ルリマツリ-3-




うさ吉を抱きながら、ぼんやりと空を眺めていた。
遠くで鐘がなっている気がする。
それでも動く気にはなれなくて、俺は授業をサボった。
振られるんだろうか、そんな言葉が頭をよぎる。
結局好きだったのは俺だけだったんだろうか。
一度だって、雛美の口からその言葉を聞いたことがない。
いい加減、俺も諦めた方がいいよな。
振られるならいっそ、嫌われた方が……。
不安は俺の心をまた黒く染めて行く。
どれくらいそうしていただろう。
ガサガサとこちらに向かってくる足音に振り返った。

「寿一?」
「ごめんね、私で。」

そこにはいるはずのない雛美の姿があった。
うさ吉のことは、寿一以外に話したことはない。
それなのに、どうしてここにいるんだ。

「福富くんに聞いたら、ここだろうって言われて。」
「……そうか。」
「その子、かわいいね。学校にうさぎなんていたんだ。」

雛美はそう言いながら俺の横にしゃがみ込み、うさ吉にそっと触れた。
うさ吉も雛美が自分を傷つけないとわかるのか、すりすりと頭を擦り付けている。
なんだか急に仲間はずれにされたようなさみしさが募る。

「俺の、なんだ。」
「えっ?」
「こいつ、俺のウサギなんだ。」
「そうだったんだ。もっと早く教えてくれたら良かったのに。抱っこしてもいい?」
「あぁ。」
「この子、名前は?」

愛しそうにうさ吉を見つめながら、雛美は幸せそうに笑う。
その笑顔を壊したくないと思う反面、もう自分に向けられることがないのなら壊してしまいたくなる。
そして俺はあの日のことを口にしてしまった。

「そいつの母親を、俺はーーー。」

あの時の状況も、俺の気持ちも、洗いざらい全部吐いた。
どうせ離れていくならとことん嫌ってくれればいい。
そう思って話したはずなのに、話終わった俺を雛美は優しく抱きしめた。

「話してくれてありがとう。頑張ったね。」
「え……?」
「隼人くんが何か隠してるのは知ってたけど、私から聞かないようにしてたの。話したくなるまで待ってた。」

雛美はそう言って、大きな瞳に涙を浮かべながらも優しく笑う。
心に溜まった黒い靄が、すーっと晴れて行くようだった。

「俺のこと、酷いやつだと思わないのか?」
「うーん、酷いかもしれないけど……今の隼人くんは、違うと思うから。」

ニコニコと笑う姿にホッとした。
嫌われなかったことに安堵した。
そしてふと、靖友のことが頭をよぎる。

「あのさ、さっき廊下で靖友と……仲良いのか……?」
「靖友くん?仲良しっていうか……猫仲間?」

話を聞けば、一年の春から交流があるらしい。
校内にいる黒猫を介して話すようになったのだという。
そう言えば靖友も動物が好きだったことを思い出す。
それでも拭いきれない不安を俺はぶつけてしまった。

「その……靖友のこと、どう思ってるんだ?」
「靖友くん?……優しいし気さくだよね。」
「好き、なのか?」
「何言ってるの?」

雛美はきょとんとして、不思議そうに首を傾げた。
この様子だと、多分そういう感じじゃないんだろう。
ただ俺より距離が近そうな二人に少し嫉妬した。
だからつい、手を伸ばしてしまった。

「もっと近くに座ってくれないか?」

引き寄せた手は振り払われることなく受け入れられた。
少し頬を染めながら頷く雛美を見て俺はホッとした。
ちゃんと好かれてる。
今はそれがわかっただけで十分だ。
穏やかなこの時間が、何より俺を癒してくれる気がした。




それから暫くして、うさ吉の世話もひと段落した頃にやっと自転車に乗れるようになった。
うさ吉の世話では雛美に、自転車では靖友たちに助けられてばかりだ。
気がつけば雛美は一人でうさ吉のところへと足繁く通っていた。
教室にいない時は裏庭が指定席だったはずなのに、今ではそれがうさ吉の所へと変わってしまうほどだった。
そんなある日、また雛美は靖友を見かけた。
先を歩く靖友を追いかけるように服の裾を掴んで歩く姿は、俺の胸をちくりと刺した。
不安と嫉妬が押し寄せて、俺は気がつけば雛美の手を引いていた。

