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靖友くんと温泉の前で別れて、私は檜風呂に入った。
少し冷えていたらしい体に、暖かいお湯が染み込んでいくようだ。
私以外誰もいなくて少し心細いような気もしたけど、昨日靖友くんがここにいたんだと思うと何だか嬉しくなる。
またいつか一緒にくることが出来たら、今度は一緒に入れるかな……。
暫くしてお風呂を出ると、外で靖友くんが待ってくれていた。

「あ、ごめん。遅くなっちゃったかな?」
「気にすんな。ゆっくり入れたかァ?」
「うん、とっても気持ち良かったよ。」

”他の風呂も行くか?”と聞いてくれた靖友くんには申し訳ないけどそれは断って、代わりに部屋でゆっくりすることにした。
何だかんだいいつつ、こちらに来てからあまりゆっくりは過ごせていない。
私たち以外誰もいない部屋は何だかガランとしていて、こんなに広かったっけと思ってしまう。
窓際の椅子に腰かけた私に、靖友くんが何かを手渡した。
それはここの浴衣で、昨日着なかったものだ。

「着てくんねェ?」
「え?でもすぐ着替えることにならない?」
「アー……見てェんだけど。」

頬を指でかきながら、恥ずかしそうに言う靖友くんはとても可愛くて私は胸がきゅっと締め付けられた。
浴衣を着るのが嫌なわけじゃない、だけど私も少しワガママ言ってもいいよね?

「私も、靖友くんに着てほしいな。」
「ハァ!?」
「私だけってなんかズルくない?私だって、靖友くんの浴衣姿じっくり見たいよ。」

お風呂上りは靖友くんも浴衣姿だったけど、寝る前に着替えたのか朝は部屋着になっていた。
あまりゆっくり見られなかったことを少し残念に思っていたことを伝えると、靖友くんは笑いながら小さくため息をついた。

「仕方ねェなァ。」

そう言いつつも、多分本当はそんなこと思っていないんだろう。
いつもより嬉しそうなその顔を、私はうっとりしながら見つめていた。
するとふと靖友くんと目が合った。

「何見てんのォ?」
「え?着替える所?」
「雛美も着替えんだろーが。」

ケラケラと笑いながら、私を立たせて小部屋の方へ移動させた。
まだ目の前で着替えるのが恥ずかしいの、わかってくれたんだ。
その気遣いが嬉しくて、何だかふわふわとした気分になる。
手早く着替えを済ませて靖友くんのほうを覗けば、あちらも終わったらしく窓際の椅子に座っていた。
私の視線に気づくとニッと笑って手を広げてくれる。

「こいよ。」
「うんっ。」

近くにいくと体を引き寄せられ、抱きかかえられてしまった。
浴衣のせいで横抱きになってしまい、私は靖友くんを上手く抱きしめることが出来ない。
どうにか出来ないかとモゾモゾしていると靖友くんの笑い声が聞こえてきた。

「あんま動くんじゃねェよ。」
「や、だって私も……抱きしめたいのに。」
「こうすればいいんじゃねェ?」

そう言って靖友くんは私の足を開かせると膝に座らせた。
下着が見えそうで慌てる私をよそに、靖友くんはさっきより強く抱きしめてくれる。
私もそれに応えるように腕を回した。
お互いの体温が心地よくて、心臓の音が響き合う。
靖友くんの首筋からは石鹸のいい香りがしていて、いつもと違う匂いになんだか不思議な気分になった。
ずっとこうしていられたらいいのに。
そう思う自分が子供っぽいと感じる反面、そう思わずにはいられなかった。
靖友くんは暫くスンスンと匂いを嗅いでいたかと思うと、私の肩に頭を預けた。

「なァ。」
「うん?」
「……離したくねェ。」

消え入りそうなその声はとても切なくて、胸がぎゅっと締め付けられた。
離れる気なんて毛頭ないのに私は何か不安にさせてしまったんだろうか。
申し訳なさから謝ろうと体を逸らせると、靖友くんにさらに強く抱きしめられて顔を見ることが出来ない。
ねぇ、今どんな顔してるの……?

「ガキっぽいこと言ってんのはわかってる。けど、離したくねェし誰にもやりたくねェ。」
「子供っぽいなんて思わないよ。私だって、同じこと思ってる。離れる気なんてないし、離す気なんてないよ。」
「……マジで言ってる?」
「こんな嘘つけるほど、私器用じゃないよ。」

ドキドキと高鳴る胸はぎゅっと締め付けられて息苦しい。
靖友くんが好き、大好き……。
溢れて止まらない想いは私を高揚させて、次第にそれは涙に変わっていく。
靖友くんは私が泣いているのに気付くと、力を緩め視線を合わせてくれた。
いつになく優しいその瞳に、ますます涙が溢れてくる。

「雛美」
「なぁに……?」

優しい声が胸に響く。
靖友くんは優しく微笑んで、口を開いた。

「卒業したら結婚しようぜ。」

時間が止まった気がした。
優しいけど真剣で真っ直ぐな目は、私をさらに泣かせた。
夢じゃない、よね。

「わ、わた、私っ……私で、いいの……?」
「雛美がいいんだっつの。」
「だって、こんな……。」
「雛美は自分を卑下しすぎなンだよ。付き合いはまだ短ェけど……雛美とのこと、マジで考えてっから。」
「うんっ……私も、靖友くんが、いい……」

優しく背中を撫でながら笑ってくれた靖友くんの笑顔はとても綺麗で輝いて見えた。
泣いている自分が恥ずかしく思いながらも、涙を止めることは出来ない。
嬉しくて、幸せで……このまま死んでしまうんじゃないかと思うほど、私は満たされている。
まだまだ私たちの付き合いは短い。
だからきっとこれからたくさん壁にぶつかるだろう。
だけど靖友くんとなら乗り越えられる気がする。
靖友くんなら一緒に乗り越えてくれる気がする。
私たちの間にはいつも、優しい時間が流れているから。


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