33




雛美が寝入ってから、黒田は本性を現したかのように俺に敵意を向けていた。
それをヒシヒシと感じながらも適当にあしらっていると、名前を呼ばれた気がして振り返った。
そこにはまたむにゃむにゃと口元を動かしながらも寝返りを打っている雛美がいる。
どんだけ俺の夢見てんだよ。
そう思いながらもその姿が愛しくてたまらない。
そんな俺を見て新開は嬉しそうに笑った。

「靖友、いい顔するようになったな。」
「アァ?別に変わんねェだろ。」
「いや、なんつーか優しい顔してるよ。雛美ちゃんと居るときはさ。」
「そうだな、昔みたいなトゲトゲした顔はしなくなった気がするぞ。」

口々にそう言われ、自分でなく雛美が褒められているようで何だが胸がムズムズする。
いい女だろ、そう言いたいのをぐっとこらえて何でもないように装う。

「オメーらの目が変わったんじゃナァイ?」
「そんなことないさ。なぁ、寿一?」
「む?そうだな。荒北は少し変わったように思う。」

福チャンまでもそう言って俺を見ると、少し目を細めた。
お前らは俺の保護者かよ。
そう思いながらも、雛美を褒められるのは嫌じゃない。
そうして騒ぐ俺たちをよそに、雛美はスース―と寝息を立てて寝続けていた。
夜も更け、そろそろ寝るかと言う話になってから問題が起きた。
誰が雛美側で寝るかで、俺と黒田が対立したからだ。

「普通に考えてテメーらが遠慮するトコなんだけどォ?」
「いやいや、幼馴染で久々に会ったんだしたまには譲ってくださいよ。」
「んな理由で譲れっかよ。」

喧嘩腰になった黒田を泉田では止めることができず、東堂は既に半分寝ていた。
福チャンも椅子に腰かけてうつらうつらしていて、頼みの綱は新開だった。
どうにかしてくれと思いつつそっちに目を向けると、いそいそと雛美に一番近い布団に入っている。

「おいテメー、何抜け駆けしてやがんだ!」
「え、やっぱダメか?」
「当たり前だろーが!」

結局それを収めたのは福チャンの”寝る”と言う一言で、結局じゃんけんで決めることになった。
雛美側から福チャン、黒田、俺、新開、東堂、泉田……。
何で黒田の隣なんだと思いつつも、福チャンがすでに布団に入ってしまった。
仕方なく俺も布団に入ると、一気に眠気に襲われる。
今日は疲れたからなァ……。
そう思いながらも、俺は重たい瞼を閉じた。


クスクスという楽しそうな声で目が覚めた。
まだ眠くて目は開けられないが、それが 雛美のものだということはわかる。
声は近い、すぐそばにいるんだろう。
手を伸ばしてみれば服に触れることができた。
それをそのまま引き寄せると、勢い良く雛美は倒れこんできた。

「アー……悪ィ。」
「ご、ごめんねっ。」

支えようとしたのも虚しく、寝起きの体は言うことを聞かない。
未だ目さえしっかりと開けることが出来ずに、腕の中から逃げようとする雛美をそっと抱きしめた。

「もーちょっとだけェ……。」

髪や耳元の匂いを嗅ぎながら、そっと頬を寄せる。
自分とは違う体温が心地いい。
もっと近く。
もっと触れたい。
モゾモゾと動く雛美を強く引き寄せた。

「ちょ、靖友くんストッ……。」

うなじを掴んでそのまま引き寄せると、その柔らかな唇に自分のそれを押し当てる。
ふに、っとくすぐったいようなキスをすると、雛美は勢い良く起き上がってしまった。

「おい、雛美っ…………。」

なんで逃げんだよ、そう思いつつ起き上がってから頭が真っ白になった。
ここ、旅館じゃねェか。
新開と目が合い、顔がかっと熱くなる。
俺は舌打ちをするとそのまま顔を伏せた。

