初恋/3000Hit記念(MOMO様リクエスト)



小さな時からずっと一緒だったのに。
いつもお兄ちゃんのあとばかり追いかけてたのに。
追いつけないほど離れたのはいつからだっけ。
それでも私は、まだ追うことをやめられないんだ。



お兄ちゃんを追いかけて箱学に入学した。
部活はもちろん決まっている。
私は自転車競技部のマネージャーになるために、そのドアをたたいた。

「失礼します!マネージャー希望、1年の小鳥遊雛美です。」

ガチャリとドアを開けたのは大きな茶髪の人で、にっこりと笑っていた。
お兄ちゃんには劣るけど、なかなかかっこいい人だな。
そんなことを思っていると、中から聞き慣れた声がした。

「雛美?雛美なのか!?」
「お兄ちゃん!」

茶髪の人を押しのけて、奥からお兄ちゃんが顔をだす。
久々に会うお兄ちゃんはやっぱりかっこ良くて、惚れ惚れしてしまう。

「なんだ、尽八の妹か?」
「いや、雛美は妹ではない。雛美の母君が東堂庵で働いてくれいてな。小さな時から知っているのだ!」
「小鳥遊雛美です、よろしくお願いします。」
「へぇ、そうだったのか。よろしくな、雛美ちゃん。」

ぺこりと頭を下げると、お兄ちゃんが優しく撫でてくれた。

「よくきたな!うちのマネージャーは大変だがやりがいのある仕事だぞ。七瀬に教わるといい。」
「七瀬さん?」
「うちの敏腕マネージャーなのだよ。3年でお前の先輩に当たるから言葉には気をつけるのだぞ。今は……そうだな、きっと洗濯をしている頃だろう。」
「尽八、それより先に寿一に会わせねぇと。」
「いかんいかん、俺としたことがすっかり忘れていた!雛美、こっちへくるのだ。」

優しく手を引いてくれるお兄ちゃんについていき、福富先輩と軽く挨拶をした。
マネージャー業務は全てを七瀬先輩に一任しているそうで、指示を仰ぐようにと教わった。
練習に戻るというお兄ちゃんたちと分かれて、私は七瀬先輩のところへと向かった。



私はとても浮かれていた。
大好きなお兄ちゃんと同じ高校で、同じ部活。
やっと追いついた、そんな気がしていた。
もちろん、私だってもう子供じゃないからずっとこのままでいるつもりなんてない。
せっかく追いかけてきたんだから。
近いうちに、気持ちを伝えるつもりでいた。
鼻歌交じりに歩いて行くと、少し離れたところに人影が見える。
何か干しているからきっとあれが七瀬先輩だろう、そう思って挨拶をした。

「初めまして、1年の小鳥遊雛美です。マネージャー希望です、ご指導よろしくお願いします!」

その人が振り向いた瞬間、息を飲んだ。
大きくて黒目がちの瞳に、白い肌、ほんのり桃色の頬に薄くて形のいい唇。
結っている黒い髪が風に揺れて、さらさらとなびいていた。
なんて綺麗な人なんだろう。

「初めまして、3年の七瀬柚貴です。よろしくね、小鳥遊さん。」
「よ、よろしくお願いします!」

にっこりと笑うと、右にだけできるえくぼが印象的でとても可愛い。
優しそうなその笑顔に、私はすぐに打ち解けることができた。




暫らくして、私は"敏腕"の意味を痛感する。
七瀬先輩を司令塔のようにして、マネージャーたちは仕事をこなす。
部員によって濃さの違うドリンク、ローラーが終わるまでの目安、お気に入りのタオルといった細かなところまで七瀬先輩は把握していた。
全てが彼女の指示で動いているようだった。
そんな中私はまだ一通りの仕事を流れだけ教わっただけでミスも多かったのに、七瀬先輩はいつも笑ってフォローしてくれた。

「雛美ちゃん覚えるのが早いね、すごく助かるよ。」

そう言っていつも褒めてくれる。
そんな七瀬先輩が部員達に頼られないわけがなく、七瀬先輩の周りにはいつも誰かがいた。
そして今日も、外周を終えた部員たちが帰ってきた。

