掃除の妖精/5000Hit記念



※大学生設定です。
※アニメ派の方にはネタバレを含みます。









ずっと憧れていた、大好きな先輩に告白したのが二年前。
振られてからも諦めきれず、リベンジして成功したのが一年半前。
晴れて付き合うことにはなったけど、恥ずかしがりの先輩は誰にも言いたがらなかった。
だから私たちは、だれにも知られず今までやってきた。
みんなは、私に彼氏がいることすら知らない。
そして先輩に、彼女がいることすら知らないだろう。





ある晴れた日曜日。
時刻は14時を回ったところ。
私のスマホは、愛しい人からのメールを知らせた。

"金城たちと飲むから18時までに掃除してくんねぇ?"

時々くる、家政婦要請のメール。
要は18時までに掃除して帰れということだ。私はスマホと財布を握りしめて家を出た。



荒北先輩の部屋までは徒歩10分、途中でベプシや缶チューハイ、つまみなんかを買い込んで。
合鍵で入ったその部屋は、ゴミこそ少ないが物の散らかったいわゆる足の踏み場のない部屋。
洗濯物を一つ一つ拾い上げ、片付け始める。
洗濯機を回し、雑誌はラックへ、ゴミは分別して小物は定位置へ。
布団は干して、机と窓をふいて。
掃除機をかけると洗濯機が止まった。

「15時半、か。二時間半じゃ乾かないな。」

そう呟いて、近くのコインランドリーで乾燥にかけた。
乾かしている間にトイレとキッチンを掃除して、床に雑巾をかける。
玄関を掃除していると、アラームが乾燥機が止まる時間を知らせてくれた。
コインランドリーから帰ると、もう17時を過ぎている。
慌てて洗濯機を畳み、布団を取り込んだ。
埃っぽくなった体をシャワーで流しつつ、お風呂と洗面台を洗ってなんとか掃除を終えることができた。
置かせてもらっている自分の服に着替えて、靴を履こうとした時だ。
タン、タン、タンとゆっくり階段を上がる音がした。
それも一つじゃない、ヤバい。
時計を見るとまだ約束の時間ではないが、予定が早まったのかもしれない。
私は靴と荷物を掴むと電気も消さずにクローゼットに隠れた。
どうか、買い出しとかで家を出てくれますように。






少しして話し声とガタガタという音が聞こえ始めた。

「何や、綺麗な部屋じゃのう。」
「前はもっと散らかっていたが……片付けたのか?」

多分、同じ部活の待宮さんと金城さんだろう。
クローゼットの近くへドカッと座る音がして飛び上がりそうになった。
心臓に悪い……。
少し遅れて、荒北先輩の声がした。

「俺の部屋には妖精がいンだよ。」

掃除の妖精がな、なんて笑いながら話すもんだからなんだか照れてしまう。

「なんじゃそりゃぁ。女連れ込むのに掃除しただけと違うんか?」

ケラケラと軽快に笑う声がしたかと思うと、スマホが光った。
荒北先輩からのメールだった。
サイレントにして置いてよかった、そう思いつつ開くと"電気消し忘れてんぞ"と書いてある。
すいません、先輩……まだ家にいるんです……。

"クローゼットの中にいます、間に合わなくて隠れました。"

そう書いて送信すると、ドアの向こうで小さく"ゲッ"という声がした。

「どうかしたのか?」
「別にィ……とりあえず買い出しいかねぇ?」
「なんでじゃ。酒もツマミも揃とるのに何買いにいくんじゃ?」
「ハァ?そんなに揃って……揃ってんな。」

冷蔵庫を開けたのだろう。
自分が買ってきたのだ、何が入っているかは嫌という程わかっている。
必要そうなものは一通り買ってきた。
足りないものといえば……。

「から揚げ食いてェんだよ。惣菜買いに行こうぜ。」
「お前一人で行けばいいじゃろ。なぁ?金城。」
「まぁ3人も行く必要はないな。」

流石に唐揚げが置いてあるのは不自然だろうと思って買ってなかったけど、それも役には立たないらしい。
荒北先輩は諦めたのか、3人で飲み始めた。
幸い待宮さんがよくしゃべるおかげて、多少の物音は目立たずに済んだ。
私は楽な体制に座り直し、壁に体を預けた。
どれくらいそうしていただろう。
掃除の疲れだろうか、私はいつの間にか眠ってしまっていた。