「朝から熱いな。」
「ッセ!」

クスクスという笑い声が耳につく。
ちらりと布団に目をやると寝ているのは東堂と泉田だけらしい。
クソッ。
新開は俺を見ると楽しそうにウィンクした。

「あいつらも起きちまうぜ。」

その言葉にもう一度舌打ちをして、頭を掻いた。
さっきの俺ぶっとばしてェ。
そう思っていると、新開は外を指さした。

「まだ早いけど、寝なおすような時間じゃないだろ。散歩でもしてきたらどうだ?」

どうせここに居ても気まずいだけだ。
寒ィけど、ここよか外のがマシだろ。
そう思って俺は上着を手に取ると、雛美の手を引いて部屋を出た。




廊下は思っていたよりも冷えて、体がぎゅっと強張るような感じがする。
ふと雛美に目をやれば息が白くなっていて、慌てて上着をかけた。
そのままぎゅっと抱きしめると、雛美もそっと背中に手を回してきた。

「悪ィ、寝惚けた……。」
「うん、わかってるから大丈夫。それより靖友くんは平気?」
「ん、まぁなんとかなんだろ。」

どうせいつかは見られるしな。
そう思いつつもそれは今じゃなくて良かったとも思う。
それでも思ったより雛美はダメージを受けていないようで安心した。
にこにこと笑うその顔が可愛くて、柔らかなその唇にもう一度触れたくて。
辺りを見回すと、もう一度唇を重ねた。
触れるだけ、今はそれだけで十分だ。

「はよ。」
「うん、おはよう。」

嬉しそうに笑うその顔に、もう一度重ねたくなる。
だけどいつ人がくるか分からないこんな場所じゃ、さっきの二の舞になりかねない。
俺は雛美の手を取って、外へと歩き出した。
外は廊下よりもぐっと冷え、指先から凍りそうだった。
それでも繋いだ手はぽかぽかと暖かく、そこから熱が広がるような錯覚さえする。
朝日が見やすそうな所まで歩くと、近くにあった椅子に腰を下ろした。
少し距離を置いて座っていたはずが、気づけば雛美は真横に移動してきていた。

「寒ィな……。」
「うん、でもなんか嬉しいな。」
「ア?」
「靖友くんはここで三年間過ごしたんでしょ?そんな場所に一緒にこれるのは、嬉しいし幸せだなって思う。」
「そーかよ。」

3年間。
たった3年間いた場所にきただけで幸せになれんのかよ。
おめでてぇな。
だったらもっと幸せにしてやるよ。
実家でもどこでも、連れてってやる。
にこにこと嬉しそうに笑う雛美にそこまで言うことはまだできない。
それはあの言葉を伝える時に。
そう心に決めて、俺は雛美の手をぎゅっと握りしめた。




暫く箱根の話をしていると、新開から電話がかかってきた。
飯だから帰って来いと。
またあいつらと食うのかと思うとめんどくさい気もしたが、雛美が嬉しそうだから目を瞑ることにした。
部屋に戻ると新開たちは既に風呂も終えていて、後は飯を食って東堂の部屋に移動するという。
雛美は俺をチラリと見ると眉を下げた。
それを見た東堂はいつものあのウザい顔になる。

「朝食が終わったらゆっくり入ってくるといい。年始はチェックアウトも遅いからな。」
「まだ間に合う?」
「12時までは好きなだけ入れるぞ!」

チェックアウトがそんなに遅かった覚えはない。
ちらりと東堂に目をやると、ウィンクされた。
サービス、ってことかよ。
雛美を見るとキラキラとした顔で俺を見ていた。
その顔、こんなとこですんじゃねェよ。
黒田に見せるのが惜しいほどの笑顔に、俺も笑って返した。
飯を食いながら話していると、やっぱり雛美は寝落ちしたらしい。
記憶がすっぽり抜けているという。

「ごめんね、せっかく色々用意してくれてたのに……。」
「気にすることないさ、疲れてたんだろう?」
「そりゃこんな奴らと一緒なら誰でも疲れんだろ。」

俺にも雛美にも、意外なことが多すぎた。
それでも結果的には楽しいことばかりだったと思える。
それは多分、雛美がそばにいてくれたからだ。
何でもそうだ。
出会ってからずっと、悪いことなんて殆どない。
泣かせちまったことくらいで、他は本当に良いことばかりだ。
それは雛美が呼び込んでくれているんだと、そう思えるほどに。
昨日福チャン達が言ってたのもあながち間違ってねェかもな。
飯を食いながら目を細める雛美を見て、俺はそう思った。



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