「七瀬。」
「尽八おつかれー。はいタオル。」

阿吽の呼吸のように、タオルが受け渡される。
それが何だか羨ましくて、少し嫉妬した。
そんなことは梅雨ほども知らないお兄ちゃんは、私に気がつくとにこりと笑う。

「雛美、マネージャーはどうだ?頑張っているか?」
「うん、七瀬先輩にとっても良くしてもらってるよ。」
「そうか、仲良くやっているのだな。七瀬、すまないが雛美をよろしくな。」
「尽八に言われなくても!こんな働き者の後輩手放さないよ。」

そうやってまた、さらりと私を褒めてくれる。
本当は大したことできてないのに。
七瀬先輩は、誰よりも優しかった。




部活にも慣れたある日の放課後。
部活自体は終わり、自主練をしている部員がチラホラ残っているだけだった。
私は部室で残っている洗濯物をたたみながら、日誌を書いている七瀬先輩と何気ない会話をしていた。

「それで、その時新開くんがさー」

そう言いかけた七瀬先輩の手が止まる。
カバンの中身を漁ってから、慌てて立ち上がった。

「ごめん、雛美ちゃん。私新開くんに教科書貸したままだ!明日当たるから、ちょっと返してもらってくるね。」

日誌はそのままでいいから、そう言い残して出て行ってしまった。
部室に一人、ぽつんと残った私は黙々と洗濯物をたたみ続けた。
そういえば、こんな風に1人になるのは初めてかもしれない。
仕事は楽しいけど、1人はやっぱり寂しいな。
そう思っていると、日誌がふと目に入った。
あまり目を通したことがないけど、何が書いてあるんだろう。
洗濯物もほとんどたたみ終わったし、私は椅子に座って日誌を読み始めた。
綺麗な字でかかれた日誌には、事細かにその日のメニューや部員の体調などが記されている。
タイムが上がった部員がいると"おめでとう、頑張ったね"とメッセージが添えてあり、七瀬先輩の優しさがうかがえる。
私もこんなマネージャーになりたいな、そう思っているとガチャリとドアの音がした。
振り返るより先に、聞き慣れた声が聞こえてくる。

「柚貴、まだ残っていたのか。まさかまたこの俺を待っていたのではあるまいな?遅くなるから先に帰れ……と……。」

固まるお兄ちゃんと私。
いま、なんて言ったの?
にこやかに話していたはずのお兄ちゃんからは一気に表情が失せていて、少し慌てて見えた。

「す、すまない。七瀬かと思って間違えてしまったようだ。雛美も早く帰るのだぞ。」
「お兄ちゃん、今……。」
「……誰にも言ってはならんよ、雛美。」

頭をポンポンと優しく撫でられた。
少し困ったように笑っているお兄ちゃんは、私の知らない顔をしている。
もともと少し違和感はあったのだ。
新開先輩は新開くんなのにお兄ちゃんのことを尽八と呼んでいたし、よく休憩中に話していた。
でも……他にも下の名前で呼ばれている人もいたし、休憩中は私も一緒だったから気づかない振りをしていた。
某然としていると、またガチャリとドアが開いて今度は七瀬先輩が入ってきた。

「あれ、尽八どうしたの?あ、雛美ちゃんは洗濯物たたみ終わったら今日はもう」
「七瀬。」

何も知らない七瀬先輩は和かに話続けたけど、お兄ちゃんがそれを遮る。
七瀬先輩の方へ向き直ると、頭を下げた。

「すまない。雛美を間違えて柚貴と呼んでしまってな……多分もう、バレている。」
「そっかぁ、仕方ないね。じゃぁこれからは三人だけの秘密ね。」

唇に人差し指を当ててウィンクする七瀬先輩は、私でもドキドキするくらい可愛かった。
お兄ちゃんは、七瀬先輩を見て優しげにふっと微笑んだ。
七瀬先輩のことになると、お兄ちゃんはいろんな顔をするんだね。
そこにはもう、私の知らないお兄ちゃんがいた。
互いに惹かれ合う二人には、勝てる気がしなかった。




初恋は実らない、なんて誰が言ったんだろう。
それでも相手の幸せを願ってしまうのは、きっと私が二人の良さを知り過ぎているせいだ。
どうか、二人がずっと笑っていられますように。



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MOMO様より
「荒北、東堂、真波の誰かで甘(切)いお話」
ということで、せっかくなのであまり書く機会のない東堂先輩で書かせて頂きました。
甘く切ない、という言葉がゲシュタルト崩壊起こすほど頭を捻ったのですが……
お気に召していただければ幸いです。
リクエストありがとうございました!

++来てくださる全ての方へ++
3000Hitありがとうございます!


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