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それからは話題も尽き始めて、東堂が持ってきたボードゲームで遊んだ。
箱学時代によくやっていたそれは懐かしくもあり、久々でやけに燃えた。
相変わらず福チャンと新開は豪運で進んでいく。
俺は東堂の目をかいくぐって何とかこまを進めていた。
ただ雛美はゲームが苦手なのか、ルールは理解しているのに上手くプレイできずにいた。
雛美に対してだけちょっと手を抜いたりもしてみたが、結局最下位になった雛美は罰ゲームをすることになった。

「じゃぁ雛美ちゃんは上位三人の命令1個ずつ聞くってことで。」
「えー……みんな容赦ないなぁ。」
「雛美姉って昔からゲーム類弱かったよな。」
「じゃぁ雪ちゃんと東堂くん、あとは福富くん?」

雛美が最下位だとわかった瞬間から、黒田の目は輝いていた。
それに嫌な予感がしつつも水を差すこともできず、俺は事の成り行きを眺めた。

「俺の願いは……そうだな。雛美ちゃんには今から全員を下の名前で呼んでもらおう!その方が仲良くなれそうだろう?」
「えーと……じゃぁ、尽八くん?」
「うむ!じゃぁ次はフクだな!」
「む、命令や願いと言われても……。」
「何でもいいのだぞ?」
「それテメーが言うことじゃねェだろ。」

予想通り、東堂の命令なんて大したことじゃない。
それでも俺以外を下の名前で呼ぶことに多少抵抗はある。
内心モヤモヤとしつつも、楽しそうな雛美の邪魔をすることはしたくなくて黙っていた。
福チャンは本当に何も浮かばないのか、黙り込んでしまった。
そんな福チャンは後回しにして、先に黒田の命令を聞くことになった。
わくわくとしていた顔が、パッと笑顔になる。
嫌な予感しかしない。

「今日はみんなでここで雑魚寝しませんか?」
「「「「「「えぇ?」」」」」」
「ユキ、それはさすがに……外泊届も出してないだろ?」
「今から出せばいいだろ?」
「7人分の布団か……少し手伝ってもらうことになるぞ。」
「おい、俺らの寝る場所狭くなんじゃねェか!」

せっかく二人で旅館に来たというのに、雑魚寝では意味がない。
それでも乗り気な黒田と東堂を抑えきることは出来ず、その条件を飲むことになってしまった。
東堂からは今回の宿泊費は取らないと言われて渋々受け入れる。
そでもさすがに同じ部屋、というわけにもいかず雛美だけは隣の小部屋で寝ることになった。
ふすま一枚だって、ないよりましだろう。

「じゃぁメシもこの部屋の方がいいよな。」
「そうだな、こっちに運ぶよう伝えておこう。」

結局合宿のようになってしまったことに少し後悔しながらも、雛美が笑っていてくれるうちは目を瞑ることにした。
黒田と泉田は外泊届を出しに、新開と福チャンは布団の準備を、東堂は飯の話をしに行くと言って部屋を出て行った。
朝早くに出てきて電車でも寝ずにいた雛美は疲れているだろうからと東堂の計らいで俺たちは部屋で待機することになった。
全員が部屋を出ていくと雛美は床にころんと寝そべった。
その気の抜けた顔が何だか安心する。
雛美は寝転んだまま、小さくため息をついた。
黒田や泉田とは知り合いだったとはいえ、入れない話もあっただろうし疲れたんだろう。
俺は自分の膝を叩いて呼んだ。

「こっちこいよ。」
「うん。」

へにゃりと嬉しそうに笑いながらずりずりと這って寄ってくる姿がおかしくてつい笑ってしまった。
よっぽど疲れているのか雛美はそんなことを気にもせず、膝に頭を乗せると目を閉じていた。
そっと撫でてやると指通りのいい髪がサラサラと手から逃げていく。

「ねぇ。」
「どうしたァ?」
「連れてきてくれてありがとう。」

目を閉じたままそう言って笑う雛美はとても嬉しそうで、胸がきゅっと掴まれた気分になった。
こんな風に素直に気持ちを伝えてくる雛美が愛しい。
自分にはないそれを、まっすぐ俺に向けてくれるのが嬉しかった。
誰もいねェし、別に構やしねェだろ。
俺は嬉しそうに弧を描く唇にそっとキスをした。

