30




部屋に戻って持ち寄った菓子を広げた。
俺は適当にコンビニで買った菓子をテーブルに投げたが、雛美は綺麗な化粧箱に入った菓子を取り出している。
わざわざ準備してきてたのかと思ったらつい笑ってしまった。

「ナニ、雛美も準備してたのォ?」
「うん、だって靖友くんのお友達に会うって言うから一応ね。こんなに人数がいると思ってなかったから、ちょっと足りないかもしれないけど……。」

本来なら福チャン、新開、東堂だけの予定だったのが人数が増えていることに俺も驚いていた。
まぁただ、新開がいる以上そいつらが増えていなくても足りなかったかもな。
雛美の出したクッキーの小袋を一つつまみ上げると、東堂は関心したように頷いている。

「雛美さんは趣味がいいな。この店、今話題の洋菓子店だろう?」
「話題かどうかはわからないんですけど、以前職場で頂いた時にすごく美味しくて。ちょっと少ないかもしれませんが良かったら食べてください。」
「おい泉田ァ、新開抑えとけっ。」

いち早く匂いを嗅ぎつけた新開が、すでに他の小袋に手を出していた。
制止するのが遅かったのか、新開が早すぎたのか。
既に残りの小袋は新開の手の内だった。

「新開、ソレみんなで食うヤツなんだから一人でガメてんじゃねェよ!」
「そうだぞ、俺にもよこせ!」
「アップルティー味があった。」

俺達だけならまだしも、福チャンにまで責められて新開は渋々と手にしていた小袋をテーブルに戻した。
相変わらず食い意地が張ってるっつーか、美味いもんには目がないらしい。
そんなやり取りをしてから、雛美に改めて自己紹介をさせた。

「小鳥遊雛美です。普通の会社員やってます。」
「俺は東堂尽八、この旅館は俺の実家なのだ。」
「福富寿一、新開と同じ大学に通っている。」
「全員雛美より年下なんだから敬語いらねェだろ。」

緊張した面持ちの雛美は周囲の視線を気にしながらもそう告げる。
デカい男に囲まれることなんてそうなかったんだろう。
少し萎縮してしまっているようだった。
だから最初はあまり刺激しないように学校や部活の話をしていた。
けど好奇心から痺れを切らした新開が雛美にあれこれ聞き始めた。

「黒田と知り合いなんだって?」
「あ、うん。幼馴染で、今は遠い親戚……かな?」
「親戚?」
「俺の姉貴と雛美姉の兄貴が結婚したんすよ。だから血縁はないけど親戚になりました。」
「へぇ、ホントに幼馴染と結婚とかってあるんだな。」
「小さい時から結婚するーとか言ってたのが本当になって、私もすごく驚いたよ。現実になった!って。」
「言霊というやつか。」
「そうかも。でも私も小さい時は雪ちゃんと結婚するーとか言ってたけど何にもなかったよね。」

思いがけない言葉に飲んでいたベプシを吹き出しそうになった。
なんつー地雷踏んでんだよテメーは。
雛美は黒田に視線を向けてから、困ったように首をかしげた。
そして助けを求めるようにこちらを向く。
鈍いっつーかなんつーか……。
俺は何も答えずに舌打ちをした。

「靖友、苦労するな。」
「まぁな。」

状況を察したのか、新開はクスリと笑った。
不穏な空気を察した泉田が話題を変えてくれてなんとかなったけど、後で聞かれたらどう答えようか。
そんなことを考えていると、調子に乗った東堂は雛美に踏み込んだ質問をぶつけはじめた。
年、経歴、俺との出会い。
最初は律儀に答えていた雛美も、俺関連になると途端に口ごもる。
そりゃ、あんなこと言えるわけがない。っつーか言うな。
チラチラとこっちを伺う雛美がいじらしくて、俺は代わりに答えた。

「学祭で迷子になってたのを案内しただけだよォ。」
「そうそう、迷子に……ってそれ言わなくてもよくない!?」
「なんだ、方向音痴なのか?」
「すっげぇ方向音痴。」
「雛美姉変わってないな。」
「ちょっと、雪ちゃんまで!」
「ホントのことだろ?小学生の時一人で迷子になって泣いてたの忘れた?」
「何それ、面白そうだな。」
「ちょ、ほんと待って!やめて!」

