ルリマツリ-2-



その週末にあったレースで、俺は落車した。
飛び出してきたウサギをよけきれなかったからだ。
タイムロスだ、そう思ってすぐに走り出した。
おかげで結果は上々だった。
けどレースが終わってから雛美の顔がやけにちらつく。
まるで俺を咎めるかのように、哀しげな顔が浮かんでは消える。
そしてやっと気付いた。
俺はウサギを轢いてしまったんだ。
それなりにスピードが出ていた。
怪我をしていてもおかしくない。
レースに集中していたとか、悩んでいたからとか言い訳なんて通用しない事態になっていると気付いたのは、帰り道だった。
恐らく鼓動は止まっているであろうウサギの傍らに、まだ小さな子ウサギが寄り添っている。
それを見た瞬間目の奥が焼け付くように痛み、俺は泣いていた。
なんてことをしてしまったんだろう。
接触は事故だった。
でも俺はそのあと、なんて思った?
タイムロス?
踏めば取り返しの付くもののために、取り返しの付かない物を奪ってしまった。
無垢な姿が、不思議そうに俺を見つめていた。
このままでは育たないだろうことは容易に想像がついた。
俺は手を合わせると子ウサギを連れて帰った。




翌日学校に許可をもらい、子ウサギを世話することにした。

「ここが今日からお前の家だ。また昼にくるからな。」

そっと頭を撫でてやると目を細めるその姿に胸が痛んだ。
俺があんなことをしなければこいつは今も母親と……。
後悔ばかりが押し寄せて、なかなか離れることが出来ない。
しかし無情にも時間は過ぎ、予鈴が鳴る。
俺は子ウサギに別れを告げて教室へ向かった。



教室へ入るとすぐに雛美と目が合った。
出来れば今は顔を合わせたくない、そんな思いと裏腹に珍しく雛美の方から駆け寄ってきた。

「おはよう。」
「あぁ、おはよう。」
「大丈夫?」

雛美は不安そうに俺の顔を覗き込み、ハンカチを手渡した。
ハンカチ?
そう思ったのが顔に出ていたのか、雛美はハンカチを俺の顔に押し付けた。

「気付いてないの?そんなに痛い?」
「怪我なら平気だよ、大したことないさ。」
「違うよ。」

雛美は眉をひそめて、俺の手を引いた。
初めて繋がれた手は暖かくて、ホッとした。
そしてその時初めて俺は泣いていることに気付いた。

「きて。」

優しい手に促されるまま、俺たちは教室を出た。



遠くで始業のベルが鳴り響く。
雛美は裏庭のベンチに腰掛けると、俺の方に向き直った。

「どうしたの?」

不安そうな声が俺の鼓膜を刺激する。
その瞳が昨日の子ウサギと重なり、俺は溢れる涙を止めることができなかった。

「話したくないなら話さなくてもいいよ。」

そう言いながら小さな手が俺の背中や頭を撫でる。
控えめにそっと触れるそれは俺を安心させてくれた。

「俺っ……」

声にしようとすればするほど溢れる涙は、俺の気持ちを締め付けた。
泣きたいのは、俺じゃないだろ。
一瞬でもタイムロスだと思った俺は、きっと穢れている。
そんな俺に触れる手は優しくて暖かい。
けど触れれば触れただけ穢してしまう気がした。

「俺……酷いやつなんだ。」
「そっか。それで?」
「触ったら……雛美までダメにしちまう。」
「私はそんなに弱くないから大丈夫。」
「……っ!授業、始まってるぜ。」
「私がここにいるの、何でかわからないの?」

優しさが染み渡って、俺を溶かして行くようだった。
罪悪感と自己嫌悪で真っ黒だった自分が洗われて行く気がした。
ただそばにいてくれる。
それがこんなにも暖かいなんて、知らなかった。
俺もあの子ウサギにとって、そんな存在になれるだろうか。




あれから俺は子ウサギの世話に追われていた。
エサに水、掃除にブラッシング。
できる限りのことをしてやりたくて、うさ吉と名前をつけて可愛がっていた。
そして忙しさに託けて、自転車から距離を置いた。
どうしてもあの一瞬が忘れられなかった。
自転車を目にするたびに責められているような錯覚にすら陥った。
そしてそれが原因で、俺はIHを辞退した。
その頃から時々雛美が心配そうに俺を見ているのは知っていたが、うさ吉の話をするのが怖くてつい避けてしまったいた。



そんなある日、雛美が靖友の服を掴んでいるのが目に入った。
二人に接点などないはずだった。
クラスも委員会も違うし、もちろん部活も違う。
唯一あるとすれば俺を介してくらいなものだけど、話に出したことはあっても会わせたことはないはずだ。
胸がチリチリと焦げるような感覚に陥り、気がつけば俺は二人の話に耳を済ませていた。

「またおめーかよ、何の用だよ。」
「別に。いつもと変わらないけど。」
「ったく、またあの話かよ。」
「うん、靖友くんならわかるでしょ?」

耳を疑った。
雛美は靖友をを名前で呼んだ。
俺ですら付き合い始めてから頼んで呼んでもらえるようになったのに、一体いつから仲が良いんだろう。
俺がうさ吉に必死になっている間に……?
嫌な想像ばかりが俺を包み込んで、気がつけば俺はうさ吉の元へ走り出していた。



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