33




朝、眠たい目を擦りながら隣に手を伸ばすと靖友くんがいない。
そのことに驚いて飛び起きると、襖が閉じているのが目に入った。
そうか、そういえばそうだった。
私だけ小部屋、大きな部屋にはみんなが寝ているんだった。
それにしても、昨日は一体どうしたんだっけ……?
よく思い出せないけど、布団の中にいたということは多分私は先に寝てしまったんだろう。
みんなを起こさないようにそっと襖を開けると、すでに起きていた寿一くんと目が合った。

「あ、おはよう。」
「あぁ、おはよう。」

まだ早い時間だというのに、寿一くんは今起きたという訳ではなさそうだ。
小さな声であいさつをして通り過ぎようとすると、呼び止められた。

「少し、いいか。」

そう言ってドアの向こうを指さす寿一くんに私は頷き、一緒に外へ出た。
まだみんなは寝息を立てていて、何だか靖友くんに秘密が出来たみたいで変な気分になった。
寿一くんと2人、自販機の所まで歩いた。
何かを話すわけでもなく、私が呼ばれた理由もわからない。
もしかして昨日粗相をしてしまったのだろうか。
少し不安になりながらも飲み物を買い、近くにあったベンチに腰かけた。
寿一くんは私を見ることはせず、手元のコーヒーを見つめている。

「昨日のことなんだが。」
「あ、うん……?」

やっぱり何かしてしまったんだろうか。
不安になる私をよそに、寿一くんは淡々と続けた。

「罰ゲームを覚えているか。」
「あ、うん。もちろん。寿一くんのだけ聞いてない、よね?」
「あぁ。そのことなんだが……。」

そう言って私に向き直ると、寿一くんは座ったまま頭を下げた。

「荒北を……靖友を頼む。」
「えっ?」
「あいつは不器用で、めんどくさいやつかもしれない。だが良い奴だ。だからあいつを、頼む。」

寿一くんのその目は真剣だった。
まさか罰ゲームでそんなお願いをされるとは思ってもみなかったけど、何だか嬉しくなる。
靖友くんは、こんなにもみんなに愛されてる。
素敵な友達がたくさんいて、こんなにも想われている。
それが羨ましくもあり、自分のように嬉しく思った。
私は寿一くんにわかるよう、しっかりと頷いた。

「うん、わかった。私こそ、情けない部分も多くて迷惑ばかりかけちゃってるんだけどね。」
「そう言うところも、荒北は可愛いと思っているんだろうから心配することはない。」

寿一くんがクスリと笑った。
何だかそれがとても恥ずかしくて俯いてしまった。
寿一くんは立ち上がるとコーヒーの缶を捨てて、私の方に向き直る。

「あいつらが起きる前に戻ろう。」
「そうだね、心配するかも。」

帰り道も特に何か話すわけでもなかった。
だけど行きと違ってなんだか心が満たされたように感じる。
好きな人が友達に想われてるって、こんなにも嬉しいことなんだ。
靖友くんに出会ってから、私はいろんなことを教えて貰ったように思う。
本当にどちらが年上かなんてわからないくらいだ。
部屋に入るとまだみんな寝息を立てていた。
よくよく見ると、隼人くんは尽八くんと靖友くんに乗っているし、雪ちゃんは靖友くんに蹴られている。
きちんと寝ているのは塔一郎くんくらいで、みんな一体どんな寝相をしたんだと思うとつい笑いが漏れてしまった。
靖友くん、いつもはこんなに寝相悪くないのに。
そう思えば思うほど笑いは止まらなくて、クスクスという声が静かな部屋に響く。
耐えられなくなった私は慌てて自分の布団に駆け込もうとしたけど、私の声で起こしてしまったのか靖友くんに裾を掴まれて躓いてしまった。

「アー……悪ィ。」
「ご、ごめんねっ。」

バランスを崩して倒れそうになった私を支えようとした靖友くんは私の下敷きになってしまった。
慌てて靖友くんから起き上がろうとすると、そのまま優しく抱きしめられてしまう。

「もーちょっとだけェ……。」

そう言ってスンスン鼻を鳴らしながら私に頬ずりする靖友くんは、もしかしたらこの状況を理解してないんじゃないだろうか。
恥ずかしさと気まずさで冷や汗が背中を伝う。
靖友くんが動いたおかげで乗っていた隼人くんは目を覚まし、何かの拍子でぶつかったのか雪ちゃんもモゾモゾと動き始めていた。
離れようと動けば動くほど靖友くんは力を強め、密着してしまう。
ふと、寿一くんと目が合った。
いつもより大きく見開かれたその目に、サーッと頭が冷えていくようだった。

「ちょ、靖友くんストッ……。」

うなじを掴まれ引き寄せられたその唇は、靖友くんのそれに優しく覆われた。
多分寝ぼけてるんだろうなぁ。
そう思いながらもそのままでいることなんて出来ない。
私は力任せに体を起こすと、靖友くんから離れた。

