Never give up!!




私の好きな人は、箱学のアイドルと名高い東堂先輩だ。
中学の時、校舎見学で見かけてその姿に一目惚れした。
私には少し厳しかった受験も、東堂先輩に会うためになんとかクリアした。
ファンクラブも入ったし、名前も覚えてもらった。
それなのに、私はまだ物足りなさを感じていた。
いつの間にかアイドルとしての東堂先輩じゃなくて、東堂先輩そのものが好きになっていたのだ。




そして私は今日も、東堂先輩に会うため3年のフロアまでやってきた。
最初は緊張したものだけど、今となってはもう慣れっこだ。

「東堂先輩いらっしゃいますか?」

教室の入り口にいた先輩にお願いして、東堂先輩を呼んでもらった。
東堂先輩は私を見ると困ったように笑い、小さくため息をついてやってきた。

「やぁ、雛美ちゃん。今日も会いにきてくれたのだな、この俺に!して、今日は何の用なのだ?」
「東堂先輩が好きです、付き合ってください!」
「気持ちは嬉しいのだが……すまない。俺は一人の女子と付き合うわけにはいかんのだ!わかってくれるな?」

通算6回目の玉砕である。
自分の気持ちが憧れではなく恋だと自覚してから、私は月に一度は気持ちを伝えている。
東堂先輩の答えはいつも変わらないけれど、私は諦めることができなかった。
手を替え品を替えた告白は、すでに毎月恒例になっていた。
ただ気持ちを伝えられた満足感と、東堂先輩が私だけのために発する言葉が欲しくて。

「ありがとうございました!またきます!」
「雛美ちゃん……。」

笑顔でそう伝えると、東堂先輩はやはり少し困った顔で微笑んでいた。

「失礼しました。」

そう言って踵を返すと、東堂先輩は必ず手を振って見送ってくれた。
私はその優しさが大好きで、やっぱり諦める気にはなれないのだった。





屋上に上ると、天気がいまいちなせいか誰もいない。
それを確認すると、私の目からは雫が落ちた。
今回もダメだった。
いつか願いが叶う日はくるのだろうか。
いっそ東堂先輩が誰かと付き合ったら諦められるのかな。
そんなことをぐるぐる考えていると、ガタリと後方から音がする。
慌てて振り返ると、欠伸をする声が聞こえた。

「ふぁぁ。……あれ、小鳥遊さん?」

ぴょこぴょこと動く髪は生き物なのだろうか。
見かけるたびに自転車に乗っているか寝ているかで、まともに話すのは初めてな気がする。
名前を憶えられていたことに少し驚いた。

「真波、くん。」
「泣いてるの?」
「いやぁ……雨、かなぁ。」

どんよりとした曇り空だが、まだ降ってはいない。
それは足元を見れば一目瞭然なのに、私は必死にごまかそうとしていた。
真波くんは何を思ったか私をそっと覗き込み、指で涙を拭った。

「ここだけ雨が降ってるね。」

くすりと笑う真波くんに、私もつられて笑った。
すると真波くんは少し驚いたような顔をしてから、今度はにっこりと笑った。

「あはっ、太陽が出たね。」

そう言って私の手を取ると、教室へ歩き出した。
太陽って私のこと?
真波くんに引っ張られるようにして、私もあとを追った。





それからも、毎日かかさず東堂先輩の応援に行った。
いつもと少し違うのは、時々真波くんが声をかけてくれるようになったことくらいだ。
そうしてまた、一ヶ月が過ぎた。
今度は部活終わりまで待ってからにしよう。
一人、また一人とファンクラブの子達は帰って行き、とうとう最後は私だけになった。
自転車部の人たちも、少しずつ帰り始めたその時だ。
東堂先輩が部室のドアをあけて出てきた。