ゴトリ、と何かが落ちる音で目が覚めた。
ハッとして手元を見ると握っていたはずのスマホがない。
そして外が、一瞬静かになった。

「おい、変な音せんかったか?」
「何か落ちたような音がしたな。」
「……気のせいじゃナァイ?」
「いや、確かに今後ろの方で音がしたんじゃ。」
「クローゼットの中か?荒北のことだ、色々詰め込んでいるんだろう。」
「アーソウダネ。」
「なんじゃ、何を隠しとるんじゃ!」
「おい!てめ、やめろ!」

待宮さんの楽しそうな声がして、ガタリとクローゼットが空く音がした。
差し込んできた光が眩しい。
荒北先輩の制止も虚しく、クローゼットは開け放たれてしまった。

「……おい、荒北。」
「ンだよ。」
「お前……なんちゅうもんを隠しとるんじゃ。」
「一体いつからそこにいたんだ?」

金城さんと待宮さんが珍しいものでも見るように、私を眺めていた。

「こ、こんばんわ……。」

気まずい。
気まずすぎる。
顔を伏せていると、待宮さんに手を引かれた。

「そんで、あんた誰じゃ?」
「そ、掃除の妖精デス……。」

名乗っていいのかもわからずにそう答えると、3人が一斉に吹き出した。
お腹を抱えて笑う荒北先輩と目が合うと、手招きされた。
小さく"もういいからァ"と囁かれる。

「アー、コレ雛美チャン。」
「小鳥遊雛美です、初めまして……。」
「何だ、彼女がいたのか。」
「どおりで最近付き合い悪なったんじゃな。いつからじゃ?」
「ッセ!ほっとけ。」
「そうはいかんじゃろ、なぁ。」

ニヤニヤしながら待宮さんは私の手を掴んだ。

「俺のだ、触んな。」
「なんじゃ、男の嫉妬は醜いぞ。」

荒北先輩は機嫌が悪いし、待宮さんは楽しそうだし、金城さんはニコニコ微笑ましそうに笑っている。
たぶん、荒北先輩にとって私はこの場にいないことが最良だろう。
私は荷物を持って立ち上がった。

「お邪魔してすみませんでした!それじゃ。」

ぺこりとお辞儀をして玄関に向かうと、後ろから待宮さんの引き止める声がする。
それも聞こえないふりをして靴を履くと、ぐいっと肩を掴まれた。
振り返ると、上着を羽織った荒北先輩がいる。

「送ってく。」
「え、大丈夫ですよ。」
「送らせろよ。」

そう言って先に靴をはかれてしまっては、断りようもない。
部屋の奥からは待宮さんの声がする。

「雛美ちゃん、今度わしとも遊ぼうやー。」
「ッセ!俺んだっつってんだろーが!」

テメーらは酒でも飲んでろ、そういって荒北先輩は先に出てしまった。
私は待宮さんに会釈して、慌ててあとを追った。





外に出ると、もうずいぶん暗い。
荒北先輩は私の手を引いて歩いてくれた。

「掃除、アンガトネェ。」
「いえ……むしろすみません。」
「アレはまぁ…仕方ねェだろ。それより明後日休みだからァ。その、今日の礼もしてぇしてし……。」

明日泊りにこいよ、そう小さく呟いて目を逸らされた。
きっと照れてるんだろうな、そう思うと私の頬は緩んだ。
荒北先輩と歩く道はいつもあっという間で、すぐに目的地についてしまう。
それがとても寂しい。
それでもドアの前まできて、引き留めることはできない。

「先輩、私先輩が大好きです。」
「ン、俺も好きダヨ。」

そう言って触れるだけのキスをした。
帰ってしまうのを見送るのは少し寂しい。
だけど今日は、紹介してもらえたということが私の心を暖めてくれた。
いつか、私の友達にも紹介できますように。




カウンター記念


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