文字に恋する*3




それからというもの、私は時々自転車競技部を覗きにいった。
荒北はいたりいなかったりしたけど、頑張っているらしいことはわかった。
いつもどこかしら怪我をしていて、それは日を追うごとに酷くなっていった。

「ねぇ、それ大丈夫?」
「アァ?」
「ほっぺた擦りむいてるでしょ?消毒した?」
「ッセ!どうでもいいだろ。」
「ダメだよ、いつもより酷いよ。それ。」

そう言って頬に触れると、荒北はビクリと体を跳ねさせた。
痛かったのかもしれない。
改めてそっと触れようとすると、手をパシンと弾かれてしまった。

「触んなっ。」
「だって、それ……。」
「テメーに関係ねェだろ。」
「関係あるよ!荒北が痛いのは私だって痛いんだから!」

そう言って荒北の手首を掴むと、私は保健室へと向かった。
荒北はめんどくさそうにしながらもちゃんと付いて来てくれた。
保健室には誰もいなくて、私は消毒液と絆創膏を拝借して荒北の頬にそっと触れた。
今度は弾かれることなく大人しくしていたけど、消毒液が沁みたのかまたビクリと体を跳ねさせた。

「あ、ごめん。痛かった?」
「別に痛くねェよ、こんなもん。」
「そう?もうちょっとだけ沁みるよ。」

消毒し終えて絆創膏を貼ると、いつもより子供っぽく見えてくる。
顔に絆創膏貼るなんて、小学生みたいだな。
そう思ってクスクスと笑ってしまい、荒北がギラリと睨みつけてきた。

「何笑ってんだテメー。」
「いや、なんでもないよ。」
「今笑っただろうが。」

ピリピリする荒北がますます可愛く見えて、私は笑いが堪えきれなくなってしまった。
吹き出してしまった私に荒北は立ち上がり、見下ろしながら睨みつけてきた。

「いい加減にしろよテメー。」

私の胸倉をつかむと、荒北は舌打ちをした。
それでも表情を変えずにいる私に呆れたのか、荒北は手を離すと保健室を出て行ってしまった。
きっとこのままサボっちゃうんだろうなぁ。
隣に荒北が戻ってこないんだと思うと、私は少しやり過ぎてしまったかもしれないと後悔した。





荒北はそれから授業に戻ってこなかったけど、放課後自転車競技部へ行くとその姿があった。
傍らに福富くんがいて、何やら言いあっているようだった。
その様子が何だか羨ましくてぼんやり眺めていると、荒北がこちらに気づいた。
一瞬目が合ったような気がしたのにすぐに逸らされてしまった。
それが何だか悔しくて、私は立ち上がった。

「荒北ぁー!部活頑張んなよー!」
「ッセェ!叫ぶな!っつーかテメーくんな!」

顔を赤くして反論する荒北が可愛くて、私はケタケタと笑った。
それを見てイラついたのか、荒北は怖い表情でこちらに駆けてくる。
あー、あれは本気で怒ってるなぁ。
近づくにつれ荒北の眉間のシワは増しているように見えた。
私は慌てて踵を返して逃げ出した。
後ろから荒北の怒声が響く。

「待てこらァ!テメーふざけんな!」
「待つもんですかー!部活に戻んなさーい!」

追いかけっこは意外と楽しくて、荒北に追いかけてもらえることが何だか嬉しい。
それでもコンパスの差か、はたまた体力の差か。
次第に私たちの距離は縮まり、とうとう追いつかれてしまった。
荒北は私の手首をつかむと自分の方を向かせた。
私たちはお互い息切れしていて、うまく話せない。

「てめっ……待てっつったろ、が。」
「やだっ。待った、怒る……でしょ……。」

息を整えるのに数分を要して、やっと落ち着いたと思った頃に荒北から怒鳴られた。

「待てっつったら待てよバァカ!スカートで走んじゃねェよ!」
「……は?」
「スカートで走ったら……見えんだろーが!」

荒北は顔を真っ赤にしてそう言った。
まさかそのために追いかけてたの?
っていうか先に言ってよ……。
いろんな思いが頭を駆け巡り、うまく声にならない。
そんな私を見て荒北はため息を着くと、掴んでいた手を離した。

「ちょっとは頭使えよ、ボケナス。」
「なっ……別に荒北ならいいし。」
「ハァ?テメー何言って」
「荒北のこと好きだし。」

罵倒されればされるほど、いつものように冷静になれた。
その罵倒が本心じゃないとどこかで思っているからかもしれない。
私の言葉に荒北はさらに赤面すると、視線をそらしてしまった。

「ねぇ荒北。」
「んだよ。」
「部活がんばってね、応援してるから。」
「ッセ。」
「今度部活のこと教えてよ。色々聞きたい。」
「めんどくせェ。」

"嫌だ"とは言われなかった。
そのことに私は少し浮かれていた。
大丈夫、拒絶じゃない。
そう自分に言い聞かせて、私は荒北に笑って見せた。

「部活の邪魔してごめんね。」
「うるせぇよ。」
「うん、じゃぁ今日はもう帰るから。がんばってね。」
「テメーに言われたくねェ。」

そう言いながらも、荒北の目は少し優しさが滲んで見えた。
私の想いは届いているだろうか。
いつかちゃんと話ができるようになるだろうか。
少しばかり不安に思いつつも、不器用な荒北の優しさに胸のあたりがじわりと暖まるのを感じた。
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