「東堂先輩!」

急いで駆け寄ると、東堂先輩は驚きつつ眉間に皺を寄せた。
怒っているようなこの表情はあまり見たことがなくて少し怯んだ。

「雛美ちゃん、女子がこんなに遅くまで残っているとは感心せんな。早く帰ったほうがいいのではないか?夜道は危ない。」
「す、すみません……。」

いつもの優しい声色と違うことに、委縮してしまった。
今日もダメかもしれない、タイミングが悪いかもしれない。
それでも私はもう一度口を開いた。

「東堂先輩、私……東堂先輩が好きです。付き合ってください。」

いつもみたいに顔を見ることはできなくて、うつむいたままの声はきちんと東堂先輩に届いただろうか。
小さなため息が一つ聞こえて、肩にポンと手が触れた。

「やはりその為にこんなに遅くまで……すまない。何度来てくれても答えは変わらんのだ。一人の女子と付き合うことはできん。」

優しい声色は、いつもの東堂先輩だった。
じわりと涙が滲み、膜を張っていく。
それが零れ落ちる前に私は顔を上げて、東堂先輩に向き直った。

「ありがとうございました!また、きます。」

そう言うと、後ろから首に手が回されてぐいっと引っ張られた。
バランスを崩した私はそのまま後ろの人物にもたれかかってしまった。
突然のことに頭が追い付かない。

「小鳥遊さん、東堂さんがそんなに好き?」
「ま、真波くん!?」

にこやかな明るいこの声は……振り向くと後ろには真波くんがいた。
私をしっかりと抱きしめていて、抜け出すことができない。
男の子にこんな風に触れられたことがなくて、顔がどんどん熱くなっていく。
東堂先輩に見られているのも気まずくて仕方がない。

「東堂さんは誰とも付き合わないよ。もちろん小鳥遊さんとも。」
「ま、真波!」
「だってそうでしょ?」

真波くんを咎めようとした東堂先輩は、その言葉に口をつぐんだ。
そのことに、心が切り裂かれたような痛みを感じた。
断られても諦められなかった思いが、決して叶うことがないと決定打を与えられた。
気づけば私の目からはボロボロと大粒の滴が落ちていて、真波くんの腕を濡らしていた。

「だからさ、オレと付き合おうよ。」
「えっ……?」

そう言いながら私を覗き込んでくる真波くんは、にっこりと笑っている。
私を慰めるつもりなのだろうか。
真波くんが何を考えているのかわからない。
それは東堂先輩や周りにいた自転車部の人も同じだったようで、みんながじっと私たちのやり取りを見ていた。
視線が突き刺さるように痛い。
私はなんて答えたらいいんだろう。

「いや、私はその。東堂先輩が好きで……。」
「知ってるよ。でもオレは小鳥遊さんが好きなんだ。だからいいでしょ?」

そんな小鳥遊さんごと全部好きなんだ、そう言いながらキラキラ輝くような笑顔を向けてくる。
いつもなら断っていたはずだった。
それでも先ほどのショックのせいだろうか、断られる辛さを知っているからだろうか。
私はすぐに答えを出すことが出来なかった。

「ま、真波!雛美ちゃんが困っているではないか!」
「小鳥遊さんを泣かせる東堂さんは黙っててよ。」

東堂先輩もそれ以上何も言わずに押し黙ってしまった。
にっこりと、でも優しいだけじゃない笑顔を作る真波くんは少し怖く感じた。
今はこの場を離れたい。
ただ時間が欲しかった。

「ねぇ小鳥遊さん。オレにしなよ。」
「ごめん、ちょっと……時間もらっていい?」

いつの間にか止まっていた涙が乾いて、頬がぱりぱりする。
私は今どんな顔をしているんだろう。
それでもその言葉を聞いた真波くんは満足そうに笑った。

「じゃぁまた明日ね!」

そう言ってやっと手を放してくれて、解放された。
真波くんに軽く手を振ると、振りかえしてくれる。
複雑そうな顔をしている先輩方にぺこりと一度お辞儀をして、私はその場を後にした。





それから、何だか気まずくて東堂先輩に会いに行くことが出来なかった。
応援に行くこともなければ、教室に行くこともない。
出来る限り会わずに済むよう、私が避けていた。
それとは対照的に、真波くんは毎日私に会いに来てくれた。
何度も”やっぱり東堂先輩が好き”と伝えても”待ってるから”と笑顔で言われてしまう。
東堂先輩への思いが叶わない辛さは、真波くんのいる慌ただしさでかき消されていくようだった。
そうして、真波くんとお昼を食べるのが定番になったころ。
いつものように真波くんがお迎えに来てくれるのを待っていると、クラスメイトが声をかけてくれた。

