惹かれて恋して捕まえて-2-




それから少しして、俺は東堂と同じレースに出ることになった。
その話を雛美にすると、とても嬉しそうな声が聞こえてきた。

「ほんと?じゃぁ私観にいこうかなー!」
「レース観にいくのは東堂に止められてるっショ?」
「東堂くん観にいくんじゃなければ大丈夫かなって。」
「どういうことショ?」
「だからー。祐介くんの応援に行こうかなって。」

"いいでしょ?"と聞かれ、断る理由なんてない。
はやる気持ちを抑えつつも、俺は冷静を装った。
当日は東堂に見つからなようにするという約束で、雛美をレースに呼んだ。



レース当日は曇り空で、過ごしやすい気候だった。
コンディションは完璧、普段は睡眠が浅めだが今日はよく眠れた。
昨日雛美とゆっくり話せたからかもしれない。
好きな相手が出来て自分がこれほどまでに変わるとは思わなかった。
それが例え東堂の彼女だとしても……。
俺はこの気持ちを消すことなんて出来ない。
今日また会えるのかと思うと、足取りも軽い。
そんな俺の元に最初にやってきたのは、東堂だった。

「巻ちゃん!レースで会うのは久々だな!」
「よぉ東堂。」
「最近なかなか電話に出てくれないではないか。話し中のようだが、誰と電話しているのだ?」
「別に誰でもいいっショ。」
「良くないぞ!現に俺と話す時間が減っている!彼女でも出来たのではないか?」

突然の言葉に俺は驚いてむせてしまった。
げほげほと息が整わないまま、東堂は楽しそうに話し続ける。

「なんだ、図星か巻ちゃん。そうか、彼女か……それで、今日は彼女さんは観にくるのか?」
「なっ、彼女なんていないショ。」
「さっきの様子だとそうは思えんのだがな。本当はどうなのだ?」

しつこく食い下がる東堂の相手にうんざりしていると、スマホが鳴った。
ディスプレイには"雛美"の文字が出る。
俺は東堂に見られないよう、慌てて切った。
レース直前まで居座った東堂をやっとのことで追い返し電話を掛け直すとすぐに通話が繋がった。

「悪い、東堂がきてたんショ。」
「あ、ううん。忙しいのかなって思ってたし、大丈夫だよ。」

その声はいつもよりトーンが低く、落ち込んでいるように聞こえた。
自分がそう思わせてしまったことに胸が痛む。

「今から会えるか?」
「あ、うん。えっとね……」

レース直前なのはわかっていた。
けど雛美を悲しませたままレースに出ることなんて出来るわけがない。
俺は居場所を聞いて走り出した。



会場から少し離れたベンチに雛美は座っていた。
雛美は俺に気がつくとにっこりと笑ってくれる。

「レース前なのにごめんね。」
「俺が会いたいって言ったんショ。気にすんな。」
「何かその言い方、恋人同士みたいだねー。」

クスクスと笑う雛美に、胸が高鳴る。
そうなれればいいと思ってるなんて言ったら、どんな顔をするんだろう。
その時、失う恐怖と手に入れたい欲の天秤が動いた気がした。

「なぁ、レースの後会えるか。」
「うん?大丈夫だよ、今日は他に予定いれてないから。」
「俺が……俺が東堂に勝ったら、聞いて欲しい話があるショ。」
「わかった。でも勝ったらなんて言わなくても話くらいいくらでも聞くよ?私もいつも聞いてもらってるし。」
「勝たなきゃ話せないことなんショ。」
「うーん、わかった。がんばってね!」

雛美は、心の底では俺を応援してないだろう。
そりゃそうだ、彼氏を応援しないやつがどこにいる。
だからこそ、勝って気持ちを伝えたい。
勝ったら告白する。
俺は願掛けのように、心の中で復唱した。




ゴールで待っていてくれるという雛美と別れて、俺はスタートへと急いだ。
すでに東堂は準備を終えたのか、近くのファンと話しているのが目に入る。
気づかれないように移動したつもりが、髪色のせいかすぐに見つかってしまった。

「巻ちゃん!遅かったではないか。」
「別に普通ショ。」
「いつもならもっと早いだろう。どうしたのだ、体調でも悪いのか?」
「クハッ、絶好調の間違いっショ。今日は負けねぇぞ、東堂。」
「ワッハッハ、それは俺のセリフだな巻ちゃん。」

こいつといると、嫌でもモチベーションが上がる。
そうこうしている間にレースは始まり、俺たちはペダルを回し始めた。
最初はそれなりにいた周りの奴らも、終盤になるにつれ一人、また一人と減っていく。
気がつけばいつものように東堂との一騎打ちになっていた。