「おい、雛美っ…………。」

苛立ったような声を上げて起き上がった靖友くんはやっと状況を理解したらしい。
暗がりでもわかるくらい真っ赤になった靖友くんは俯いて舌打ちをした。
それを見て隼人くんはクスクス笑っている。

「朝から熱いな。」
「ッセ!」

幸いにもそれを見ていたのは隼人くんと寿一くん、雪ちゃんの三人だった。
尽八くんと塔一郎くんはまだスヤスヤと気持ちよさそうに寝息を立てている。
それを確認すると隼人くんはシーっと口の前に指を立ててウィンクした。

「あいつらも起きちまうぜ。」

その悪戯っぽい表情に靖友くんはもう一度舌打ちをすると、ガシガシと乱暴に頭をかいた。
私と目が合うと隼人くんはにっこりと笑い、外を指さした。

「まだ早いけど、寝なおすような時間じゃないだろ。散歩でもしてきたらどうだ?」

ふと窓の方へ目を向ければ薄らと白み始めていて、綺麗な朝日が垣間見える。
靖友くんは立ち上がると上着を手に、私の手を引いて歩き出した。
”またあとでな”そう言う隼人くんたちに軽く手を振って、私たちは部屋を出た。




廊下に出ると、靖友くんは私の方に向き直りぎゅっと抱きしめてくれた。
室内とは言え冷える廊下で、靖友くんの体温がとても気持ちいい。
私も応えるように背中に手を回すと、優しい声が降ってきた。

「悪ィ、寝惚けた……。」
「うん、わかってるから大丈夫。それより靖友くんは平気?」
「ん、まぁなんとかなんだろ。」

へへっと少年のように笑う靖友くんに胸がきゅっと締め付けられる。
先ほどの軽いキスの余韻がまだ唇に残っていて、なんだかムズムズする。
いつもならもっとゆっくりキス出来るのに。
そう思ったのは私だけではなかったらしい。
靖友くんは辺りを確認すると、私の唇にそっとキスしてくれた。
優しく触れただけのキスは私の心も体も温めていく。

「はよ。」
「うん、おはよう。」

手を繋いで歩く廊下は、何だか特別に感じる。
さっきも寿一くんと歩いたはずなのに、知らない場所へ繋がっているような不思議な感覚だ。
寒さで身を縮めている靖友くんとは対照的に、私の足取りはふわふわと軽かった。
外をしばらく歩くと、趣のある椅子を見つけた。
二人でそこに座ると、椅子から冷たさが染み込んでくるようだった。
私はそっと靖友くんとの距離を詰めて寄り添う。

「寒ィな……。」
「うん、でもなんか嬉しいな。」
「ア?」
「靖友くんはここで三年間過ごしたんでしょ?そんな場所に一緒にこれるのは、嬉しいし幸せだなって思う。」
「そーかよ。」

ぶっきらぼうな言い方をしつつも、靖友くんは少し嬉しそうに見えた。
赤い鼻と、白い息。
寒くて堪らないのに、心だけはポカポカと暖かかった。



靖友くんの高校時代の話を聞きながら空を眺めていると、あっという間に時間が経ってしまったらしい。
隼人くんから朝ごはんだと電話が来て、私たちは部屋へ戻った。
部屋に入るとみんなはもうお風呂を終えていたようで、浴衣から着替えていた。
朝ごはんを早く食べれば間に合うかな、そんなことを考えていると尽八くんがにっこりと笑う。

「朝食が終わったらゆっくり入ってくるといい。年始はチェックアウトも遅いからな。」
「まだ間に合う?」
「12時までは好きなだけ入れるぞ!」

その言葉を聞いて、私は靖友くんと顔を見合わせた。
どちらからともなく綻んで、2人でニッと笑った。
みんなと話すうちに、私は昨日すぐに寝てしまったことがわかった。

「ごめんね、せっかく色々用意してくれてたのに……。」
「気にすることないさ、疲れてたんだろう?」
「そりゃこんな奴らと一緒なら誰でも疲れんだろ。」

ケラケラと笑う靖友くんに、プリプリと怒る尽八くん。
それを見守る寿一くんに、時々油を注ぐ隼人くん。
こんな四人が同じ学校にいたんだ。
楽しいその雰囲気に、私はちょっと羨ましくなった。
同じ学校だったらなぁ。
例え同じだったとしても学年は違うのだけど、それでも別よりはずっといい。
こんな靖友くんを見続けた雪ちゃんが羨ましくてたまらなかった。
じっと雪ちゃんを見ていると、ふと目が合った。
そういえば今日は朝からあまり目が合わなかったな?
そんなことを考えていると、あからさまに逸らされてしまう。
何だろう、機嫌悪い?
そのまま雪ちゃんは私を見ることはなく、私も雪ちゃんをじっと見るのはやめた。
そうこうしているうちに朝ごはんを食べ終わり、私たちはお風呂へ行くことにした。


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