「雛美ちゃん、お呼びですよー。」

ニヤニヤ笑っているのはきっと真波くんがきたからだ。
そう思って教室を出ると、予想外の人物がそこにはいた。
真っ直ぐこちらを見る目が、突き刺さるようで少し怖い。

「東堂、先輩……。」
「やぁ、久しぶりだな。」

少しいいか、そう聞かれて私は一度だけ頷いた。






人通りの少ない場所までくると、東堂先輩が私に向き直った。
二人きりになることなんて今まで殆どなくて、本当なら嬉しいはずなのに。
前の言葉が頭をよぎって、胸が痛い。

「雛美ちゃん、真波と付き合っているというのは本当なのか。」

真っ直ぐ私を見据える東堂先輩の言葉に、私は困惑した。
そう噂されたことはあったけど、私はいつも否定して回っていたのに。
いつの間にかそれは東堂先輩の耳にも届いていたらしい。

「いえ、まだ……。」
「まだ、ということはこれから付き合うということか?」

怒っているのだろうか、淡々と語られる言葉が痛い。
”まだ東堂先輩が好きなので”なんて言ったら嫌われてしまうだろうか。
しつこいと、めんどくさがれてしまうだろうか。
そう思い紡げずにいた言葉で、東堂先輩を勘違いさせてしまったらしい。
どう答えていいのかわからなくて黙っていると、ポケットに入れていたスマホが着信を知らせてヴーヴーと鳴り響く。
東堂先輩はポケットに視線を移すと、冷たくつぶやいた。

「……真波か?」
「たぶん……そうですね。」

教室にいない私を探しているのだろう。
着信は鳴りやまない。
東堂先輩は深呼吸をして、また私を見据えた。

「雛美ちゃん。」
「は、はい。」
「俺と付き合ってはくれないか。」
「は……へ?」

東堂先輩の目は真剣だった。
冗談や嘘じゃないことはわかっても、自分の耳がおかしくなったのかと思う。
自分に都合のいい聞き間違いだろうか。
東堂先輩は頬がうっすらピンクに染まっていて、唇をかみしめている。

「えっと……どういう……?」
「ここしばらく、雛美ちゃんは俺に会いにこなかっただろう。」
「はい……。」
「失ってから気づくとはまさにこのことなのだな。」

自嘲気味に笑った東堂先輩は、とても悲しい目をしていた。
それが自分に向けられたものだということに、胸が痛い。
そんな顔させたいわけじゃない、だって私は……。

「好きだ、雛美ちゃん。真波じゃなく、俺を選んでもらえないだろうか。」

その時後ろで、キュッと上靴の擦れる音がした。
振り返るとそこには、スマホ片手に息を切らせた真波くんがいる。
私と目が合うと、ゆっくりとこちらに歩いてきた。

「電話、でないから。探しちゃったよ。」

笑っているはずなのに目が笑っていない。
真波くんは東堂先輩をみると、目を細めた。

「なぁんだ、東堂さん言っちゃったんですか?」
「な、何のことだ真波!」
「小鳥遊さんのこと、本当はずっと好きだったんでしょう?」

”オレ、知ってましたよ”そう付け加えると、私にくるりと向き直った。
真波くんは、どこか悲しそうな目をしている。
私の心がずきりと痛んだ。

「小鳥遊さん、よかったね。これでオレもお役御免かな。」
「え?」
「まさか、オレが本当に小鳥遊さんを好きだとでも思ってた?」

そう言いながらクスクス笑う真波くんに、どこか違和感を感じた。
それでも、”お幸せに”そう言って踵を返した真波くんを追うことは出来なかった。
私はまだ、返事をしていないのだ。

「真波のやつめ……いったい何を考えているのだ。」
「と、東堂先輩!」
「な、なんだ雛美ちゃん。」
「好きです、私と付き合ってください!」

少し驚いた顔した東堂先輩は、ゆっくりと優しく微笑んだ。
その顔はやっぱり少しピンク色で、この顔を見られるのが自分なのだと思うと頬が緩んだ。

「これからは、オレと昼飯を食べるのだぞ。」

そう言って差しのべられた手を取って、私たちは歩き出した。
時折こちらを見てにこりと笑う東堂先輩は、私だけのもの。
私、ずっと東堂先輩しか見てなかったんですよ。
それを伝えるのは、もう少し先のこと―――。








「残念、もう少しでオレのものになると思ったのになぁ。」


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MOMO様にリクエスト頂いて書いたお話に納得がいかなかったので……。
東堂先輩でもう一度、甘くて切ない恋を目指して書かせて頂きました。
お気に召していただければ幸いです。



カウンター記念



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