26




その翌日から雛美は俺の部屋で過ごした。
部屋に帰って”ただいま”と言えるのがすごく幸せだ。
朝は起こしてもらってメシも作ってあって、部活から帰ると旨そうな匂いと雛美が迎えてくれる。
たった数日のそんな日がずっと続けばいいと思う。
ただ幸せな時間っていうのはあっという間に終わってしまう。
大晦日の朝、俺はいつものように雛美に起こされた。

「靖友くん、おはよう。私もうすぐ行かなきゃ。」

その言葉に寂しさが募る。
一緒に居た時間が長かった分離れがたくて、俺は布団を手放せずにいた。
俺がずっとこうしていたら、雛美はそばにいてくれるだろうか。
そんなバカなことを考えていると優しくゆすられて目が合った。
俺はそのまま雛美の手を掴むとぐっと引き寄せた。

「うあっ。」

驚いた雛美はそのまま俺の上に倒れ込み、頬を少し染めている。
相変わらず可愛いな、そう思うと自然と笑みが溢れてくる。

「もー、起きてたの?」
「今起きたァ。」
「ご飯出来てるよ、食べよう?」
「ン―……ほんとに帰んのォ?」

言ってから”しまった”と思った。
寂しさから出た言葉が雛美を苦しめることは分かっていた。
きっと今頃自分を責めているだろう。

「ごめんね、私今年は全然帰ってないから……。」
「……悪ィ、責めてるつもりじゃねェよ。」

俯く雛美にそっと口づけた。
お互いの存在を確かめるようにゆっくりと唇を重ねては離れを繰り返す。
何度も繰り返せば次第に赤くなる雛美を見るのが好きだった。
それは今日も同じで、雛美は目が合うとテーブルに座りなおした。

「ご飯、食べよ?」
「おう。」

いざ食べ始めると雛美はすぐに手を止めてしまった。
どうしたのかと思えばずっと俺の方を見ている。
少し寂しげなその目が辛い。
食わないのはそのせいだろうか。
ふと目が合うと赤くなった雛美の口元に俺は卵焼きを押し付けた。

「あーんはァ?」
「えっ。」
「全然食ってねェだろ。ほら、あーん。」

茶化すようにして差し出せば多少抵抗しながらもそれに従う。
そんな素直な所がたまらないと思う。

「何考えてっか知らねェけど、何にも心配すんなよ。どこにも行かねェし、離すつもりもねェから。」
「うんっ。」

俺は自分に言い聞かせるようにそう告げた。
口にするのは妙に恥ずかしくてあまり伝えられない。
でもそれが雛美を不安にさせているのも知っていた。
だからこそ、今くらいはきちんと伝えたい。
雛美はふわりと笑って飯を食い始めた。




雛美が出る準備をしている間、俺も少し荷物をまとめた。
一日だけの帰省に妹たちはぎゃーぎゃーと文句を垂れていたが仕方ない。
それより大事なことがあるのだから。
俺より早く準備を始めたはずなのに、俺の方が早く準備を終えてしまった。
1つ1つ動作の遅い雛美は、名残り惜しいのか早めようとはしない。
それでも時間はあっという間に過ぎてしまって、結局最後は駆け足で詰め込んでいた。
玄関まで見送りにいくと、珍しく雛美の方から抱き着いてきた。

「初詣、一緒に行こうね。美味しいものも一緒に食べよう。それと、お守りも買って……。」
「心配すんな。してェことは全部してやる。だから安心して行ってこい。」
「うん……。行ってきます、良いお年を。」
「ん、良いお年をォ。」

目を伏せながら話す雛美の目は少し潤んでいて、胸が締め付けられた。
少しでも不安を消してやりたくて、その唇にまた触れた。
何度も啄むように繰り返せば、俺の気持ちは伝わるだろうか。
離れた雛美は眉を下げて笑っていた。
瞳に溜まった涙が辛い。

「じゃぁね。大好きだよ。」
「おう。」

まるでこれじゃ最後の別れじゃねェか、そう思いながらも俺は手を振って見送った。
大丈夫だ、またすぐに会える。
俺はがらんとしてしまった部屋に戻ると、適当に部屋を片付けてアパートを出た。




