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東堂の部屋に戻るという福チャンたちを見送って、俺たちは風呂へ向かった。
昨日雛美が入ったという露天風呂は思ったより広く、景色も良かった。
ここに雛美がいたらもっと良かったのになァ。
箱根に来てから、頭から離れないことがある。
雛美をあいつらに会わせたせいかもしれない、少なからず黒田にも原因があるだろう。
以前よりも強く、雛美を手放したくないと思うようになった。
絶対に離れていかない自信なんてない。
だけど今は好かれている自信がある。
独占欲と酷似しつつも少し違うこれは、一体何なのだろう。
伝えるのはもっと先だと思っていたはずなのに、自制が効かないような感覚だった。
福チャンに言ったあの言葉を、雛美に……。
そう考えるだけで心臓がバクバクと煩くなるのに、伝えたくてたまらない。
一度頭を冷やした方がいいかもしれない。
俺は早々に風呂から上がった。




雛美が入っている檜風呂の外で、暫く出てくるのを待っていた。
中々出てこないところを見ると、ゆっくり楽しんでいるんだろう。
同窓会を兼ねた旅行だったはずが旅行を兼ねた同窓会になってしまい、疲れさせてしまったんだろう。
それに少し申し訳なく思いながらも、会わせられたことに満足していた。
あいつらが雛美を認めてくれたのも大きな理由の一つだろう。
昨日のことを振りかえっていると、物音がして雛美が出てきた。
湯上りの姿はやけに色っぽくて、胸が高鳴る。

「あ、ごめん。遅くなっちゃったかな?」
「気にすんな。ゆっくり入れたかァ?」
「うん、とっても気持ち良かったよ。」

他の風呂も入るかと聞けば、少し休みたいという。
俺たちはそのまま部屋に戻った。
誰もいなくなった部屋はすっきりと片付いていて、本来の姿を取り戻していた。
元々はこういうとこでゆっくりするはずだったんだよなぁ。
ふと床の間を見ると浴衣が二着置いてある。
傍らに東堂からのメモ書きが添えられていて、準備してくれたようだった。
変な所で気が利くっつーかなんつーか。
その心遣いにちょっと感謝しつつ俺はそれを雛美に手渡した。

「着てくんねェ?」
「え?でもすぐ着替えることにならない?」
「アー……見てェんだけど。」

昨日は黒田がいたから言わなかった言葉。
だけど二人きりの今なら言える。
雛美は少し頬を染めて、ふわりと笑った。

「私も、靖友くんに着てほしいな。」
「ハァ!?」
「私だけってなんかズルくない?私だって、靖友くんの浴衣姿じっくり見たいよ。」

昨日も着たじゃねェか。
そう思いつつも、断る理由なんてない。
雛美の希望なら出来る限り聞いてやりたい。
むしろ、見たいと思ってくれたことが少し嬉しくて顔がにやけてしまう。

「仕方ねェなァ。」

そう言うとパッと表情が変わり、キラキラとした顔に変わった。
こんな顔してくれんなら、浴衣くらいいくらでも着てやんよ。
そんな思いを抱きながら着替え始めると、何やら背後から視線を感じた。
振り向くと雛美がじっと俺を見ている。

「何見てんのォ?」
「え?着替える所?」
「雛美も着替えんだろーが。」

そう言うと雛美は少し驚いた顔をした。
忘れてんじゃねェよ。
手を引いて小部屋の方へ移動させると、着替えを始めたのかごそごそと音がし始めた。
それを確認して俺も着替えの続きを済ませると、窓際の椅子へと腰かける。
今日帰るんだよな。
そんなことを考えながらぼんやり外を眺めていると、物音が止んだことに気づいた。
雛美の方へ視線を移すと少し恥ずかしそうにしているのが目に入った。
それが可愛くてつい口元が緩んでしまう。
呼び寄せるように手を広げると、嬉しそうに笑ってこちらへ向かってきた。

「こいよ。」
「うんっ。」

近づいてきた雛美の腰を捕まえて膝に座らせた。
浴衣のせいで対面で抱きしめることは出来なかったが、いつもと違うその姿は俺を高揚させた。
浴衣から覗くうなじや胸元は白く、石鹸のいい匂いがする。
もっと近くで嗅ごうと引き寄せると、何やらモゾモゾ動いていて上手く嗅ぐことが出来ない。
ちょっとは大人しくしてろっての。

「あんま動くんじゃねェよ。」
「や、だって私も……抱きしめたいのに。」
「こうすればいいんじゃねェ?」

片足をぐっと持ち上げて跨らせると、白い太ももが露わになった。
その色っぽい姿にドキリとしつつも、悟られないようにそのまま抱きしめた。
視界に入りさえしなければ大丈夫だろう。
雛美が控え目に回してきた手が少しくすぐったい。
俺の高鳴る鼓動と同じように、雛美の鼓動も早く打っているのが分かる。
お互い同じように思ってんのかなァ。
そう思うと嬉しくて胸の奥が熱くなった。
いつも違う石鹸とシャンプーの匂いに不思議な気分にさせられる。
今ここには、俺たち二人だけ。
他には誰もいない、邪魔も入らない。
俺は雛美の肩に頭を乗せた。

「なァ。」
「うん?」
「……離したくねェ。」

思ったより小さくなってしまった声はちゃんと届いただろうか。
俺の顔を覗きこむように離れようとした雛美を見てその心配は杞憂だったと知った。
だけど今顔を見せたら、言いたいことが言えなくなる気がした。
俺は顔を背けるようにそのまま強く抱きしめた。

「ガキっぽいこと言ってんのはわかってる。けど、離したくねェし誰にもやりたくねェ。」
「子供っぽいなんて思わないよ。私だって、同じこと思ってる。離れる気なんてないし、離す気なんてないよ。」
「……マジで言ってる?」
「こんな嘘つけるほど、私器用じゃないよ。」

雛美からの独占欲に似た想いに胸が熱くなった。
初めて聞いたそれは俺に自信を持たせるのに十分だった。
興奮からか少し息苦しさを感じていた時、グスグスという鼻声が耳に入った。
雛美の顔を覗きこむと、ぼたぼたと大粒の涙が溢れている。
だけどその表情はどこか嬉しそうで、その涙が悲しみでないことが見て取れた。
その姿が愛しくてたまらない。

「雛美」
「なぁに……?」

涙を流しつつも優しく笑い、俺を見上げるその瞳に自然と言葉が溢れた。

「卒業したら結婚しようぜ。」

一瞬目を見開いたかと思えば、すぐにまた大粒の涙が溢れてきた。
どんだけ泣くんだよ。
嬉し泣きにしては泣き過ぎじゃないかと思いつつも、その姿が俺の視線を奪う。

「わ、わた、私っ……私で、いいの……?」
「雛美がいいんだっつの。」
「だって、こんな……。」
「雛美は自分を卑下しすぎなンだよ。付き合いはまだ短ェけど……雛美とのこと、マジで考えてっから。」
「うんっ……私も、靖友くんが、いい……」

ずっと抱えていた想いを伝えることができた。
その達成感と、それに応えてくれた雛美に俺は満たされた。
涙を流しながらも嬉しそうに笑い、”好きだよ”と言ってくれる雛美はとても綺麗だ。
こんな涙なら悪くない。
付き合い始めて日は浅いはずなのに、この安心感は何だろう。
これから何があったとしても、一緒にやっていける。
そんな確信が俺にはあった。
きっと雛美の中にもあるだろう。
俺たちの気持ちはいつも同じだったんだから。
雛美の優しい空気が俺を包み込んで癒していく。
それがこれからもずっと続けばいい。


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