「巻ちゃん!巻ちゃん!」
「クハッ、うるさいっショ。」

もうすぐゴールだ。
テンションは最高潮、ギリギリの勝負が俺を熱くする。
ゴールが見えたその時、次回の端に雛美の姿が目に入る。

「祐介くんっ!」

確かにそう聞こえた。
負けるわけにはいかねぇ。
精一杯、全部出し切って俺はゴールした。



レースが終わり片付け始めた頃、俺は雛美の元へ向かった。
ベンチに座るその姿は絵になっていて、好きなんだと実感した。

「よぉ、待たせたショ。」
「あ、お疲れ様!すごかったね、おめでとうっ。」

雛美は俺を見つけると立ち上がり、満面の笑みでそう言った。
東堂じゃなく、俺を応援してくれた。
そのことが俺の背中を押す。

「レースの前言ってたこと、覚えてるか。」
「もちろん!話って何?」

にこにこと笑ってベンチに座り直す雛美に促されて俺もベンチに腰掛ける。
そして真っ直ぐに雛美を見つめた。

「好きだ。付き合って欲しいんショ。」
「……え?」

雛美は目を見開いて固まってしまった。
その表情には喜びはなく戸惑いが色濃く映し出される。
失敗した、そう思ってももう遅い。

「え、あの、私……。」
「東堂と付き合ってるのは知ってるっショ。」
「じゃぁなんで……」
「気持ちは、止められなかったっショ。」
「ご、ごめっ……私っ……。」

そう言うと雛美は顔をしかめて泣き出してしまった。
泣かせたかったわけじゃない。
ただ笑って欲しかった。
それがどうして、こうなっちまったんだ。

「まぁ、なんとなくわかってたからいいショ。」
「ごめ、本当に……ごめん。」

好きなやつがどんな奴でも、嫌いになれない気持ち。
今ならちょっとわかるぜ。
俺は雛美が東堂を好きでも嫌いになれなかったからな。
涙が止まっても謝り続ける雛美を見送って、俺は家に帰った。



それから雛美が連絡してくることはなくなった。
時折電話をかけても繋がらず、折り返しも来ない。
そりゃそうだよな。
そう思いながらも俺の中に空いた穴はでかく、モチベーションが上がらなかった。
そんな時着信音がなり、出てみると変わらないテンションの声が聞こえてきた。

「巻ちゃん!調子はどうだ?食事はしっかり摂っているのか?」
「まぁ、それなりショ。」
「む、その様子だとまたろくに食べていないんだろう。ならん、ならんよ巻ちゃん!そんな巻ちゃんと次のレースで戦うのは」

相変わらずうるさいやつだ。
こんなやつのどこがいいんショ。
雛美の影がちらついて、頭痛がしてきた。
会いたい。
だけどそれは叶わない。
東堂との次のレースは一ヶ月後だ。
会えないことはわかってる、レースを観に来ないことも知っている。
けどチャンスがあるとすればそこしかない。
俺はそこに、一縷の望みを託すように練習に励んだ。



レース当日、生憎の雨に加えてレース中のパンクに見舞われた俺は足を止めた。
東堂と競っていた最中の出来事だった。
今まで調子が良かったのは、全部雛美のおかげだったのかも知れないとすら思った。
幸運を運んできてくれたのは雛美だったんだと。
東堂を見送りリタイアした俺は早々に片付けに入った。
そんな時、懐かしい声が耳に飛び込んできた。

「祐介くん。」

振り返るとそこには雛美がいた。
夢かと思った。
だけど雛美は少し控えめに笑って、俺のそばにしゃがみこんだ。

「レース、お疲れ様。東堂くんに聞いたよ、残念だったね。」
「クハッ、俺が勝ってたら東堂は負けてたっショ。雛美的にはこれで良かったんショ。」
「そんなこと……そんなことないよ。私ね、祐介くんに聞いて欲しいことがあるんだ。」

真剣な目はどこか切なげで、目が離せなくなった。
俺は椅子に座り直すと、雛美にも座るように促した。
そして互いに向き合うと、雛美は口を開いた。

「私さっき、別れてきたの。」
「はっ……?どういうことだ?」
「東堂くんと、別れてきた。」

突然のことに言葉を失う俺に、雛美は俯いてしまった。
そしてポツリポツリと、あれからのことを話し始めた。
東堂とは以前よりも時間が合わずに、会う時間も減っていったこと。
誰にも話せない関係で、相談も出来なくなりずっと苦しんでいたこと。
それを聞いて胸が締め付けられた。
俺があんなことを言わなければ、今も雛美は笑っていられたのかもしれない。

「でもね、私気づいたの。東堂くんと距離ができたことより、祐介くんと話せなくなったことの方が辛いって。
今更、都合よすぎるのはわかってる。だけど、これを逃したらいつ会えるかわからない。だから会いにきたの。」
「どういう……ことだ?」
「祐介くんが、好きです。」

耳まで真っ赤に染めながら、雛美は俺の方に向き直ってそう言った。
理解が追いつかない俺は、ただ見つめることしかできない。

「どうしても会って言いたかったの。」
「……じゃぁ何で電話してこなかったんだ?」
「それは……甘えちゃいそうだったから。ちゃんと東堂くんと別れて、ちゃんと会って言いたかった。東堂くんともレース前だからすれ違いが多くて中々別れ話ができなくて。」

好かれている、そのことが未だに信じられない。
それでも目の前で笑ってくれている雛美が夢じゃないことだけはわかる。
そして想いが変わっていないことを伝えなければならないことも。

「俺も好きだ。総北は諦めが悪いやつばっかりなんショ。」

そう言うと雛美は何時もの楽しそうな笑顔で笑ってくれた。
心が暖かいもので満たされて行くようだ。
叶わないと思っていた、無理だと思った。
だけど諦めることなんて出来なかった。
そして手に入れたのは、かけがえのない存在。
次はきっと負けない。
そして手にした勝利を君の元へ。
その為に俺はまた走り出す。
雛美と共に笑うために。




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にわなずな様より「略奪愛」(東堂→巻島落ち)
というリクエストを頂き書かせて頂きました。
人気者の東堂さんと、それに悩むヒロイン。
そしてそこに現れた巻島さん。
ヒロインの心の変化と巻島さんの葛藤を楽しんでいただければと思います。
お気に召して頂ければ幸いです。
リクエストありがとうございました!


+++++++++++++++
来てくださる全ての方へ
55000Hitありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します。


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