実家に戻ると、アキチャンと妹たちにもみくちゃにされた。
今年は帰る日が少なかったせいもあって妹たちは拗ねていて、あちこち連れて行けとせがんでくる。

「だからァ!俺は疲れてんのォ!ちょっとは休ませろよ。」
「そんなこと言って!アキチャンとの散歩は行くくせに!」
「ッセ!それは別だろーが!」
「アキチャンばっかりずるーい!」

世の中の”妹が欲しい”というやつはどうかしていると思う。
いや、実物を知らないからこそ言えるのか。
結局休む間もなくあちこちに連れ出されて、休める気がしなかった。




昼間に妹たちと出かけてばかりいたせいで、今度はアキチャンが拗ねてしまった。
玩具を出しても、おやつを出しても俺の方へはこない。
何とか機嫌を直してもらおうと試みたが惨敗だ。
仕方がないのでソファに寝転んで転寝していると、手にふわりと柔らかいものが当たる。
そっと目を開ければ、アキチャンが俺のそばに来ていた。

「アキチャン……ゴメンネェ。」

小さく謝るとアキチャンは俺の上に乗ってきた。
やっと機嫌を直してくれたのかと思うと軽く鼻を噛まれてしまう。
それでもそばに来てくれたことが嬉しくて、俺はアキチャンを撫で回した。

「アキチャン、俺ねェ。彼女出来たんだヨォ。」

家族にはまだ誰にも言っていない秘密をこっそり打ち明けた。
アキチャンは当然ながら何のことか分からないようで、俺の顔を舐めている。
それがくすぐったくて身を捩れば、飛び降りたアキチャンは玩具を持って戻ってきた。

「よし!遊ぶかァ!」
「ワンッ」

俺は雛美に会えない寂しさを紛らわすかのように、アキチャンと夜中まで遊んだ。





飯も終わり歌番組も終盤に差し掛かると、今年もいよいよ終わりなんだと思った。
あの会話を最後にするのは何だか寂しくてスマホを手に取った。
だけど家族と過ごしているのに電話をするのは気が引けて、暫くそのまま考え込んでいるとふいにスマホが震えた。
着信の相手を確認して深呼吸すると、俺は電話に出た。

「靖友くん?ごめんね、どうしても声聞きたくて。」
「ん、いいよォ。俺も電話しようか迷ってた。」

実家の話をする雛美はとても楽しそうで、ホッとした。
少し話すと、テレビからカウントダウンが聞こえてくる。
電話でだったけど、雛美と一緒にカウントダウンをした。

「あけまして、おめでとう。」
「オメデトォ。」
「今年もよろしくね。」
「おう、よろしく。」

明日が少し早いのもあって、それから少しだけ話をした。
”来年は一緒に年越ししようね”何ていうから”もう今年だけどな”と返すと慌てた雛美がおかしかった。

「今年も、来年も、一緒にしよう。」
「おう。」

おやすみ、という挨拶を交わして電話を切るとさっきまでの寂しさが消えていた。
もうすぐ会えるから。
俺は家族に挨拶をしてすぐに布団に入った。




翌日、俺は玩具を加えたアキチャンにたたき起こされた。
遊べ遊べとせがむ姿が可愛くて、思わず写真を撮る。

「ツーショットだよォ。」

カメラを向けると少し大人しくなるのがさらに可愛い。
そんなアキチャンを抱き上げてリビングへ行くと、親父が封筒を手渡してきた。

「大学生だが、一応な。箱根へ行くんだろ?」

封筒には”お年玉”と書かれている。
有難く受け取ると、豪勢なお節が並べられた食卓へ座った。
半ば妹たちと取り合いになりながらも、年に一度のお節に舌鼓を打つ。
”今日しか食えない”と思うといつも以上に食えてしまって、気づけばベルトがきつく感じられた。

「ごちそーさん。」

食後のお茶を飲みながらソファに腰かけると、アキチャンが飛び乗ってくる。
そういえばあんまり遊んでなかったと思い玩具で遊び始めると時間があっという間に経ってしまっていた。
準備をするつもりが、何一つ進んでいない。
慌てて風呂に向かうとメッセが飛んできて、それは”少し遅れる”という内容のものだった。
それに少し安心して、自分も遅れそうだと伝える。
ついでにさっき撮った画像も添付して、俺は風呂へ入った。


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