29




ふと目が覚めると、隣にいたはずの雛美がいない。
夢見が悪かったせいか不安に駆られて、その名前を呼んだ。

「雛美。」
「あ、ごめん。起こしちゃった?」
「それはいいンだけどォ……。」

顔を覗きこんできた雛美の手を掴んで、ぐっと引き寄せた。
その胸に顔を埋めるようにして肺いっぱいに匂いを吸いこむ。
大丈夫、夢は夢だ。
雛美はちゃんとここにいる。

「どっか行っちまったかと思った。」
「どこも行かないよ?」

クスクス笑いながら俺の頭を撫でる雛美に、俺は少しムッとした。
わかってんだよ、そんなこと。
何だか自分がすごくガキっぽくて嫌になる。
雛美はそんな俺のおでこに優しくキスをした。

「おはよう。」
「ん、はよォ。」

優しく笑うその顔は俺の癒しだ。
俺は起き上がるとぐっと伸びをして、雛美の頭を少し乱暴に撫でた。

「うし、準備すっかァ。」
「うんっ。」

今日あいつらに会えることも楽しみだが、それ以上に雛美と一緒に旅行できることが楽しみだった。
せっかくの箱根だ、色々連れて行きたい所もある。
俺ははやる気持ちを抑えて、残りの荷物を鞄に詰め込んだ。




寝るのが遅かったせいか、電車はやけに眠かった。
何度もあくびをする俺を見て雛美はクスクスと笑う。
”寝てもいい”という雛美の言葉に甘えて、俺は瞳を閉じた。
いくつか電車を乗り継いで着いた箱根は、何だか懐かしく感じた。
一年も経っていないはずなのに、もうずっと昔の風景のようだ。
東堂庵につくと雛美はきょろきょろとあたりを見回している。

「こんなところに泊まるとか、気が引ける……。」
「気にすることねェって。俺が払うんだしィ。」
「えっ、何言ってるの。私が出すよ、仕事してるもん。」
「カッコつけさせろっての、バァカ。」

頭をくしゃくしゃと撫でると、困ったような照れたような顔をした雛美がおかしくて笑ってしまった。
少し考え込んだあと、雛美は何かを思いついたように顔を上げる。

「代わりに、私何でもするから!」
「何でもォ?」
「うん、なんでも!」

何でも、な。
ニッと笑った俺を見て雛美が少し怯えたように震えた。
それがおかしくて、俺はさらに笑ってしまう。
さて、何をしてもらおうか。
思わぬ申し出に俺はいつになく浮き足立った。
不安そうに俺を見上げる雛美のことは、見えないことにしておこう。




仲居さんに案内してもらった部屋は思った以上の広さで驚いた。
”1部屋とってくれ”とは言ったが、2人で使うのにこの広さはいらないはずだ。
ということは、たぶん……。
東堂に頼んだことを後悔しつつも、それはもう遅い。

「や、靖友くん……これって……。」
「アー……多分他のやつらも交えてここでメシ食うことになっかも。」

俺は”やられた”、そう舌打ちをした。
今更どうすることもできないのだから、諦めるしかないだろう。
そんな俺を後目に立ち上がった雛美は落ち着きなく部屋をあちこち見て回っている。
それが新しい場所に来たばかりの犬のようでつい笑ってしまった。

「何してんのォ?」
「いや、なんか落ち着かなくてっ……。」
「あいつら来るまで時間あるし、ちょっと歩くか?」
「あ、うんっ。」

嬉しそうに笑った雛美の手を引いて部屋を出る。
風呂にもいくつか種類があるらしく、男女で時間が違うらしい。
混浴もなければ家族風呂もないことに少しがっかりしながらも、それはまたいつでも出来るかと思いなおした。
家の風呂が狭ェなら、ホテル行けばいいしな。
玄関まで来て時間を確認しようとしてハッとした。

「やべェ、スマホ忘れた……。」
「取りに戻ろうか?」
「アー、俺一人で行くから。そこの土産屋でも見てろよ。」

あいつらが来たら見て回る時間なんてなくなるだろう。
それならせめて今の間だけは好きにさせてやりたくて、俺は旅館に併設された土産屋を指さした。
土産屋を見た瞬間雛美は目をキラキラと輝かせていた。
それが子どものようで、なんだかおかしかった。
俺はすぐ戻ると約束して来た道を戻った。



俺は少し足早に部屋に戻った。
スマホには新開から”もうすぐ着く”というメッセが届いていた。
もしかしたら俺より先に雛美と会うかもしれない。
多分お互い気づきはしないだろうから、すれ違うと面倒だ。
俺は急いで玄関へ戻った。




玄関に戻ると雛美が黒田と一緒に居るのが目に入った。
あいつも来てんのかよ。
2人の距離はとても近く、胸がザワつく。

「雛美?」

振り返った雛美は俺に気づくと、困った顔をして首をかしげた。
黒田のヤツ何かしたんじゃねェだろうな……。
そう思いながら、黒田から雛美を引き離すように引き寄せた。

「え、今荒北さん雛美って……。」
「おい黒田ァ。テメー人の女に何してンだァ!」
「ちょ、靖友くん待って!誤解だから!」

雛美は黒田に吠えてかかる俺の手を引いて少し距離を置いた。
”誤解”の意味が分からずイライラする俺に、雛美は眉を下げて話した。

「雪ちゃんは、幼馴染なの!義姉ちゃんの弟で……。」
「ハァ?……ナンパされたとかじゃねェんだな?」
「違うよ!ホントそういうのじゃないから。」

その言葉にホッとする。
しかしまぁ、世の中狭いモンだな。
それでも黒田が雛美を見る目は幼馴染に向けるソレとは少し違うように見えた。
幼馴染って思ってんのは雛美だけなんじゃないかと思い、俺は先手を打つことにした。
俺は雛美の手を引いて黒田たちの所まで戻った。

「新開は知ってんだろうけど。俺の彼女。」
「「「えっ!?」」」
「新開まで何驚いてンだよ。」
「いや、まさかこんなに可愛い子だとは思わなくて。」
「テメー、後で覚えとけよ。」

おろおろとする雛美は顔を真っ赤にしていて、とても可愛い。
いつまでも初々しい姿に、俺は口元が緩んだ。
そして俺に助けを求めるかのように見上げた雛美の背中をそっと叩いてやった。

「ホラ、誰も取って食やしねェから。」
「あ、うん。新開さん初めまして、小鳥遊雛美です。」
「初めまして雛美ちゃん。俺は新開隼人、よろしくな。」

新開の人の良さそうな顔に落ち着いたのか、雛美もいつもの顔で笑い返した。
それにホッとしつつも、1つの疑問が浮かぶ。

「何だ、泉田とも知り合いかよ。」
「うん、雪ちゃん繋がりでね。」

そういえばあいつらも昔からの知り合いだとか言ってたなァ。
そんな話をしていると、福チャンや東堂もやってきた。
また少し表情が硬くなった雛美に笑いつつも、俺たちは部屋に戻った。

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