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部屋に戻ると全員そろっていて、仲居さんが料理を運び入れてくれている所だった。
俺たちも上着を脱ぐと席につき、グラスに手を伸ばす。
すると黒田が小さな瓶を手に雛美の所へやってきた。
中身はどうやら酒らしい。
小さなお猪口を雛美に渡すと、ゆっくりとそれを注ぐ。

「はい、どうぞ。」
「あ、ありがとう。でも私以外誰も飲めないよね……?」

それもそのはずだ。
この中で成人しているのは雛美しかいない。
それを聞いて新開がクスっと笑った。

「相手が欲しいなら、ジュースで付き合うよ。」
「あ、ううん。そういうんじゃないんだけどね。私もあんまり強くなくて……どうしてあるのかなって。」

飲みたくないのなら飲まなくてもいい、そう言おうか少し考えた。
雛美のことだからこの場所では無理をしてしまいそうだ。
でももし、本人が望んでいるんだとしたら。
普段は外で飲まないように言っていることもあり、一緒にいる時くらい好きにさせてやろうと思った。
ダメそうなら止めればいい。
そう思って話を聞いていると、これはどうやら黒田の提案らしかった。
黒田は雛美がアルコールに弱いことを知らなかったらしい。

「なんだ、雛美姉が飲むんだと思ってた。」
「自分用だったらこんないいお酒買わないよ?」
「まぁ酒弱そうだしな。」
「つーか弱ェんだからあんま飲ますんじゃねェよ。」

苦手なはずなのに、すでに封が開いてしまっていることを気にしているようだ。
手にしたお猪口にも注がれている。
止めるか―――そう思った時、雛美が俺を見て少し微笑んだ。
それが”大丈夫だよ”そう言っているように感じて、俺は言葉を飲み込んだ。
開いている瓶一本だけ、その約束で乾杯をして飲み始めた。
雛美以外はそれぞれ好きなジュースを持ち込んでいる。
隣にいた雛美はお猪口に口を付けると顔を少ししかめた。
少し潤んだ瞳が妙に色っぽくて、ゾクリとする。

「大丈夫か?」
「ん、だいじょうぶ……あ、でもこれ少しフルーティで飲みやすいかも。」
「女性にも人気のある物を選んでおいたのだ!気に入ってもらえただろうか。」
「うん、お酒苦手って思ってたけどこれは結構好きかも。ありがとう。」

一気には飲めないけど、そう言いながらもちょびちょびと飲んでいる姿は小動物のようで可愛い。
料理はどれも手が込んでいて、とても美味しい。
新開の前にだけ他の3倍くらいありそうな量が盛られているのは気のせいだろうか。
それが見る見るうちに減っていくのだからこいつはデブなんだとつくづく思う。
何かと話をしていくうちに、料理は殆ど終わってしまった。
ちらりと雛美の膳を見ると半分食べ終わったくらいだろうか。
確かに普段食べる量からすれば多かったかもしれない。
そう思いながら雛美の膳に箸を伸ばすと東堂に小言を言われた。

「人の膳に手を出すとは、みっともないぞ!」
「どうせコイツ全部食わねェからァ。」
「だからと言って許可を取らないのは良くないな!」

プリプリと怒る東堂がめんどくさい。
仕方ないから許可を取るかと雛美を見れば、顔が真っ赤になっていた。
こいつ、絶対酔ってやがる……。
火照ったせいで暑いのか上着を脱いだ雛美に、新開が心底残念そうな顔をする。

「なんだ、雛美ちゃん浴衣着てないのか。」
「え?あ、うん。みんなと一緒の部屋で寝るし、着崩れちゃったら恥ずかしいから……。」
「気にすることないよ雛美姉。ちっちゃい時は風呂も一緒に入ったんだし。」
「いやいや、そんな十数年前と一緒にしないでよっ。」

どさくさに紛れてとんでもねェ発言しやがったな黒田。
舌打ちをする俺をちらりと見た黒田はニヤリと笑う。
それにイライラしながらも会話に耳を傾けると自分の名前が出て少し驚いた。

「靖友も浴衣の方が良かっただろ?」
「アァ?俺は別に……。」
「え、じゃぁ着替えて来ようかな?」

着替えに行こうとした雛美の手を掴んでそのまま座らせた。
こいつ絶対頭回ってねェな。
軽く頭をはたいた。

「別にいいっつってんだろ!その……着物も見たし、浴衣はまた今度な。」

他のヤツに見られるくらいなら俺も見れねェ方がマシだっつーの。
特に黒田には見せたくねェ。
けどそれを言葉にすることは出来なくて、自分が嫉妬心丸出しなのが恥ずかしくなった。
そんな俺を見て雛美はふわふわした顔で笑って擦り寄ってきた。

「うん、ごめんね。」
「つーか近ェ。」
「やだった?」
「嫌とかじゃねェけど……。」

くっついたまま潤んだ瞳で見上げられて、胸がドキリと跳ねた。
慌てて目を逸らしたのに雛美はじっと俺を見続けている。
それがたまらなく恥ずかしくて、誤魔化すためにデコピンしてやった。

「見すぎだからァ。」
「穴あく?」
「空かねェよ!」

酔ってるせいかいつもよりどこかおかしい。
押しやって元の位置に座らせると、叱られた犬みたいに項垂れてしまった。
どうしろっつーんだよ……。
そう思っていると、黒田が雛美を引き寄せた。

「うあっ。」
「荒北さんじゃなくて俺のとこくれば。」

そう言って俺のことをちらりと見た目は挑発的で頭に血が上る。
雛美も払いのけるでもなく気の抜けた顔で黒田を見上げていて、それがやけに癇に障った。

「雪ちゃんとこって?」
「まぁ、もう来てると思うけど。」

ポカンとしている雛美の手を引いて、そのまま自分の方へ引き寄せた。
すっぽりと自分の腕の中に収めて黒田を睨むと、クスリと笑いやがる。

「テメーいい度胸してんじゃねェか。」
「いらないなら下さいよ。」
「いらねェなんて言ってねェだろ!」
「じゃぁ何で払いのけたんですか?」
「払いのけてねェからァ!」

何を言っても上げ足を取るようなこの物言いにキレそうになった時、雛美が腕の中でスース―と寝息を立てているのに気付いた。
この状況で寝るヤツが居るかよ……。
そう思いながらもその寝顔はとても幸せそうで、嬉しそうに笑っている。
さっき黒田に見せたのとは違うその顔が俺の心を少し癒した。
黒田も雛美が寝ているのに気付いたのか、さっきより表情が緩んでいる。
俺は新開に布団の準備を頼むと、起こさないようにそっと布団へ運んだ。
時折口元をむにゅむにゅと動かして何か言っている気がしたが、言葉になっていなくて聞き取れない。
布団をかけてやり、席に戻ろうとすると手を掴まれて驚いた。
雛美を見ると寝ているようで、無意識なんだろうか。
その仕草に顔をほころばせながら、俺は手を布団に仕舞ってやると今度こそ席に戻った。


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