「来てくれてあんがとねェ。」

薄らと開いた瞳と目が合い、何だか少し気恥ずかしい。
それでもそっと頭を撫でてやるとその瞳も次第に閉じられていく。
あいつらが帰ってくるまでゆっくり休めばいい。
本当に、ありがとな。





少ししてから福チャンが仲居さんと一緒に戻ってきた。
どうやら布団を一緒に運んでもらったらしい。
新開は俺たちを見て状況を察したらしい。
布団を置くと、福チャンを連れて風呂に行くと言って出て行った。
その後から東堂たちも揃って帰ってきたが、スース―と寝息を立てている雛美を見てそっと部屋を出て行った。
仲居さんが布団を整えてくれていると、雛美の瞼がぴくぴくと動き始めた。
目が覚めたか。

「起きたァ?」
「ん、おはよー。」
「もう夜だけどォ。」

辺りはすっかり暗くなっていて、腹も減り始めるころだ。
雛美はきょろきょろと見渡して状況を察したらしい。
”しまった”とでも言うように、慌てた姿に笑いが漏れた。

「ごめ、寝すぎちゃった。」
「気にすんな。今から風呂いくけど、雛美はどうする?」
「行くー。」

甘えた声色にちょっとテンションが上がる。
寝起きの雛美はいつもに増して素直で、甘えてくる姿が可愛い。
部屋を出るとまた謝る雛美につい笑ってしまった。

「よっぽど疲れてたんだな。」
「うー、ちょっと早起きだったし……。」
「責めてねェからァ。」

寝ていたのを責めるつもりなんてこれっぽっちもない。
むしろ無理をさせてないか心配なくらいだ。
それでも”温泉”と聞いて嬉しそうにするあたり、無理をしているわけじゃないのかもしれない。
せっかくの温泉なのに一緒に入れないのは残念だが仕方がない。
俺は露天風呂へ向かう雛美を見送ると、檜風呂へ向かった。




浴場へ行くとすでに全員そろっていて、待ちわびたとでも言わんばかりにある意味歓迎された。
入るなり東堂と新開から水鉄砲が飛んできたかと思うと、黒田が桶を二つ持ってやってきた。

「どっちが長く息を止められるかやりましょうよ。」
「勝っても負けても雛美はやらねェぞ。」
「別にそれでもいいっすよ。」

ニヤリと笑う黒田の売り言葉に買い言葉、俺は体を洗うより先に勝負を始めてしまった。
結果はギリで俺の勝ちだったが、黒田はぶつぶつと文句を垂れている。
その間ずっと湯船につかっていた福チャンは若干のぼせていて顔が赤い。
なんでここまで来てこんなに世話がやけるんだと思いつつも、久々のその雰囲気が楽しかった。
高校生の時は当たり前だったことが、大学に入って当たり前じゃなくなった。
代わりに高校生の時は思ってもみなかったことを、大学に入ってからたくさん体験した。
こうして色々変わっていくんだと思いながらも、この関係だけは変わらずにいられればいいと思う。
そしてその隣にいつも雛美がいれば文句なんてない。
結局そんな風に遊んでいたせいで、じっくり温泉に浸かる前に少しのぼせ始めた。
せっかくの温泉が、そう思っていると東堂からいいことを聞いた。

「温泉か?宿泊客なら朝も入れるぞ。明日の朝は露天風呂だな。」
「それって雛美が入ってる方か?」
「あぁ、代わりにこの檜風呂は女湯になってしまうがな。」

それなら明日の朝改めて入ればいい。
ふわふわした頭をなんとかしようと、俺は檜風呂から上がると湯冷ましに外へ出た。
フラフラしている福チャンもついてきて、2人で外のベンチに腰かけた。
湯冷ましとは言えこの季節は冷える。
しっかり上着を着込んでいるはずなのに一気に頭は冷え切ってしまった。
福チャンは何かを考えているのか暫く黙っていたが、ふと顔を上げて俺を見た。

