14



学校に戻ると、やすくんは駐輪場で私を下ろした後寮まで送ってくれた。
相変わらず自転車は早くて怖かったけど、無事に降りることが出来てホッとした。
何を話すでもなくただ並んで歩くだけなのに、何だか心がふわふわしているようだ。
このあと真ちゃんと話すのが楽しみだからかな。
そう思いながらやすくんを見上げると、視線に気づいたのかこちらをちらりと見た。

「んだよ。」
「ううん、何でもないよ。」

月明かりで見るやすくんは最初の印象とずいぶん違う。
怖いと感じていたはずなのに、今ではそんなの欠片もない。
良くみればキメ細やかな綺麗な肌に、切れ長な目、薄い唇。
今は頬が薄ら紅潮して見えるのは、自転車に乗っていたからだろうか。
これで愛想が良ければモテるんじゃないのかな。
だけど当の本人はめんどくさがりでぶっきらぼう、そして口が悪い。
何だか勿体ないなぁ。
真ちゃんと全然違うと思っていたのに、今では似た所も垣間見える。
やすくんの優しさはその態度のせいで霞んで見えるけど、本当はちゃんと優しいんだろう。
じゃなきゃ黒田くんから庇ってくれたりはしないだろうし、私の相手なんて面倒なこと引き受けないはずだ。
そんな不器用な優しさが何だか可愛くて、私はクスリと笑った。
その声がやすくんの耳にも届いたのか、今度は顔を覗きこまれた。

「人の顔見て笑ってんじゃねェよ。」
「別に顔見て笑ったわけじゃないよ?」
「じゃぁ何だよ。」
「思い出し笑い、みたいな?」
「ハァ?」

やすくんのおかげで、口の悪い男の子に少し耐性が付いた気がする。
やすくんは話せばちゃんとわかってくれる。
それが妙に嬉しくて、私の顔を緩ませた。
そうしているうちに寮につき、やすくんは私が寮に入るのを見届けると踵を返して男子寮へ向かった。
”おやすみ”そう声をかけると、後ろ向きではあるもののひらひらと手を振ってくれた。




部屋に帰ると、その静かさに胸がきゅっと締め付けられた。
さっきまで賑やかで楽しかった分、一人になると寂しさが募る。
真ちゃんはまだかな。
着替えながら携帯をチラチラ確認していると、着信のランプが光った。
私はメロディが鳴る前に急いで電話に出た。

「真ちゃん!おかえり!」
「あぁ、ただいま。早いな、待っていてくれたのか?」
「もちろん!早く声が聞きたかったのー。」

優しいその声に心が温まっていく。
先ほどまでの寂しさはすっかり消えて、私はつい話し込んでしまった。
気が付けばもう1時間は経っていて、そろそろ寝る支度を始めなければならない。
電話を切ったら、また一人になってしまう。
そのことがまた胸を締め付けた。

「そろそろ切るか?風呂もまだだろう。」
「やだ、もう少し。」
「そう言ってもう15分も経ったぞ?」
「だって……。」

”寂しい”と素直に言えないのはなぜだろう。
いつもなら我儘を好き勝手言えていたはずなのに、今は口にすることを躊躇した。
他の男の子を見て、真ちゃんがどれだけ私を気遣ってくれるかわかってしまったからだろうか。
いつだって真ちゃんは私を優先してくれた。
我儘も出来る範囲で聞いてくれた。
それが当たり前だと思っていたのに、当たり前じゃないと知ってしまった。
真ちゃんが優しいのは私が従兄妹だからだよね……。
それが何だか、胸をチクリと刺すようだった。

「風呂が終わったらまた電話してくればいい。一度切って寝る準備をするんだ。」
「えー。」
「えーじゃない。自分でもちゃんとわかってるんだろう?」

優しく諭すようなその声に逆らうことなんて出来ない。
寝る時間は刻一刻と迫っていた。
私は渋々真ちゃんとの電話を切ってお風呂へ向かった。




寮のお風呂には誰もいなくて、広い分余計に寂しさを感じた。
私はいつからこんなに寂しがりになったんだろう。
湯船につかりながらふとそんなことを考えた。
産まれた時から真ちゃんと一緒だった。
幼稚園も、小学校も、中学校も一緒でいつも隣にいてくれた。
高校は別々だったけど、よく遊びに行ったし真ちゃんもうちに来てくれた。
私の記憶は、いつだって真ちゃんでいっぱいだ。
それがここ数週間で劇的に変化した。
私のそばには誰もいなくなり、私はまるで一人ぼっちだった。
そこから真ちゃんが増え、やすくんや隼人くんたちが増えた。
だからこそだろうか。
一人のこの時間が突き刺さるように痛い。
寂しくて泣いたことなんて今まで一度だってないのに、私の目からはポタポタと滴が垂れていた。
こんなところに長くいたくない。
私は急いで自室へ戻った。