「どこいくんだ?」
「あっ、隼人くん。」
「よぉ。」

靖友は俺に気づくと足を止めて、雛美の手を振り払った。
だけど雛美はまた靖友の服を掴む。

「おい、放せっての。」
「なんで?」
「新開いんだろうが。」
「隼人くんがいたらダメなの?」

不思議そうに首を傾げる姿に胸がまた痛む。
嫉妬とは違う何かが、胸をざわざわとさせた。

「新開も何か言ってやれっての。」
「え?何をだ?」
「んな怖ェ顔するくれぇなら言いたいこと言った方が良いんじゃねェの。」
「隼人くんなんで怒ってるの?」

口々にそう言われてハッとした。
俺は今、どんな顔をしていた?
モヤモヤと言いたいことがまとまらない俺に靖友はため息をついて、雛美の手をまた振り払った。

「あのなぁ、フツーは自分の女が他の男にくっついてくとこなんて見たくねェんだよ。新開だってそう思ってんだろーが。」
「そうなの?」
「あ……まぁ、いい気はしねぇかな。」

図星をつかれてしどろもどろする俺に、靖友は呆れているようだ。
頭をガシガシとかくと雛美の背中をぐいっと俺の方へ押しやった。

「仲良くやれヨ。」

それだけ言い残すと靖友は行ってしまった。
雛美は俺を見上げて、眉間に小さなシワを作る。

「隼人くん。」
「なんだ?」
「私、言われなきゃわからない。」
「靖友のことか?」
「さっきのもそうだけど……最近、あんまり言ってくれないから。」

話す時間が少なかったわけじゃない。
内容も前とさして変わらない。
なのに雛美は不満そうに頬を膨らませた。
一体なんのことか分からずに、俺は首を傾げた。

「言ってくれない、ってなんだ?」
「その……私のことどう思ってるのか、とか……。」

薄っすら頬を染めて俯いた雛美が可愛くてクスリと笑ってしまった。
自分ばかり、そんな思いが先立って口にすることを控えていた想いが、逆に雛美を不安にさせてしまっていたのだ。
そんなこと、だけどその不安を俺は誰より知っている。

「ごめんな。好きだよ。」
「そう、ならいいの。」
「雛美は?」
「え?」
「雛美は言ってくれないのか?」
「……知ってるくせに。」
「雛美だって、知ってて聞いたろ。」

恥ずかしいのか、困ったような顔をして雛美は俯いてしまった。
顔を覗こうとすると逃げられてしまう。

「なぁ。」
「なに?」
「俺のこと、どう思ってるんだ?」

両手を捕まえると観念したのか、俺を睨みつけるようにして小さな声を発した。
本当に小さなその声は、きっと俺以外の耳には入らない。

「好きよ。」

その一言で、雛美は真っ赤になってしまった。
そんな姿が愛しくて、その言葉が何より嬉しくて。
思わずぎゅっと抱きしめた。
拒まないその手が優しく背中に添えられて、雛美の匂いが鼻をくすぐる。
聞き間違いでも、勘違いでもない。
たった一言が、俺を何より幸せにしてくれる。
腕を緩めると、優しく笑う雛美と目が合った。
恥ずかしがりで気まぐれで掴み所のない雛美を、初めて捕まえられた気がする。

「ありがとな。」

それに応えるように笑う雛美は、春の暖かい日差しに似ている。
俺は一生この日を忘れない。
これからもずっと、雛美と共に。



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凛音様より「自由奔放で小動物のような女の子と付き合う新開さん。」
というリクエストを頂くことができました。
ルリマツリの花言葉は「ひそかな情熱、いつも明るい」です。
ヒロインちゃんをそのイメージで書かせて頂きました。
夢主ちゃんは口数が少ないなど細かい設定も頂き、いつもと違う女の子を書けてとても楽しかったです。
ただあれこれ入れたい部分がありとても長くなってしまい申し訳ありません…。
お気に召して頂ければ幸いです。
リクエストありがとうございました!


+++++++++++++++
来てくださる全ての方へ
45000hitありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します。

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