黒田が雛美の小さな時の失態を口にするたび、青くなったり赤くなったりしているのが面白い。
聞いていると今よりもっと天然だったらしく、つい笑ってしまった。
マシになってこれかよ。
そんなところも可愛くて、色々と話しに聞き入っていた。
すると隣にいた雛美が小さくため息をついて立ち上がった。

「ドコ行くのォ?」
「お手洗い。」
「部屋にもあんじゃねェか。」

備え付けの便所を指さすと、雛美は耳元で声を潜めた。

「みんないるからここで行くのは気まずいの。」
「んじゃァ俺も行く。」
「え、いいよ。一人で大丈夫だよ?」
「行きてェの。」

迷子になるかもしれねェから、なんて建前だ。
俺は雛美と黒田のことが頭を離れなかった。
今まで付き合ったヤツがいるのは知っていた、
まさかとは思いつつも、それが黒田じゃないとは言い切れない。
黒田の気持ちは多分雛美に向いているんだろう。
だからこそ、どうしても聞いておきたかった。
俺は便所に行くことを伝えて雛美と一緒に部屋を出た。




少し離れた便所までの道のりは雛美と話すのにちょうど良かった。
部屋を少し離れてからその小さな手をそっと握る。
遠慮がちに絡めてくる指が少しくすぐったい。

「なぁ。」
「ん?」
「黒田とはマジで何もねェの?」
「ないよ?どうかした?」
「昔好きだったんじゃねェの。」
「幼稚園くらいの時の話だよ。好きっていうか、お兄ちゃんたちが言ってるからマネてた感じだし。可愛いとは思うけど。」

不思議そうに首をかしげる雛美にホッとした。
思い過ごしで良かったと思いつつ、聞いてよかったとも思う。
きっと雛美は黒田の想いにすら気づいていないんだろう。
俺の時もそうだったけど、鈍すぎんだろ。
前に言っていた”モテない”は多分勘違いだとすら思う。
新開だって気づくようなあの視線を受けておいて、幼馴染だなんて普通は言えない。
その鈍さに少し感謝した。

「靖友くん、ごめんね。」
「別にィ。」
「好きなのは靖友くんだけだよ。」
「今までのヤツより?」
「今までの人が思い出せないくらい靖友くんが好き。」

頬を染めてにっこりと笑うその姿は少女のようで、思わず息を飲んだ。
雛美が、好きだ。
誰にも渡したくねェし、渡すつもりもねェ。
手を離したらふわふわと飛んで行ってしまうんじゃねェかと思ったこともあった。
だけど今は違う。
絶対にそばにいるという自信がある。
疑って悪かった。
思っている言葉を口に出来なかった俺は、便所でペアリングをつけた。
ペアリングを見られんのが恥ずかしいとか思って悪ィ。
笑われようと、からかわれようと、もうこの手は離さない。
便所を出ると雛美はまだなのか、俺は廊下で待つことにした。




少しして出てきた雛美は、俺を見つけてにこりと笑う。
そして手を伸ばすと俺の左手に絡めた。

「おまたせ。」
「ん。」

雛美は何を思ったのか俺の左手を持ち上げるとじっと見つめていた。
何を見ているのかと思えば視線の先にはペアリングがある。
……つけてねェこと気づいてたんだな。
それがちゃんと俺を見ていてくれたようで、口元が緩む。

「マーキングだからな。」

黒田への牽制も込めたそれをそう呼べば、雛美は困ったように笑う。
”お揃い”が嬉しいのは雛美だけじゃねェんだぜ。
そう思いながら、俺たちは部屋へと戻った。




部屋に戻るとロードの話になっていた。
新しいモデルの評判何かは参考になるのもあり、俺はその話に混ざりに行った。
話はだんだん部活の内容やタイムの話になって、自然と自分の得意分野へとグループが分かれていく。
俺は福チャンと暫く話し込んでいた。
卒業前に”また一緒にどっか行こうぜ”と言った約束が果たせてないなんて話をしていると、いつの間にか東堂が消えて黒田は雛美の隣に座っていた。
福チャンの話に相槌を打ちながら話し声に耳を傾けていると、恥ずかしい単語がぽんぽんと聞こえてくる。
俺は福チャンに断りをいれて雛美にそっと近づいた。
考えるときに少し上を向くのは雛美のくせだ。
それを利用して、少し上がったおでこにデコピンをしてやった。