「小鳥遊さんは、素晴らしい人だな。」

突然の言葉に意表を突かれた俺は持っていたベプシを落としそうになって慌てて持ち直す。
そんな俺を見て福チャンはフッと笑った。

「お前のことをとても想っているのが、見ていてわかる。」
「ん、すげー好かれてると思う。何だかんだ言って、いつも振り回しちまうけど。」
「荒北、お前も少し変わったな。なんというかこう……柔らかくなったぞ。」
「ハッ、もしそうなら全部雛美のおかげだろーなァ。」

まるで自分が褒められたように嬉しさが込み上げてくる。
俺は雛美と出会って変わったと自分でも思う。
それが良い方なのか悪い方なのかはわからない。
だけど前よりずっと満たされていると感じられる。

「福チャン、俺さ。」
「なんだ?」
「あいつと結婚すっから。」

まだ誰にも言っていない想いを、福チャンに漏らした。
新開や東堂では茶化されて終わるかもしれないそれは、福チャンなら受け止めてくれる気がしたからだ。
福チャンは俺を見てクスリと笑った。

「俺に言ってどうするんだ。」
「いやー、なんつーか決意みたいなァ……。」
「なんだ、お前にしては珍しく弱気だな。」
「俺だってたまには弱気にもなるって。」

茶化すわけでも、背中を無理に押すわけでもない。
ただ話を聞いてくれるその姿勢が今は一番心地いい。

「結婚式には呼んでくれ。」

嬉しそうに笑った福チャンはそう言って立ち上がると部屋へ戻っていった。
なぁ福チャン。
今の俺があるのは福チャンのおかげなんだぜ。
意図してやったことじゃねェかもしれねェけど、感謝してもしきれねェ。
本当に、ありがとな。




そろそろ部屋に帰るか、そう思ったころ雛美からメッセが飛んできた。
どうやらのぼせているらしく、休んでから戻るという。
どうせ足元フラフラなんだろ。
俺はそのまま電話をかけた。

「今どこにいんだ?迎えに行くから待ってろ。」
「大丈夫だよ、ちょっと休めば歩けると思うし。」
「無理すんじゃねェよ。いいから甘えとけ。」

こういう時に強がるとこは素直じゃねェな。
どうせ迷惑だとか思ってんだろうなァ。
そう思いつつも、俺は急いで雛美の元へと向かった。
露天風呂の方へいくとすぐに見つけることが出来た。
いつもの服とも着物とも違う浴衣姿にドキリとさせられる。
俺を見てふにゃりと笑った顔が無防備すぎて、迎えにきて正解だったと思う。

「大丈夫か?」
「ん、ちょっと楽しみすぎた。」
「気持ち良かったァ?」
「うん、とっても!靖友くんもあとで入るといいよ。」

もうすぐ交代の時間だから、そういう雛美は少しうなだれている。
どうしたのかと聞けば、自分は檜風呂に行けそうにないからだと言う。
東堂から聞いた話だと、確か朝は檜風呂が女湯だったか。

「明日の朝、檜風呂は女湯だってよ。」
「え、ほんと?」
「東堂に聞いといた。だから明日行けばいいじゃねェか。」
「うんっ、そうするー。」

へらへらと笑っている顔はまだのぼせているせいか、締まりがない。
色々お風呂に入りたかったとこぼす雛美の頭を軽く撫でた。

「また来ればいいだろ。」
「また一緒に来てくれる?」
「おう。」

いつだって連れてきてやる。
へらっと笑う雛美は正直心臓に悪い。
こんな無防備な姿他のヤツに見せられねェな。
誰もいねェ今なら……。
上機嫌な雛美に触れるだけのキスをした。
雛美は目が覚めたかのように唇を抑えると辺りをきょろきょろと見渡した。
誰もいやしねェよ。
その姿がおかしくて笑ってしまう。
そんな雛美の手を取って俺はゆっくり歩き出した。
ふとさっきの福チャンとの会話が蘇った。
雛美にいつ伝えようか。
振り返ると嬉しそうな雛美が不思議そうに俺を見上げた。
……少なくとも今じゃねェな。
いつか俺に伝える勇気が出たら、聞いてくれよ。
もう俺には雛美以外ありえないから。



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