部屋に帰り携帯を開くと、真ちゃんからメールが来ていた。
"風呂から上がったら連絡する"
その後に連絡が来た形跡がないところを見ると、まだお風呂だろうか。
私は髪を乾かして、もう一度携帯を見た。
まだ連絡はない。
いてもたってもいられなくて電話をかけたけど、虚しくコール音が響くだけで余計に寂しさが募った。
ベッドに横になり、ぼーっと天井を眺めていると携帯が鳴った。
私はディスプレイも確認せずにそれを慌てて手にした。

「もー、遅いよ!いつまでお風呂に入ってるのー!」
「……何言ってんだテメー。」
「……え?」

恐る恐るディスプレイを確認すると、知らない番号が表示されていた。
連絡先を教えた覚えはないのに、どうしてやすくんが??

「誰と間違ったかは大体予想つくけどな。明日、部活前に迎えに行くから寮の前で待ってろ。あとこれ福チャンの番号だからァ。明日お前の教えろよ。」
「え?何、どういうこと?」
「だからァ!迎えに行くから待ってろっての。そんだけ。じゃぁな。」

"オヤスミィ"そう響いた声の主は、私の返事を待つこともせず電話を切った。
わずか2分、その間に起こったことに理解が追いつかない。
やすくんから電話が来たのは、多分明日の話のためだろう。
でもどうして番号を?しかも福富くんの携帯……?
頭を悩ませていると、また携帯が鳴った。
今度はちゃんとディスプレイを確認する。
大丈夫、こんどこそ真ちゃんだ。

「もう……遅いー。」
「すまない、待たせたか?」
「待った!すごく待った!超待った!待ちくたびれたー!」
「そうか、悪かったな。どうしたら機嫌を直してくれるんだ?」

優しげなその声に、先ほどまでの悩みも寂しさも吹き飛んで行く。
真ちゃんと話しているといつも思う。
真ちゃんの声は優しくて、頭を撫でられているようだと。
私は怒っているわけではなかったけど、その心地よさに甘えることにした。

「明日練習が終わったら、パフェ食べに行きたい!」
「パフェか、そうだな。しかし……」

歯切れの悪い真ちゃんは珍しい。
どうしたのかと思いながら返事を待つと、私は忘れかけていたものを思い出した。

「明日の夜には帰る予定なんだ。また今度、では許してくれないだろうな。」

苦笑するような声が聞こえて、頭が痛くなった。
真ちゃんはもう帰ってしまう。
3日なんて本当にあっという間で、私なは物足りない。

「……やだ。」
「何か他にないか?」
「違う、そうじゃない。」
「どうしたんだ?」
「……帰っちゃやだぁ……。」

またポタポタと涙が落ちる。
真ちゃんがいなくなったら、私はまた一人ぼっちだ。
新学期は目の前、この学校でうまくやる自信なんてこれっぽっちもない。
不安と寂しさで胸が押しつぶされそうだ。

「雛美?」
「なぁに……。」
「1人にしてすまない。」
「真ちゃんのせいじゃ、ないでしょ……。」

わがままを言っているのはわかってる。
真ちゃんに言っても仕方が無いことも。
そして、真ちゃんは何も悪くないことも。
それでも真ちゃんは優しいから、私を甘やかしてくれた。

「また休みの時は遊びに来るといい。俺も部活がない時はたまに顔を出す。それに毎日メールしてきていいし、電話もしよう。それでも、寂しいか?」
「……寂しい。」

真ちゃんは困ったようにため息をついた。
困らせたい訳じゃないのに、私は自分をコントロールなんて出来ない。
だからせめて明日笑えるように、精一杯明るい声を出した。

「でも大丈夫!まだ明日は、一緒にいられるもん。明日もサポートさせてくれる?」
「あぁ、もちろんだ。」
「良かった。じゃぁ、おやすみ。また明日ね。」
「あぁ、おやすみ。」

そう言って電話を切って、私は布団に顔を埋めた。
どれだけ拭っても溢れ出る涙を吸った布団は、なんだかひんやりとして火照った顔を冷やすようだった。
明日は、笑って過ごせますように。


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