俺はお前に恋をした/1000Hit記念



初めてあいつを見たのは練習中だ。
また東堂の観客かと呆れてたら、一人だけ違う目つきをしてやがった。
目を輝かせて、”自転車”を見てやがる。
気が付いたら目で追うようになってた。
いくら見てても、あいつと目が合うことはなかった。
あいつはいつも、新開や泉田ばかりを見てたからなァ。
おかげでどんだけ見てても気づかれることはなかった。

名前が小鳥遊雛美だと知る頃には、スプリンター連中には「雛美ちゃん」なんて呼ばれていた。
ただ、自転車部内でも「スプリンターにしか呼ばせない」として有名だった。
俺はまだ、会話すらしたことがなかった。
夏に近づくにつれ、あんま見かけなくなった。
見かけないというより、自転車部にあまりこなくなっていた。
それは他の奴らも気づいていた。
とうとう自転車に飽きたのか、そう思っていたら東堂も同じようなことを考えていたらしい。

「最近小鳥遊さんが来ていないな。新開、何か聞いておらんのか?」
「雛美ちゃんかい?水泳部だからな、屋外練習が始まったらしいぜ。俺も最近会ってねぇんだ、ラインしてるくらいでな。」

新開とはラインまでしてやがんのかよ、と思いつつも二人の会話に耳を傾けた。
そういや泳げないくせに水泳部に入ったと聞いたことがある。
良く話していた新開はもちろん、東堂もあいつのことを割と気にかけていた。
そりゃ東堂に下の名前で呼ばれて喜ばない女なんてあいつくらいだからな。
水泳部か、そういえば今日近くを走るな、なんて考えながら部室を後にした。

プールのそばには、明らかに水泳部じゃないやつらが群がっていた。
何人かはクラスメイトだ、確かバスケ部だったと思い出す。
その視線の先には、小鳥遊チャンがいた。
水泳部のはずが、小鳥遊チャンは水着を着ていないどころか上下長ジャージで走り回っている。
日焼けを気にしているのかとも思ったが、汗だくでなんだかフラフラしている。
そんな小鳥遊チャンにクソッタレ共が話しかけた。

「雛美ちゃーん!早く水着見せてよー。」
「雛美ちゃん見に来たんだぜ、俺ら。早く脱いでよ!」

それを聞いた小鳥遊チャンがこっちにきた。
今にも泣きそうな顔して必死に笑ってやがる。

「すみません、練習の邪魔になるのでお引き取り下さい。あと名前で呼ばないで下さい。」
「えー、雛美ちゃん見に来たんだってば。水着姿見せてよ!」
「先輩たちが練習してますので……私は暫く泳ぎませんし、今日は水着も持ち合わせていないのですみません。」

血の気のない真っ白な顔して、汗ダラダラ流して、そんなやつらに律儀に謝って。
お前何やってんだよ。
あんなに必死に小鳥遊チャンが頭を下げても、クソッタレ共は引きゃしなかった。

「なんならー、水着じゃなくてもいいんだぜー?」

そんな下品なヤジが飛ぶ。
俺はいても立ってもいられなくなり、ビアンキから降りた。

「てめぇら人の部活の邪魔してんじゃねぇぞ!」
「うっせぇ、くそダセェチャリ部は黙ってろよ。」
「そのくそダセェチャリ部より成績の出ねぇバスケ部は引っ込んでろ!」

そこまで言ったところで、後ろに誰かいるのに気づいた。
振り返ると福ちゃんが立っていた。

「荒北練習中だぞ、どうした。」
「バスケ部の奴らがチャリ部はくそダセェって言ってやがんだよ。」
「ダサい、だと?」

そこまで言うと、バスケ部はそそくさといなくなった。
福ちゃんは一つため息をついて一足先に練習に戻って行った。
俺も戻るか、と踵を返すと小鳥遊チャンに呼び止められる。

「荒北先輩!」
「ンだよ。」
「あの、ありがとうございました!」
「気にすんな。それより自分の心配した方がいいんじゃナァイ?」
「私?ですか?」
「顔色、真っ青通り越して真っ白だヨ。」
「あっ…。」

気まずい沈黙が流れる。
そろそろ部活に戻らないと本気で福ちゃんに怒られちまうな。

「女のコは元気な方が可愛いんじゃね。」

そう言って俺はビアンキに跨った。
柄にもないことを言ってしまったせいで顔が熱い。
バレないうちに、俺は練習に戻った。



その日の帰り、福ちゃんと戸締りをして部室を出ると呼び止められた。

「あ、荒北先輩っ。」

何やら深刻そうな顔をして、俺と福ちゃんを見比べている。
小鳥遊チャンが自転車部でスプリンター以外に声を掛けるのなんで初めて見た。

「あ、あの……少しお話、いいですか?」
「おう……、福ちゃん悪ィ。鍵返しとくし先行っててくれるゥ?」
「わかった。」
「すみません。」

そう言って福ちゃんを見送り、俺は小鳥遊チャンと部室に戻った。
椅子を指差すと、小鳥遊チャンはゆっくりと腰掛けた。
久々に見た小鳥遊チャンは具合が悪そうで座らせてやりたかっただけなのに、部室に2人きりというのがどうも落ち着かない。
とりあえず向かいに座ると、小鳥遊チャンは口を開いた。

「あの、さっきはありがとうございました。私では中々話を聞いてもらえなくて。」
「気にすんなっつったろ。」
「それで、単刀直入に聞きたいんですけど……。部活やめたりするのって、難しいんですかね……。」
「意味わかんねぇんだけど。」

