの指通りの良い黒髪が気持ちいい。
後頭部が小さく膨らんでいて、どうやらたんこぶが出来たらしい。
高校生にもなってたんこぶって……必死でこらえたにも関わらず、フルフルと肩が震えてしまった。

「笑ってんじゃねぇぞ!」
「いやー、まぁ。大丈夫、すぐ治るよ。」
「ンなことわかってんだよ、バァカ。」
「まぁまぁ、そう拗ねんなって。」

横を向いて寝転んだ荒北くんは、仰向けが良かったのかごろごろと体勢を変えては起き上がった。
その様子がおかしくて、私はまたクスクスと笑ってしまった。

「あのさー。」
「ンだよ。」
「ここ、空いてるから使う?肉付きいいからふかふかだよ?たぶんね。」

そう言って太ももをポンポンと叩くと、荒北くんの動きが一瞬止まった。
何か変なこと言ってしまったんだろうか。
首をかしげると、荒北くんがため息をついた。

「お前、それマジで言ってんのォ?」
「……?うん、別にここ誰もこないし大丈夫じゃない?」

ため息をつきながらも、控え目に頭を乗せてきた荒北くんは仰向けで寝転んだ。
一度目が合ったものの、私は本を開き荒北くんは目を閉じたのでそれ以降目が合うことはなかった。
荒北くんは今までの誰よりも一緒にいるのが楽だった。
下手な詮索も、苦手なおしゃべりもしなくていい。
ただ思ったことや感じたことを口にして一緒に笑いあえる。
こんな友達なら悪くないと、私は思い始めていた。





しかし高校生とは多感な年頃なわけで。
靖友くんと下の名前で呼び合うようになる頃には私たちが付き合っているという下世話な噂が流れるようになった。
いつも一緒に行動していたせいだろうか。
ただ単に私にほかの友達がいなかっただけなのだけど、話のネタになればそんなことは関係がないらしい。
そしてその噂はもちろん靖友くんの耳にも入っていたようだ。

「今日俺食堂行くからァ。」
「え?今日のから揚げ靖友くんの好きなにんにく醤油なのに……。」

私を避けるためか食堂を選んだ靖友くんは、その一言を聞いて立ち止まった。
そしてくるりとこちらに向き直り、めんどくさそうに頭をガシガシとかいた。

「そーいうのが誤解されるってわかんねェ?」
「誤解されようとされまいと、私の中には真実があるから別に気にならない。」

噂なんてあくまで噂でしょ。
そう付け加えると、靖友くんは大きなため息をついた。
ふっと顔を上げたかと思うとちょいちょい、っと指で手招きをして歩き出した。
私はお弁当と本を持って、慌てて後を追った。







裏庭のベンチにつくと、靖友くんは少し乱暴に椅子に腰かけた。
その横に座ってお弁当を開くと、靖友くんからはまたため息が漏れた。

「メシ食いに呼んだんじゃねェんだけどォ。」
「あれ?そうなの?」
「俺何も持ってねェだろうが。」

そういえば、靖友くんはポケットに手を突っ込んで歩いていたけど何も持っていない。
私は自分のオニギリを1個手渡した。

「パン買い忘れたの?おにぎりで良かったら食べていいよ。」
「バッカ、ちげぇよ!だからァ……。」
「え?あ、食堂で食べるんだっけ?」
「……もういいヨ。」

諦めたのか、靖友くんはおにぎりに齧りついた。
文句も言わずにもぐもぐと食べているあたり、味に不満はなさそうだ。
私もおにぎりに齧りつくと、横からスッと伸びてきた指に卵焼きを奪われた。

「あれ、今日は卵焼きがいいの?」
「カラアゲも食う。」
「なにそれー、私のおかずなくなるじゃん!」

今度はお箸を奪われて、おかずがどんどん消えていく。
お箸が返されたのは、おかずに一通り手を付けてからだった。

「ちょっとー、食べ過ぎじゃない?」
「なァ。」
「何よー、もうお腹すいてるのに……。」
「明日から俺の分も作ってくんねぇ?」
「は?私とお弁当食べるのが嫌なんじゃなかったの?」

そう言いながらお弁当箱を片付けていると、むにっと頬をつねられた。
地味に痛いんですけど。

「なにふんのよ。」
「雛美の作る弁当が毎日食いたいんだけどォ。」
「は?」
「俺に弁当作ってくんねェ?」

そこまでいうと、靖友くんは手を放して顔を背けてしまった。
話に脈絡がなさすぎてよくわからない。
今日の靖友くんは何か変だ。

「別にお弁当作るのはいいんだけどさ。一体今日はどうしたの?」
「アー……あの噂知ってんだろ。」
「噂?私と靖友くんが付き合ってるってやつ?」
「そォ。」
「それが?」
「アレ、ホントにしてェんだけど。」

私はどうやら、いつの間にか靖友くんの胃袋をがっちり掴んでいたらしい。
いつもは私を見下ろしている靖友くんが、椅子に座りながらも項垂れてこちらをちらりと見上げる姿はまるで捨てられた子犬のようで。
私は、それを断るという選択肢を失っていた。

「私友達いないよ。」
「知ってる。」
「本ばっか読んでる。」
「料理好きだろうが。」
「一緒にいてつまんなくない?」
「それは俺が決めるからァ。」

ぐだぐだ言わずに付き合えよ、そう言われて私はなぜか頬が緩んだ。
そうか、私も靖友くんが好きだったんだ。
長く人付き合いを拒絶してきたおかげで恋心にも疎くなっていたらしい。

「よろしくおねがいしまーす。」
「軽いな、オイ……。」
「好きって言えない人に言われたくないんだけど?」
「ッセ。」

そんな靖友くんの耳元で小さく”私は好きだよ”と囁けば、真っ赤な顔した靖友くんが耳を押さえてこちらを見た。
がさつで言葉づかいも乱暴だけど、時々犬のようでとっても可愛い私の初めての彼氏。
彼が好きと言ってくれるのが、そう遠くない未来でありますように。





「ねぇ、なんで食堂で食べようとしたの?」
「……雛美が迷惑してんじゃねェかと思ってェ。」
「そんなこと気にしてたの?」
「しちゃ悪ィかよ。」
「悪くはないけど。これからも一緒に食べようね?」
「……おう。」



カウンター記念


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