「あんま恥ずかしいことばっか言ってっと苛めんぞ。」
「えっ、やだ!」

慌てる姿がおかしくて、つい笑ってしまう。
そのやり取りを見た黒田はニヤリと笑う。
そして俺の左手を見ると目つきが鋭くなった。

「雛美姉苛めるなら俺も黙ってないっすけど。」
「ハッ、いい度胸じゃナァイ。」
「え、ちょっとどういうこと?」
「じゃぁ賭けましょうか?俺と荒北さんどっちが上か。」
「テメーにゃ負けねェっての。」
「賭けるのは……。」

その喧嘩、買ってやろうじゃナァイ。
黒田はちらりと雛美に視線を移す。
そういうことかよ。
ふざけ半分だったはずのそれが、本気の勝負になりそうだ。

「テメーマジで言ってんのか。」
「俺はいつでもマジですよ。」

にらみ合う俺たちに、新開が嬉しそうに混ざってきた。
一体こいつはいつから話を聞いていたんだろう。

「じゃぁ勝った方が雛美ちゃんにチューしてもらえばいいんじゃないか。口にとは言わねぇけどさ。」
「いいですね。」
「上等じゃねェか。」

絶対ェ負けねェ。
何の勝負にするか、そんな話をしていると少し低い雛美の声が部屋に響いた。
余り聞いたことのない声に少し驚いてしまった。

「あのさ、水差すようで悪いけど。」
「何だよ雛美。」
「私、雪ちゃんが勝ってもキスしないよ?」
「「「えっ」」」

突然の宣言に盛り上がっていた俺たちは言葉を失った。
雛美は、眉間に皺を寄せて険しい顔をしている。
その瞳は、少し寂しそうにも見えた。

「するわけないでしょ。ノリでキスなんて私出来ないもん。雪ちゃんならよく知ってると思うけど?」
「まぁ……雛美姉ならあり得るけど。」
「俺が負けるとでも思ってんのォ?負けるわけね」

何の勝負だろうと負けねェ。
そう言おうとした口を雛美の手に塞がれた。
先ほどより鋭い瞳と目が合って、思わず言葉を飲み込んだ。

「絶対に勝てる勝負だったとしても、そういうのはやだ。」
「……悪ィ。」

冷たい表情が胸に刺さる。
怒っているはずの瞳は涙をこらえているのか潤んでいる。
調子に乗り過ぎた。
モノのように扱ってしまったことに対する罪悪感に襲われる。
そんな俺たちを諭すように、一部始終を見守っていた福チャンが口を開いた。

「今のは黒田、新開。お前たちも悪い。」
「雛美ちゃん、ごめんな。」
「調子のってごめん。」
「ううん、私こそごめんね。でもそういうのは本当に無理だから。」

あんな顔をさせてしまったのが自分だということに酷く落ち込んだ。
そんな俺の頭を雛美はそっと撫でてくれる。

「もう怒ってないよ。」
「ん。」

優しく笑いかけてくれるその姿に少し泣きそうになった。
雛美のことだ、何度も謝れば自分を責めるかもしれない。
雛美の肩におでこを乗せて、心の中で謝った。
”ふふっ”と言う少し嬉しそうな声が頭上から降ってきて、それがとても心地よかった。
すると外野から煩い声が上がる。

「雛美姉、俺も。」
「雛美ちゃん、俺も!」

雛美は小さく笑みを漏らして、2人の頭を撫でた。
そうしているといつの間にか東堂が帰ってきていたらしい。

「雛美さんは珍獣使いか何かか!」
「いや、そんなつもりはないんだけど。」
「俺がいない間に何があったのだ!」
「実は……。」

泉田が一部始終を話すと、東堂は顔をこわばらせた。

「どうしてそんな楽しそうなことを俺がいない時にやっているのだ!」
「いなくなったテメーが悪ィんだろうが。」
「尽八がいたらこうはなってなかった気がするけどな。」

むしろもっと酷ェことになってたような気もする。
それでもクスクスと笑っている雛美は楽しそうでホッとした。
連れてきて良かった、そう思った。


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