優しくしてやりたいのに、口から出るのはトゲのある言葉ばかりでイライラする。
何で俺こんなに余裕ねぇんだよ。
でも小鳥遊チャンは気にしていないのか話を続けた。
最初は面白がられていたけど、いつまで経っても泳げないので呆れられていること。
水着でいると他の生徒がきて練習の妨げになるからと、水着どころか半袖ジャージも着せてもらえないこと。
大会までは水に入ることも許されず、雑用も断られて居場所がないこと。
それでも行かなければ、もっと扱いが悪化すること。
途中から鼻をすする音が聞こえてきた。

「今日荒北先輩に指摘されて、疲れ切ってる自分に気づいて。」

そう言って顔を上げる小鳥遊チャンの目からは涙が溢れている。
困ったように笑う顔に、舌打ちする。
自転車を見てる時の小鳥遊チャンは、もっとキラキラしていた。
嬉しくて楽しくて仕方がない、そんなお前はどこいっちまったんだよ。
涙をそのままにする小鳥遊チャンを見ていられなくて、カバンからタオルを出して渡してやった。

「ありがとうございます。……ふふ、荒北先輩の匂いがする。」
「あ、悪ィ!使った方だったかもしんねェ。」

慌ててカバンを漁ると、未使用のタオルが出てきた。
渡したのは、さっき使ったばかりの方だった。
取り替えようと新しいのを差し出すと、小鳥遊チャンは首を振った。

「こっちでいいです。荒北先輩の匂い、落ち着きます。」

そうやって無防備に笑う。
初めて俺だけに向けられた笑顔に胸のあたりが痛む。
俺は初めて見たあの時から、小鳥遊チャンに惚れてたんだと自覚した。

「なァ。」
「はい?」
「やめちまえば。」
「えっ?」
「面白くねぇ部活なんてやめちまえっつったんだよ。」

小鳥遊チャンは、少し困ったように笑う。
タオルをギュッと握りしめて、涙を拭った。

「荒北先輩は、優しいですね。」
「口悪ィの間違いなんじゃナァイ?」
「そんなことないです。確かに口下手かもしれないけど……。私を助けてくれて、こんな話まで聞いてくれて。背中まで押してもらいました。荒北先輩は、優しいです。」
「ッせ、褒めんな。」

言われなれない言葉に顔が熱くなる。
小鳥遊チャンから目を逸らすと、クスクスと笑われた。

「勘違いしちゃいそうです。」
「何をだよ。」
「私が荒北先輩に好かれてるんじゃないか、なんて。」

そんなわけないですよね、そういった小鳥遊チャンを見ると顔がタコみてぇに真っ赤になっていた。
自分で言っといて恥ずかしがるとか反則だろ。

「勘違いしとけバァカ。」
「えっ?」
「間違ってねぇから勘違いしとけっつったんだよ。」

言ってしまった。
こんな形で伝えることになるとは思わなかった。
小鳥遊チャンは何も言わなかった。
ただその沈黙が耐えられなくて頭をガシガシかいて、立ち上がった。

「あーくそっ。忘れろ。」
「わ、忘れません!私も荒北先輩が好きです!」

顔を上げてはっきりそう告げた小鳥遊チャンと目が合う。

「ハァ?」

間抜けな声が出た。
スプリンターばかり見てたくせに何いってんだ、そう口から出そうになって慌てて手で覆った。

「昼休み、猫と遊んでる荒北先輩を見つけて。笑ってる荒北先輩がすごく幸せそうで、毎日見てたんです。部活があって、自転車部は見に行けなかったから……。新開先輩にお願いして、荒北先輩のこと色々教えて頂いて……。」

耳まで真っ赤になりながら、だんだんうつむいて行く。
新開とのラインってそれかよ。
つーか、小鳥遊チャンの好みってーーー。

「スプリンターが好きなんじゃねぇの。」
「あ、えっと……。スプリンターの方は憧れというか、憧れと好きになるタイプは違うというか、その、あの……。」
「小鳥遊チャン趣味悪ィんじゃナァイ?」

そう言うと、パッと顔をあげて俺を見た。
我ながら意地の悪いことを言ったと思う。
それでも小鳥遊チャンはにっこりと笑う。

「誰がなんと言おうと、荒北先輩は素敵です。私は荒北先輩の全部が好きです。」

なんだよコレ。
反則だろ。

「……靖友。」
「えっ?」
「靖友って呼べよ、俺も名前で呼ぶしィ?」
「や、靖友先輩。」
「ん、雛美チャン。」

好きな奴に名前で呼ばれることがこんなにドキドキするとは思わなかった。
部室に2人きりだと言うのが、余計にそうさせているのかもしれない。

「や、靖友先輩。」
「ナァニ?」
「雛美って、呼び捨てで呼んでください。自転車部の方には下の名前で呼んで下る方もいるので……。」
「特別だって思っていいわけェ?」
「も、もちろんです!」
「…雛美。」

名前を呼んでそっと近づいて抱きしめた。
雛美はスンスン鼻を鳴らしている。

「靖友先輩の匂いがする…。」
「ハッ、犬かよ。」
「へへっ。」

にへら、と無防備に笑う姿に欲情した。
他のやつに見せたくねぇな。
そっと顔を寄せると、雛美は目を閉じる。
俺は柔らかそうな唇に、そっと自分のそれを重ねた。
静かな部室に、二人の呼吸だけが響いていた。



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